表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/24

03 王子様と聖女様の勝負の結果は(オセロ)

 オレの名前はロバート。

 この国の第2王子だ。王太子である兄上のスペアなので気楽か、というと、そうでもない。何かあったら代役を務めなければならないので、帝王学はちゃんと履修する必要がある。兄上が国王になれば、臣民を率いて補佐しなければならない。また、兄に取って代わろうという野心を持ってはいけないし、勘ぐられてもいけない。こんなに難しい役回りは他にない。しかも現在、国の内外を眺めるに、変革期に差し掛かりつつあるのだ。父上や兄上との議論の結果、外国や国内の情勢をつぶさに見て回ることがオレに課せられた使命となった。


 そんな中で、当代の聖女と出会った。

 最西端の伯爵領を訪れたときのこと、同じ領主館に滞在していたのだ。平民出身の聖女は“使い勝手が良い”ということで、地方への派遣が大幅に増えたらしい。随行の神官によれば「不平を一切こぼさず、こんなに素直な聖女は初めて」だという。貴族令嬢のように馬車や宿泊で贅沢を求めないし、庶民との触れ合いにもタメラいが無い、おまけに旅は楽しいといっているようだ。


 晩餐の席で聖女が伯爵と話しているのに思わず聞き入ってしまった。話題は馬肉で、なんでも馬は特有の寄生虫を持っている。生で食しても人間には害はないけれど、飼い犬には影響が出るから与えてはいけないというようなことだった。平民の間での常識というわけでもないらしい。コイツの知識は面白そうだ。

 では知能のほうはどうだろうかと、チェスに誘ってみた。


「駒の動かし方しか知りません」


と言う。確かに弱かった。オレは得意だから、駒落ちでも勝ってしまう。でも、何度でも向かってくる。そこを手を抜かずに完膚なきまでに負かしてみた。悔しそうな表情がなぜか可愛いかった。


 翌晩、聖女が小さな丸くて平べったい駒をたくさん持って現れた。

 駒は厚紙を切り抜き、1時間ほどで作ったという。片面が白で、もう片面を黒に塗ってある。64枚があって、32枚ずつを2人で分ける。8×8のチェス盤の上で交互に並べていき、挟んだら自分の色にひっくり返していくという。ゲームの名前は“オセロ”、単純なルールはすぐに理解できた。不思議なことに、勝っていると思っていても、あっという間に相手の色にひっくり返されてしまう。見事という他はない。四隅のマスを獲得すれば有利かとも気が付いたが、どうもそれだけではないようだ。奥が深い。


「これこそが、ゲームチェンジです」


と言い切った。くそぉ。では、オレはどう切り返したらいいのだろうか? オレの土俵はどこだ? このゲームの考案者は誰かと尋ねたら、


「知りません。たぶん大昔です。ただし、オセロと命名されて普及し始めたのは、それほど古いことではありません」


とのことだった。そこで、ゲームに関する諸権利を主張しないことの言質をとって書面に署名させた。

 そして、王子宮の部下に担当させることにした。厚紙製の普及版を国中の学園に無料配布せよ。加えて木板製の高級版を販売せよ。協会を立ち上げて毎年、優勝大会を開催せよ。商売用に王子財団という名のトンネル会社を創設し、収入は王子宮へ入れろ。給料は増やせないけれど、目標を達成したらボーナスをやる云々。ゲームの名前は新たに考えろと言っておいたら、“聖女様ゲーム”としやがった。これにはちょっとイラっときた。


 そして結局、この勝負はオレの勝ちで間違いはない。‥‥とずっと思っていたら、後日、聖女がホザクには、「ショーギという、とてつもなく面白いボードゲームを知っていたのだけれど、悔しかったのでお教えしませんでした」だと。本当に腹が立つヤツだ。


◆◆護衛語り


 オレは第2王子の護衛イアンだ。

 聖女の侍女ローザと同じオニワバンの一員で、コードネームは「リンゴ潰しの鹿男」。小柄で細身なのに、強い握力を持つゆえの命名だ。腕には自信があり、相手が誰であろうと容赦はしない。


 この職には、第2王子が16歳の成人を迎えたときに就いた。オレは18歳だった。護衛はそれまで年配者が務めていた。オニワバンの一員ではない。第2王子が国政に深くかかわることになったので警護体制が見直されたのだ。


 引継ぎで聞いた話では、王子は幼少より運動音痴のくせに腕白で、木の実を採ろうとよじ登って枝から落ちたり、カメを捕まえようとして池で溺れかけたことがあったらしい。思春期になると、女官のスカートをめくろうとして尻に頭をぶつけたり、湯浴みの現場を覗こうとして塀から落ちたという。それらはすべて母親である王后に報告されて、お灸が据えられた。結果、オレと出会った頃には落ち着いた行動をとれるようになっていた。


