09 聖女様は王子様からご褒美をもらう(日本舞踊)
王都の神殿に戻ったとき、神官長が話し掛けてきた。毎年の収穫祭は、神殿の行事としては最大級で華やかなのだけれど、民衆にアピールしているかと言えば、そうでもない。なにかアイデアがないかと。
こりゃあ、収入のことを指している。神殿側は王宮の行事に付き合わされるだけで、出費ばかり。実入りがないということだ。
「では、護符を配ったらいかがでしょうか。例えば、紙に麦の穂先を印刷するだけで、収穫祭の雰囲気が出ます。それを本物の麦に見立てて一旦、女神に捧げたのち、民衆に下げ渡すのです。聖女の御印と、今年の年号を一緒に記して、有効期限が1年であることを暗にほのめかしておけば、来年も求めに来ませんか? そう、風習になるかも‥‥」
聖女手形の応用だ。神官長の反応は、
「おおっ、そりゃあいい! 原価率が小さくて、リスクも皆無だ。で、女神さまへの御供えは聖女の役目だな。しかし、単にそれだけでは物足りない。民衆の注目を集められそうにない。手と足を動かしてだなあ、そうだ、踊ってくれ。バレエ舞踊はだめか?」
私は人寄せパンダか。
「無理です。やったことがありません。そんなもの、あの長いローブ姿でどうやって足を挙げろというのですか! ニチブなら少しだけ習ったことがありますけど‥‥」
しまった! と思ったときは遅かった。日舞、すなわち日本舞踊がバレた。
「なんだ、それ。ちょっとやってみせてくれ」
少しだけ、振りを見せると、
「聖女のイメージにピッタリだ。よしっ、王宮前の広場に舞台を特設しよう。美しい紅葉を女神さまの恵みと称える歌曲がある。ちょうど季節に合う。それで舞ったらいい。伴奏は宮廷楽団に頼もう」
ぎゃー。即断即決だ。
日舞は1年だけ習ったけれど、ものすごく難しくて続けるのを断念した。発表会で他の皆さんのレベルを目の当りにしたら、もう駄目だった。振袖を優雅にさばく様は、到底、私には真似ができない。あのときは打ちひしがれて、穴があったら入りたくなった。
それを大勢の前でやれっていうのか。それも王宮前広場で、さらに舞台を設えてまで‥‥。グゥー。おなかが痛くなった。
仕方がない。女は度胸だ。それらしくクルクル回っていれば、誰も気付きやしない。くそー。何かあったら神官長の責任だ。知ったことではない。
宮廷楽団からの助太刀は弦楽4重奏と女声コーラス4人だという。試しに聞かせてもらった紅葉称賛歌は、今世で耳に馴染んだものだった。ゆっくりとした曲調で、これなら日舞に合う。振り付けは前世でいったら神社の奉納舞をイメージした。記憶を手繰り寄せて身体のひねり方や首の傾け方、手先の返し方などを工夫した。ローブの裾の捌き方も練習した。手に何か持つとサマになりそうと考えて、紅葉の造花を拵えた。
3日間の会期で、舞いは午前2回と午後3回の1日5回ずつ、合計15回披露せよとのことだった。費用をかけて舞台を設置するのだから、これくらいでないと回収できないという。でも私は知っている。王宮から補助が出ていることを‥‥。そこで、私にもお手当てをと要求すると、即、通常の勤務時間内だと却下された。くそぉー。
当日は、朝から良い天気で、微かに流れる爽やかな空気が心地よかった。
可能な準備はやった。私は腹を決めた。女神さまに護符を捧げるときには、うしろめたい気持ちになって、「お許しください」と心の中で謝った。舞いは舞台いっぱいに広く使って、隅から隅まで動いた。正直に言うと、時間つなぎの意味もある。
不思議なのは、観客が視線を私に集中しつづけて、外してくれないことだった。そんなに面白いものだろうか。
私の出番が終わると、護符が配られた。何人もの神官が、それこそ汗だくで売っていた。笑顔を絶やさないその姿は、女神さまにお仕えするという使命感に燃えていた。
