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05 王子様は一緒にツツきたい(露店 コナモン 危険予知訓練)

 東海岸に面した貿易港は、商業都市として栄えていて商都という異名がある。オレはこの街が好きだ。商店街には海外の珍しい品物が並び、いろいろな国の人々が行き交う。ずっと見ていても飽きない。国の重要拠点だから王宮直轄領である。国王が指名した優秀な勅任官が治めていて、治安もすこぶる良好だ。オレは顔が知られていないから、服装に気を付ければ街中を自由に歩き回ることができる。


 久しぶりの来訪で驚いたのは神殿周辺の賑わいだった。特に境内が異様な熱気に包まれている。露店が所狭しとひしめき、参拝者も引きも切らない。祭でもないのに、これはどうしたことだ。

 この土地柄はドライで現金な風潮にあって、女神を信奉しない連中が多い。そういう先入観があったので、この変化は意外だった。その疑問に応えて現地の神官は、聖女のおかげだという。


「でね、1年前に3か月の長きにわたって滞在してくださったのです。その間、福音を徹底的に振り撒まかれたのですよ。ここ商都の至るところに出向かれて、誰にでもにこやかに接してくださるものですから、みんなはもう、聖女様にメロメロです。そう、うちへの参拝者は見る間に増えて、お賽銭や祈祷料収入も激増です。


 それと、もう一つ、聖女様が授けてくださったのが露店の魅力です。ご覧になって、見慣れぬ食べ物が売られていることにお気づきになられたでしょう? みんなが歩きながら口にしていた、あれです。

 聖女様がいうには、前世で知っている土地とここがよく似ているのだそうです。で、そこで人気だった“コナモン”が絶対にウケる。露天商のテキヤ連中に教えるから、親分のところへ連れていけ‥‥ということになりました。すると、親分とは目が合うなり意気投合ですよ。『しっかり稼いでいるかい』、『おうよ。人後には落ちねえ』てな調子です。で、配下の連中を集めて3日間、絵解きがてら講習会です。道具作りには、少し苦労したみたいです。聖女様の滞在が3か月に及んだ理由はこのあたりにもあったんです。回転焼キ、タイ焼キ、オ好ミ焼キ、焼キソバ、イカ焼キ、タコ焼キなどなど、不思議な名前ばかりでした。聖女様は前世で豊かな国に住まわれてたんですね。

 一方、神殿の取り分なんですけれど、聖女様は親分に『ショバ代はまとめて払ってくれ。露店の総収入は来場者数にほぼ比例するはずだ。また来場者数は賽銭額に比例と見なして、神殿は賽銭額の3割に相当する金額をテキヤ組合に請求する。3割は今までの実績だ。神殿側がよもや誤魔化すことは無い。もし、疑わしいようなことがあったら王都の神殿に言ってくれ。監査を入れる』というようなやり取りです。たくましいでしょう。肝っ玉の聖女様です。


 えっ、そもそも聖女様が3か月も滞在された理由ですか? それは、我々が富クジに手を染めてしまったことなんです。収入が少ないものですから聖堂の雨漏りも直せない。ならっ、というわけで始めたんです。そしたら、王都の神官長が飛んできて、『そこまで困窮しているとは知らなかった。すまなかった。修理費は王都神殿が全額を出す。また別に聖女を長期派遣して収入を安定させる』と約束してくださったんです。

 富クジは確かに利益に直結するけれど、それが度重なると神殿の存在意義が消えていく。民衆の心の寄りどころという役割を忘れてはならない‥‥ということだそうです」


 そうかあ、いろいろあるのだな。


 それにしても、あの丸いタコ焼キは人気があるようだ。買ってきてくれよ。1つでいいよ。2人で食おう。経木のフネに8個が載っている。ああっ、周囲も2人連ればかりだ。くそっ、どいつもこいつも若い男女のペアか。うれしそうだなあ。こちらは護衛と男2人。味気ないなあ。えっ、『私だって嫌です』てかっ。お前、一緒にツツいてくれる女がいるのか? あっ、聖女の侍女か。チチクリ合っているのは知っている。それに比べたらオレは不自由だ。チェリーボーイを貫き通さなければいけない。いつか、アイツとタコ焼キをツツきたいなあ。