 それでも、やはり男のサガとして、その方面への関心は強かった。令嬢や若い侍女を目にすると目を輝かせた。その対象は、可愛くて庇護欲をそそる娘ばかりだったから、そういう好みなんだろう。そして、その後、決まって、オレの方を振り向いて、ニヤッと笑うのだ。欲望を無理して抑え込んでいるようで、なんとも、いじらしかった。だから、お忍びで巡る市井で春画を買うのは目をつぶった。


 聖女とその侍女と出会って、二人がお嬢様とローザだとオレは直ぐに気が付いた。ローザもオレを認めた。お嬢様は思い出せないようだった。お目にかかった頃は、まだ幼かった。


 王子は、聖女が伯爵と会話するのをジィーと注視していた。少し目を細めて、一挙手一投足を観察する風だった。随行神官に根掘り葉掘り尋ねていたから興味があるのかと思っていたけれど、その(まなこ)に例のギラギラ感は無くて、冷静な雰囲気だった。もちろん、お嬢様は可愛いとは言い難い。どちらかというと、眼光が鋭く、しっかりしていて意志が強そうな印象だ。王子はオレを振り向かない。ハズレなんだろうな。人間誰しも嗜好ってものがあるし、お嬢様は平民だ。運命のお相手を見つけるには、まだまだ猶予がある。じっくり探せばいい‥‥。そんな風に考えていた。


 ところが突然、「チェスはするのか?」と聖女に訊ねた。女性に自ら声を掛けるなんて初めてだ。そして怒涛の応答が始まった。勝負になると、聖女は口を真一文字に結んで盤面を睨む。王子はそれを涼しげに眺める。オレを見ないのではなくて、オレの存在を忘れているのだ。それがしばらく続いた。ローザへ目をやると、ニッと笑顔を返してきた。つまるところ聖女はゲームに負けても楽しんでいるらしい。


 翌日には、もっと驚いた。聖女が手作りのゲームで王子に挑んだのだ。そして前日の仇をモノの見事に取った。相手が王族だろうと果敢に攻めて遠慮なく勝つ。さすがは旦那様のお嬢様だ。王子は必死で挽回の策を巡らせたが、勝敗の帰趨は明らかだった。聖女は嬉々としていたけれど、それは勝ち誇るというよりも、好敵手に巡り合えた喜びという感じがした。


 こんな組み合わせは他にはありえない。二人を引っ付けよう。気心が知れているローザに問いかけると、うなずいた。そして我々二人は一足早く契りを交わした。


 伯爵邸を離れる馬車の中でオレは王子に釘を刺した。聖女の出自についてだ。前世の記憶持ちであること、オニワバンの頭目の娘であること、本人はオニワバンと全くかかわりが無いこと、その侍女はオニワバンの一員であることなどだ。もちろん王子はオニワバンの情報網に組み込まれていて、国内外の秘密を何件か、すでにオレから伝えている。素性を知っても王子は聖女を諦めないという確信があった。


 王子は「わかった」とだけつぶやいて、あとはずっと無言だった。


 しばらくして神殿から上申があった。今回の聖女をもう1年、続けさせたい。前例に反するけれど了解をお願いする。理由は、大変熱心に勤めてくれていて、国民に大好評なのだという。国王から尋ねられた王子は、アーとかウーとか口籠っていて要領を得ない。「それで、いいんだな」と念を押して国王はサッサと決めてしまった。もちろん、オレから顛末を報告していた結果である。

作者はオセロの草創期に普及用の厚紙製をもらった経験があります。金沢で開催された日本海博覧会の会場でした。年齢がバレてしまいますね(笑)


侍女と護衛が契りを交わす様子は番外編で綴っています。

22話 【外伝】侍女と護衛のチチクリ事情

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう【全年齢版】での同一作者の作品


元気な入院患者たちによる雑談、奇談、猥談、艶談あれこれ ~502号室は今日も空っぽ:ギックリ腰入院日記~(74分)
父が1か月ほど、ギックリ腰で入院したことがありました。その折、同じ病室となった方々と懇意にしていただき、面白いお話を伺えたといいます。父はただ動けないだけで、頭と上半身は冴えているという状態だったので、ワープロを持ち込んで記録したんです。そして退院後、あることないことを織り込んでオムニバス小説に仕立て、200冊ほどを印刷して様々な方々に差し上げました。データが残っていたので、暇つぶしにお読みいただければとアップします。当時とは医療事情などがだいぶ変わっているかもしれません。辛気臭い書きぶりはまさに人柄で、見逃してやってください。題名に込められた揶揄は、整形外科の入院患者は身体の一部が不自由なだけで、他は元気いっぱい。いつも病室を抜け出してウロウロしているといったあたりです。


郭公の棲む家(16分)
里子として少女時代を過ごした女性が婚家でも虐げられ、渡り鳥のカッコウが托卵する習性に己が身を重ねる◆父がその母親の文章に手を入れたものです。何かのコンクールの第1次予選に通ったけれど、結局は落選だったと言っていました。肝心な彼女の生い立ちにサラッとしか触れていない理由は多分、境遇が過酷すぎて書けなかったのでしょう。設定時期は1980年前後です。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