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23 【外伝】前王太子妃殿下のモブ・ストーリー(温泉街 たこ焼き)

 私の名はアマーリア。第1王女という王族でありながら、この作者の描いた本編ではモブキャラで、名前さえ出てこない。隣国の王太子へ輿入れし、仲睦まじくなれたというのに、ストーリー展開の都合から半年という短期間で夫と死別してしまった。このままでは終われない。私はまだ花も盛りの18歳だ。なんとかならないのか、作者よ。私にだって輝けるストーリーをちょうだい。


 そして今、馬車に揺られて母国への帰路に付いているところだ。


「このまま帰っても面白くない。(しゃく)だなあ」


 ふと漏らすと、付き従ってくれている侍女が、(こた)えて言う。


「それでは、例の“聖女降臨の湯”に寄っていきましょうか。ほら、弟王子のお妃さまがお話しされていた温泉ですよ」


 そうだ。この国に二度と来ることは無い。両親から早く帰れとの指示もない。ゆっくりしていこう。本街道を逸れて、従者3人と温泉街に投宿することにした。

 街の入り口の案内所で宿を紹介してもらう。弟王子妃は庶民向けだといっていたけれど、中には上流階級を相手とする旅館もあった。それなりの部屋を揃えていて、快適そうだ。


 温泉は彼女が異世界のニホンという国から持ち込んだ文化だという。そして彼女こそが本編のヒロインで、この国の聖女を5年も務めた有名人だ。たまたま選ばれた平民だったけれど、前世の記憶を活用して数々の奇跡を起こし、その結果、第2王子に捕獲されたという悲劇の主人公だ。そう、現在の王子の(きさき)という立場は当人からすれば不本意だと思う。彼女は市井(しせい)でこそ才能の花を咲かせられるはずだったのだ。


 高級温泉宿の部屋には簡素な衣服が置いてあった。これを着用していけば大浴場と聖堂はフリーパスだという。“ユカタ”と呼ぶとのことで、背中に旅館の名前が入っている。侍女がつぶやく。「へぇー、宿泊代込みっていうことか。神殿も商売が上手い」


 早速、着替えて大浴場へ行ってみた。宿から歩いてすぐだ。初夏の昼過ぎにユカタが心地よい。

 脱衣所から浴室に入ると、おおっ! 広さに驚く。浴槽は泳ぐことができるほどだ。洗い場はその数倍はあるだろうか。これならゆったりと神経を休めることができる。シーズンとしては端境期(はざかいき)のようで入浴者は疎ら。図に乗って湯船の中で寝てしまったのだろうか。侍女から「のぼせますヨー」と声がかかって、我に返った。

 大浴場で身体を清めた後に、聖堂で精神のお祓いをする、というのがここのコンセプトなのだそうだ。聖堂はこじんまりとしたもので、正面に女神像を祀っていた。私はひざまずいて、この国で過ごさせてもらったことを感謝し、夫であった王太子の魂の安寧を願った。


 宿での夕飯の後、街中(まちなか)へ出る。侍女とユカタで歩いていると、少女に戻ったようで気分が高ぶった。行き交う人々も皆、ユカタを着ている。道の両側には様々な意匠を凝らした宿屋のほか、喫茶店や氷菓店、骨董店や絵画ギャラリー、細工物店や小間物屋など、ありとあらゆる店が軒を連ねていた。侍女は「お金を落とさせる仕組みが半端ない」と感心しきりだった。


 その中に射的場(しゃてきば)というものを見つけた。小さな弓で矢を射り、当った景品が棚から落ちたらもらえるのだという。面白そうとばかりに挑戦したが、なかなか当たらない。当たっても落ちてくれない。侍女もやってみたが駄目だった。無茶苦茶に悔しい思いがした。