 王宮に帰ると偶々(たまたま)登城していた神官長が話し掛けてきた。聖女に今年も任期延長を申し渡したら、猛烈に食って掛かってきたという。長期出張手当を出せと凄むので、自分も楽しんでいるのではないかと返すと、それとこれとは別だ。と延々とやりあって、1割アップを飲まされた。そのかわり、聖女手形の歩合給は取り上げた。というような話だった。恐るべし聖女と神官長! 尊敬しかない。


◆◆侍女語り


 商都に聖女として派遣されたお嬢様は充実の日々を過ごされた。ここの住人は進取の気性に富んでいて、現世利益の風潮が強いと聞かされていたけれど、聖女が現れると、たちどころに人々が集まってきた。聖堂でも街角でも、老若男女を問わず、目を輝かせて群がってくる。人智を超越した存在に憧れていたのだと思う。そこへ女神さまに使わされた聖女が現れたのだ。絵空事の役目だと解っていても、分けへだてなく、にこやかに応対されるお嬢様のお人柄に触れれば、一時的にでも信じてみたくなるというものだ。


 港近くの救護院で懇談しているときだった。荒くれ者といった風情の男が5人、入ってきた。直ぐに私ローザは聖女の前に出る。私一人では手に余るか。幸いにも、群衆に紛れていたオニワバン仲間がサッと位置を変えた。ありがたい。神官は参拝者が増えて忙しくなったので、我らオニワバンの商都支店長に頼んで付けてもらったのだ。聖女は手をかざして私を押しとどめ、男たちに声を掛けた。


「どういった御用向きでしょうか」


「おう。実はこのところ、うちの仲間が立て続けに怪我をしてるんだ。みんな、そっちの女神さんのタタリだと心配している。なんとかならないか。女神さんを、なだめてくれんかなあ」


おや、女神さまを「さん」呼びだ。さすが信仰心の薄い土地柄といえる。


「えっ、女神さまは私たちに罰を与えるようなことは、なさらないわ。うーん。ただ、女神さまのご加護を得ることはできる。女神さまに守っていただくオマジナイがあるわ」


えっ、オマジナイ? 初耳だ。口から出まかせだろうか。


「おお、そいつをひとつ、頼む」


「じゃあ、現場に案内して。詳しく聞かせてね」


というわけで、波止場にやってきた。連中は沖仲仕(おきなかし)だという。外国へ行く船は大きいから、岸壁近くでは浅い海に船底がつかえてしまう。その大きな船と岸の間で小さなハシケを使って貨物の受け渡しをする仕事だ。親方だという男に聖女が問う。


「どんな怪我なの」、「このまえなんか、岸壁とハシケの間の海に落ちた。溺れはしなかったが、鼻柱を折った」


「どうしてそうなったの?」、「岸壁からハシケに飛び移ろうとしたんだな」


「普通はどうするの」、「板を渡して、その上を歩く。落ちることなんて無い。子どもでも大丈夫だ」


「なんで、そうしなかったの?」、「面倒だからさ。それに飛んだ方がカッコいい」


「じゃあ、どうしたらいいの?」、「絶対に、板を使うと決めればいいんだ」


「決めたら守れるの?」、「無理だな。直ぐに破る」


「それなら、女神さまのオマジナイを教えるわ。5人で輪になってちょうだい。右手を輪の真ん中へ伸ばして、皆で手の平を重ねてね」


 むくつけき男たちが円陣を組む、それは不思議な光景だ。


「そこのあなた、『板の上を歩くぞー』って、叫んでみて。大きな声でね。すぐそのあとで皆で声を合わせて同じことを叫んでちょうだい。さあ、やって」


男たちは、か細い声だった。恥ずかしげだ。


「その感じよ。こんどは、もっと大きな声で」


「上出来、上出来。ほら、女神さまの御加護を感じられたでしょう。これを毎朝、仕事を始める前にしてね。1週間後にまた来るわ。朝は何時? 5時。そう、頑張ってね」


手玉に取るとは、このことだ。5人は目を丸くしていた。そして1週間後、再び岸壁を訪れた。男どもが大声で叫び合っている。その様子は、まさに堂に入っている。たくましくもある。慣れたのだろう。戦士の雄たけびのようだ。


