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08 王子様は聖女様の姿を想像する(温泉浴場)

 王都から東へ行程2日の男爵領は、ほとんどが山の中である。林業の他はこれといった収入源が無く、人口も寡少だ。王都と商都という我が国の2大都市を結ぶ街道のほぼ中間点ではあるものの、少し北にずれているので、その気にならなければ訪れることはない。今回は通りすがりのついでというだけのことだった。

 実は1年ほど前、この地に聖堂を新築したいという申請が王都神殿から上がってきた。なんであんな辺鄙(へんぴ)な‥‥と疑問が湧いたけれど、それっきり忘れていた。それを単に思い出したに過ぎない。


 ところがだ。道を進んでいると、行き交う馬車や旅人の数が尋常ではないことに気が付いた。貧相な男爵領のイメージからは掛け離れている。領主館に到着すると、その先の山の中で何やら大工事をしている風が望めた。えっ、あれが例の申請案件か? こんな僻地の聖堂をだれが参拝するというのだろうか?

 領主は「長い話になりますが‥‥」と断ってから語りだした。


「この地にも、聖女様が降り立ったという言い伝えがあるのですよ。そうです、天上の女神さまが御遣いになった聖女様ですね。ここ以外にもあっちこっちに降臨伝説がありますよね。そんな中でここはまったく知られていなくて、地元の連中が(まつ)るささやかな(ほこら)があるだけだったのです。もちろん、神官が常駐するなどという大層な聖堂ではありません。ほんと、小さな小さな祠だったのです。

 それなのに当代の聖女様がご存じで、1年半ほど前に御訪問くださったのです。突然で驚きました。もう、頭の中は疑問符でいっぱいになりました。

 で、聖女様は祠にずっと祈りを捧げておられました。1時間ほども微動だにされないので心配しだした頃でした。やにわに立ち上がられて、『あちらに見える白い煙は湯気かしら』とお尋ねになったのです。そうなのです。熱い水が湧き出していて、それが川まで注ぐ間は草木が皆無なのです。変な臭いも漂っています。それで地元では“死の熱い水”と呼んでいたのです。

 それなのに、聖女様は湧き出ている場所にしゃがみ込むなり、『オンセンだわ! イオウセンよ!』と大はしゃぎをされました。すぐに穴を掘ってくれと頼まれました。クワやスコップを持ち寄って少し深めの穴ができました。熱水で満たされたのち、徐々に澄んできました。

 そうしたらですよ! あろうことか聖女様が突然、下着姿になって、その熱い水たまりに入られたのです。唖然としました。聖女様は『ゴクラク、ゴクラク。オハダツヤツヤ』なんていう呪文(じゅもん)をつぶやいておられました。『みなさんも経験されたら、お分かりになりますわ』とのことで、随行の神官や我々も恐る恐る、代わる代わる、入りました。男同士だし、衣服が濡れるのも困るので、スッポンポンです。愉快でしたね。それはほんとに天国でした。


 そして随行神官は、聖女様と何やら相談されていました。その後、私どもから馬を借りて王都に向かい、即座に神官長を伴って戻ってこられました。そして、2週間の宿泊を頼まれて、一行は現地踏査や王都との連絡でそれはもう忙しそうに動いておられました。

 その結果、神官長から、『中規模の聖堂と大浴場を建てることになった。土地を寄進してくれ』と強請(ねだ)られました。山間部で役立たずの二束三文の地です。もちろん、ためらうことなんてありません。

 さらにいわく、『これから神官を常駐させるので、なにかあったら相談してほしい。聖堂計画が知られたら宿屋を建てたいという者どもが押し寄せる。それに対して土地を売ってはいけない。この地が繁盛すれば、値段が上がるからだ。20年くらいの借地権を設定して、賃料は2年更新くらいで契約したらいい』云々。


 おおっ! これは天の恵みだ。税収入も安定し、領民には雇用を与えられる‥‥と同時に、反対のことも思いました。今まではノホホンと暮らせてきたけれど、これからはそうもいかない。領主の座は早いとこ息子に譲ってしまおう‥‥というのは、まあ別の話です」


 なんじゃこりゃ。即断即決じゃあないか。その後、オレは建設現場に行ってみた。駐在神官が盛んに指示を飛ばす。なにやら無茶苦茶にハイテンションだった。


「浴場と聖堂を一緒に体験するというコンセプトなんです。身体と精神を共に清めるっていう理屈ですね。殿下ならたちどころにお気づきになると思いますが、浴場は宗教活動だから入場料への税金は無しっていう下心です。首謀者は神官長ですよ。また神殿の資金繰りはね、当代聖女様のおかげで潤沢で、聖堂の一つや二つ、屁の河童なんです。これ、内緒です。

 ちょうど湯舟周りが完成して、壁や屋根はこれからです。右が男性用で、左が女性用になります。試しに湯を張っています。入られますか? 気持ちいいですよ。我々も仕事終わりに毎日入っています。今ならタダです。役得(やくどく)です。

 周辺には宿屋も建ち始めています。早く出来上がれば工事業者もお客になるっていうんで、急ピッチです。商人というのは目敏(めざと)いですね。


 計画では、この夏の終わりに完成です。名称は今のところ「聖女降臨の湯」を予定しています。聖女様が1週間滞在されて、大々的なセレモニーを開催します。王都と東の商都でキャンペーンを張り、秋の旅行シーズンの目玉としてお客を呼び込む算段です。体験者からの口コミが全国へ広まっていって、農閑期である冬には農民連中の湯治客が殺到する。春シーズンは秋と同じように両都を狙い、さらに夏は避暑客が見込めるというのです。見事な目論見でしょう。あのお方、神に仕える神官長なんてガラではないですよね」


 くそぅ、オレの知らないところでいろいろと企ててくれるなあ。まあ、神殿への補助金を減らせばいいか。宿屋からの“アガリ”で男爵領の税収が潤い、巡り巡って王宮への上納金も増えるっていうことだな。


 それにしても、あいつの下着姿かあ! 濡れてどれくらい透けたんだろう。女湯の壁に孔をあけとくってのは無理かな。


◆◆護衛語り


「おい、入浴(はい)るぞ」


 王子が言葉を投げかけてきた。


「オンセンに、ツカるんだ」


 えっ、まさか、王子と一緒に裸になれっていうのか。

 仕方がないので、衣服を脱いで続く。王子がつぶやく。


「こりゃあ、いい気分だ」


 確かに清々しい。先ほどの神官も入ってきた。


「ねっ、いいでしょ。しばらくしたら、さっきの連中も来ますよ。我々のことを見ていましたから、たぶん、バレてますが、ここでは素知らぬふりをしてくださいね」


「おおっ、いいガタイをしてるじゃねえか」

「それにしちゃあ、ナニはオコサマだな」

「ドンパチでオトナになるんだよ」

「違えねえ」


 たわいもない、やり取りが心地よい。

 あっ、星が出てきた。屋根が無くてもいいもんだ。

 この時間がずっと続いてくれ、と思った。

2022-03-18 投稿

 硫黄泉で有名なところは、草津とか野沢でしょうか。硫化水素ガスが問題になりますけれど、その辺りはちゃんと聖女が注意喚起していると想像してやってください。

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