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06 聖女様と王子様の仲はクサい(糞尿肥料 肥溜め)

R15に引っ掛かりますかねぇ

 王都から半日の距離の王宮直轄領には大規模な農業研究所がある。直轄領の代官はその所長を兼ねていて、ロバート王子の腹心だという。所内を見学させてもらった折には口角泡を飛ばして農産物の増産こそ国家の生命線だと力説していた。使命感が半端ない。

 前世の私は農業に特段の興味を持たなかったけれど、有機肥料の知識ぐらいはある。緑肥や堆肥、それに草木灰(そうもくばい)の効能を話すと、ヒートアップしてきた。

 現在は馬糞や牛糞を研究し始めているという。王宮や騎兵隊の厩舎から出る廃棄物を集めて、どうも熟成期間が肝心なことまでは突き止めたようだ。王子の命令で、王都の街路や街道の落とし物を集める算段も考え中ともいう。「街の美化や衛生面でも効果的ですね」とホメると嬉しそうだった。雇用にも繋げるつもりらしい。


 動物の糞の話題が出たので、つい、人間のものの話をしてしまった。前世に住んでいたニホンという小国が頭角を現した元々の理由がこれ。人間の排泄物で、口に入るものを育てるという発想は、改めて考えると奇想天外だ。その柔軟性をニホンしか持ちえなかったのは不思議‥‥というようなことを口走ったら、王子を交えて詳しく聞かせてくれと言い出した。

 それで1週間後、神殿の一室に三人が顔を揃えた。神聖な女神さまの下で、うら若き乙女に糞尿の話をさせるなんて鬼畜の所業だ。この二人は狂っている。「私は専門家でも実務者でもなかったから、あくまで一般的な知識でしかない。信じる前に検証してね」と断ってから始めた。


 この世界では、糞尿を“オマル”に落として、川へ流してしまう。それを尿とともに集めるのが第1のコツ。この尿に窒素(ちっそ)を含むアンモニアが混じっている。糞と尿を一緒に貯めて、空気を遮断して熟成し、液状化するのが第2のコツ。微生物が程よく分解してくれて、寄生虫の卵も死滅する。これで糞尿の液体は植物の根に吸収され易くなる。この工程をニホンではポットン便所という画期的な仕組みで行っていた。跳ね返り(俗にいう“オツリ”)が恐ろしいので“ベラ棒”を必ず設けてね。畑のほうに素焼きの大きなカメを埋め込んだものが“野溜メ(のだめ)”。糞尿はそのままだと効きすぎるから水で薄めるのが第3のコツ。施す時期には試行錯誤が必要と説明しておいた。

 二人の目がランランと輝いて、早速実験だといいだした。小麦やトマトがいいか。芋や葉物野菜は心情的に無理か。果樹園は有機肥料のほうがいいか等々。また糞尿を集める方法についても、許可制にしようか、または入札制にしようかなど、連想がどんどん膨らんでいった。


 王子は完全にハマった。下肥(しもごえ)の効果がトンでもなく大きいと判ると、王都周辺の糞尿を収集する仕組み作りに没頭しだした。オマルに落としたものは、とりあえず大ガメで集める。河川への廃棄は禁止と法律で定める。ポットン便所を開発して王宮の改造に取り掛かる。収集は農閑期の農民が行えばいい。ここで問題となるのが、利益を受けるのはどちらかということ。排出側と引取側の双方が得をするウインウインの関係なのだけれど、どちらがより多く得をするのか。市場経済に任せるとはいうものの、その公正な仕組みをどうするのか、などと王子は頭を抱えていた。河川の臭気も美観も見違えるほどに向上し、これを“三方善し”というのだろうか。

 王子はますますエスカレートしてきた。トイレの現場に出向いてヒシャクで汲み取りを体験した後は、運搬馬車に同乗して畑まで出向く。こういう一途(いちず)な行動が、ともすればいとわれがちな作業への偏見を除くことに繋がっていくのだろうと思った。ただし、本人はまったく意図していないようだ。


 王都周辺では珍しく雪の積もった日、施肥をする現場を見に行こうと王子に誘われた。まさかデートか? と勘ぐったが、すこぶる臭い仲だ。で、(あぜ)を歩いていたら、あろうことか、王子が野溜メに落ちた。慌てて私と護衛とで引き揚げたけれど、冷たい川の水で洗い流すわけにもいかない。死んでしまう。湯の沸く時間がこれほど恨めしいことは無かった。本人はケロッとして、「中は暖かかった。熟成の発熱を実感できた」などとぬかす。転んでもタダでは起きないやつだ。

 このあと、ここに石碑を建てたと聞いた。碑文は「ロバート王子湯あみの肥溜メ(こえだめ)」。みんな馬鹿だ。


◆◆護衛語り


 男というものは臆病だ。女に告白したいけれど、断られるのが怖い。王子の立場なら普通はありえないが、強制や憧れではなく心から理解して承諾してもらいたいと考えれば、なおさらだ。特にお嬢様である聖女は、どっちに転ぶか分からない、と心配になるだろう。ハタから眺めていると王子の挙動は歯痒い。容姿や背格好、それに運動神経について劣等感と言えるかは別として、聖女に対して自信が無いことが痛いほど解る。


 それが、引っ繰り返ったのがノダメ事件だ。

 施肥状況を見に行こうという誘いは、奇妙奇天烈だ。でも、誰が見たってデートだ。ヘタレな王子の、せめてもの一念発起だった。思案に思案を重ねて業務を騙ったわけだ。寒い日の辺鄙(へんぴ)な現場へ聖女がついてきてくれたことは、無上の喜びだった。ただ、それで舞い上がってしまった。足元を確かめずにウロウロしたものだから肥溜めに落ちた。


 しかし、何が幸いするか分からない。すかさず聖女が王子を引き上げた。あんな力がどこから出てきたのか、あっけにとられた。オレは少し手を貸しただけだ。自分が汚れることなど意に介さず、行動は素早かった。湯の依頼から衣類の手配まで、電光石火のごとく指示を出した。オレや侍女に任すことなく、自ら行った。汚れた衣服をはぎ取ると、素っ裸になった王子に湯を掛けた。股間が顕わになったけれど、ためらいは全くなかった。


 王子が惚れ直さないわけがない。そして、自分を特別に思っていてくれることをいやでも感じたはずだ。


 そう、この日から王子は変わった。両陛下との会話に頻繁に聖女を話題とするようになった。自分の気持ちを隠さず、お嬢様を奪うための根回しを始めた。王子の妃という立場が意に沿わないものであっても、ついてきてくれると確信を持ったに違いない。仕事である内政視察や政策立案に今まで以上に取り組むようになった。女性の心を掴めた自信がこれほどまでに人間を変貌させるのかと目を見張った。


 オレだってローザが受け入れてくれたから、こうして自信満々で立っていられる。女は男の太陽だと思う。オレもローザの拠りどころにならなければ‥‥。

下肥しもごえの知識は、ほとんど想像です。事実とは異なる部分が多いはずですのでご注意ください。作者には柄の長いヒシャクを操った経験があります。

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