「うわー、すごいわ。調子はどう? それは、よかった」


「えっ! ロープを結ぶのを忘れて木箱が落ちたの? じゃあ、次のオマジナイよ。こうして、すっくと立ってね。ロープに向かって腕を伸ばして指差すの。そして『ロープ、よし』と叫ぶの。やってみて」


「そうそう。声も十分よ。これは一人でするの。そのたびにやってね。他にも『オール、よし』とか、いろいろやれるわ。この姿は素敵だから、もてるわよ。ふふふっ。じゃあ、また1週間後ね」


 何なのだろう、これ。そして、週が代わって、


「すばらしいわ。怪我は減ったかしら。そう、よかった。女神さまが守ってくださるのね」


「おおよ! 女神さまは霊験(れいげん)アラタカだぞ」


おやっ、呼び方が変わった。


「それで親方に訊ねるけど、日当は運んだ荷物の数によって決まるのかしら? そう。歩合制なのね。そりゃあ、たくさんお金が欲しいから、みんな、一つでも多く運ぼうと頑張るわよね。たくさん働いた者が、たくさんのお金をもらうって、理屈に(かな)ってる。みんなが納得する。親方としても、(らく)よね。


 でもね。早くたくさん運ぼうって急いで、怪我をするってことは無いかしら。無理して重いものを持てば身体も壊してしまうわ。長続きしないんじゃあなくって。そして、新人にロープの結び方を教える暇は無いし、みんなで力を合わせて運ぼうという気持ちも湧かない。


 ねえ、歩合制だと、荷物を運ばない親方はピンハネしてるって気にならないの? そんなんじゃあないわよねえ。段取りを組んだり、日当を分配したり、結構大変。みんなも同じよ。そこで、一人一人の役割に合わせて支払いを差配するのはどうかしら。それこそが親方の仕事よ。ちょっと大変かな。


 それと、日当ではなくて、お給金にできないかなあ。仕事の出来高払いだと、稼げるときは大金(たいきん)となるけど、仕事が無ければゼロよ。お金が入れば、飲む、打つ、買うって、万国共通よねえ。荷物の無いときはハシケやサンバシを直したり、ロープの手入れをしたり、何か、やることは無いのかしら。


 働く人たちは使い捨てではないわ。女神さまにとって、貴族も平民も、金持ちも貧乏人も一緒。みんな(いと)しい子どもたちなのよ。


 ごめんなさいね。偉そうに聖女ぶって、説教臭いことを言ってしまったわ。実際に事を起こすのは、とてつもなく大変よね。ちょっぴりでいいから考えてもらえると、私の顔が立つのよ。女神さまに‥‥。よろしくね」


 親方は目を白黒させた。私も目からウロコだった。


 そんな様子をながめて、この日、同道していた商都支店長は目を細めた。老齢の支店長は、まもなく本店へ戻り、小さなオニワバンたちの指導に当たる。そうだった。お嬢様がオニワバンに不向きだと言い出した張本人だ。


「ねえ、あの大きな船のところまでサンバシを伸ばしたらどうかしら、横付けして荷物を直接積み下ろしできるようにすれば、事故は減るし、効率もいいわ。でも造るのに大金がかかるわね。取り扱う貨物の量が増えれば手数料や関税も増えて、建設費用がまかなえることにならないかしら」


「おおっ。それ、あの第2王子に提案したらどうですかな?」


 あっ、これはイアンから入れ知恵されている。


「手っ取り早いのは、ヘッポコ王子をお嬢様が篭絡して操縦することですな。ははははっ」


「それは名案ね」と苦笑いを返された。支店長が一緒の間は明るくふるまわれたけれど、分かれた途端に物思いに沈んでしまった。私は心の中で『ガンバレー』と叫び続けた。

2022-03-18 投稿


西洋の礼拝堂って、周囲の道路から突然立っていて、境内なんてありませんよね。まあここは異世界ですので、ニホンの様だという設定でお願いします。

 タコヤキといえば、タコの他にオカカ、ソース、マヨネーズ、アオノリが必要ですけれど、それは追及しないでください。一盛りを男女二人でツツくという風習は、作者の創作(体験?)です。

 それと、経木きょうぎって解りますか。この物語の世界にありそうだと思ってサラッと書いたのですけれど、大きくて厚いカンナ屑みたいなものです。肉や納豆も昔、これにくるんで売られていました。要は紙の代用品です。

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