そして午後は、とんでもないことになった。大観衆が押し寄せたのだ。どうして? 急遽、舞いが倍の6回に増えて、群衆を分ける手筈がとられた。ぐぇ、こちらは労働強化だ。
その日の終わりに神官長に申し渡された。明日と明後日は午前が4回で、午後が8回だという。楽団は、もう1組が応援に来て2交代となる。踊りは聖女一人で頑張れ、だとさ。そして、護符が徹夜で増刷された。
3日目の最後には、足と腰がガクガクと音を立てた。踊りのフィニッシュに、膝を少し曲げて顔を振り返る、いわゆる見返り美人のポーズを取り入れたことが仇となった。それを維持する数秒のなんと辛いことか。笑顔を見せるつもりが引きつっていただろうな。初日にウケて調子に乗った私が愚かだった。
その翌日は朝のお勤めを済ませると直ぐに寝床へ戻った。二晩徹夜の神官たちは途轍もなく悲惨なようだった。時間外労働をしなかった私はお手当てが出そうにないと諦めていたら昼過ぎ、ロバート王子がやってきた。慌てて着替えて出迎える。
「3日間、よく頑張った。褒美をやる」
値段の張りそうな髪留めをくれた。苦労を認めてもらえたことが、うれしかった。えっ! これって?
「最初はギクシャクしていたな。午後からは滑らかになった。2日目、3日目と安定していた。でも最後はヘバった。身体を鍛えろ」
うぅぅ。毎日、見物していたのか。ヒマジンめ! 国王王后両陛下も2日目にご覧になったという。必死だったので分からなかった。
王子と会った翌々日、王宮へ呼ばれた。王子に連れられて庭園内を進むと、瀟洒なガゼボに両陛下が待っておられた。ひとしきりご挨拶を差し上げた後、国王様からお言葉を賜った。
「いつも息子に聞いているよ。この度は大変だったね。ほんとに優雅だった」
苦心したことなどをお話し申し上げた。王后様が気さくに話し掛けてくださるものだから、聖女生活の有ること無いことをペラペラとしゃべった。えっ! この席は王子と御両親だけ‥‥という事の重大性に気が付いたのは、ずっと後のことだった。
◆◆護衛語り
収穫祭の最終日、晩餐後に王子は王后の私室へ呼びつけられた。
「あの娘に何かを贈ったことがあるのかしら? やはり、無いのですね。詰めが甘いわね。
外堀を埋めるのは完璧でした。誉めて差し上げます。それにトドメも何か企んでいるようですね。貴方のことだから考え過ぎを心配しますが、まあいいでしょう。ただし、肝心なことは、相手のほうの心構えです。『来るぞ!』という心の準備が必要なのですよ。
まず、この髪留めを贈りなさい。貴方の父親からもらったものです。プロポーズのしばらく前だったわ。精巧な細工が素敵でしょ。『ここまでの品物をくれるということは、本気だ』って覚悟したわ。こういうものに流行は無いから、今でも大丈夫よ。私のことは秘密にしておきなさい。相手の男が母親にべったりだなんて冗談じゃあないわ。どんな女だって毛嫌いだわね。
それから、すぐに王宮へ連れて来なさい。私的に会います。最後の追い込みです。収穫祭の慰労だといえば名目が立つでしょう?」
王子は身をすぼめていた。恐怖を感じたようだ。
翌日、いいつけどおり、神殿に出向いてプレゼント・イベントをこなした。けれど、いかんせん、王子は言葉が足りない。それを補うこの小道具の有難さがよく解った。侍女のローザは明らかに呆れていた。
王宮ガゼボでの四者面談の後、国王が王子に小声で話し掛けていた。
「おい。あの髪留めはアイツからだな。実はな。オレの母親、つまり、お前の祖母さまが『贈れ』って渡してきたものなんだ。黙っとれよ」
何なんだ! このヘッポコな血筋は!
2022-03-23 投稿
作者に日舞の経験が全く無いので、それについては頓珍漢かもしれません。紅葉称賛歌は全くの架空ですが、小学唱歌の「もみじ」はどうでしょうか。