 背格好のよい男性が次々と落としていて驚いた。店の人の渋い顔が愉快だった。その男性が私のありさまを見かねたのだろう、手を取って弓を引く強さと狙い方を教えてくれた。すると、続けざまに2つ、獲れた。瀬戸物の人形で、たいしたものではなかったけれど、溜飲が下がった。男性のユカタ姿もいいなと思った。とくに帯の結び目が素敵だった。見ず知らずの男性に触れられてトキメいてしまったことは内緒だ。


 宿で“ユカタ”について尋ねると、今着ているものはそのまま持ち帰ってくださいとのことだった。あまりの感激に家族へのお土産と決めて、宿の名の入ったお揃いを10着求めた。大人と子供とか、男女の差はあるものの、体格では大中小ぐらいで融通が利くものらしい。侍女が評していわく、「高級旅館の戦略として上出来」だそうだ。

 気温の低い季節には“タンゼン”というものを上から羽織るという。さすがにこれは持ち帰りはご勘弁をとのことだった。


 温泉宿で2泊した後、商都へ移動した。ここから海路で母国へ向かう。ちょうどいい船便が出るのが3日後とのことで、ここでも街歩きを堪能した。確かに世界各国の品物が揃っていて、衣装やら香辛料など、種々雑多なものが並んでいた。私の国のものを見つけたときには、たった9か月しか経っていないのに懐かしさがこみ上げてきた。街ゆく人々に私が気付かれないのは、うれしい一方で、寂しくもあった。お昼にはスイーツ店で大好きなホットケーキをいただいた。王宮では出してくれないから、今のうちに食い溜めだ。


 神殿へ近づくにつれ、人波が格段に増えてきた。聞きしに勝る賑わいだ。侍女と、はぐれないように必死となった。聖堂の前は列をなしていて、参拝はあきらめた。

 ここの露店は、弟王子妃が聖女時代に前世の記憶を頼りに発展させたと聞いている。特に“コナモン”が名物だという。神殿境内の隅のほうで侍女と「タコヤキ、どこだろう?」と話していると、「買ってきましょうか」と声がかかった。偶然にも、射的場で会った男性だった。むっ! なんだこの必然は?


「というわけだ。2つ、頼む。ちょっと待っていてくださいね」


と、付き従っていた若者に申し付けた。へぇー、そこそこの身分の方なのだな、と感じた。


「これはね。8個1パックを男女二人がツツいて食べるのが習わしなんだって。ほら、尖った竹の細棒が2本、付属しているでしょう? だから、1皿は貴女と私で、もう1皿はそこの彼女とウチの若いので分けましょう」


などと勝手に決めてしまった。なんて強引なのだろう。でも楽しかった。甘ったるいソースがかかったボールの中に、歯ごたえのある肉のようなものが入っていて美味しかった。


「これは、八本足のタコという魚で、茹でてあります。デビルフィッシュと呼んで忌み嫌う国もあるのですよ。全くの食わず嫌いですね」


 へぇー、世界は広いのだな。

 彼は今しばらくこの国を見て回るという。興味深くて退屈しないらしい。お礼を述べた後、お互い、名前も名乗らずに別れた。この人、運命の相手だろうか。だとすれば、この先でも会うことがあるだろうと、漠然と思った。侍女は、「あの若者は、ちょっと幼すぎ」とかなんとか言っていた。


 国の王宮へ帰り着くなり、母上が飛んできた。相当に心配していたらしい。いつ頃になるかぐらい書いて寄越せ。読み書きできないわけがなかろうと、叱られた。父上には頭を撫でられただけで、何も言われなかった。父の頭の中で私は未だ10歳ぐらいのようだ。


 一息ついて、弟王子妃に宛てて手紙を書いた。おかげで元気になったので、義母であった王后陛下に感謝を伝えてほしいこと、帰路に寄った温泉でユカタを着て射的を楽しんだこと、商都でタコヤキをツツいたことなどを綴った。もちろん、あのことはヒ・ミ・ツ。

 返信がすぐに届いた。私の手紙を翻訳しつつ王后様にお聞かせしたら、ことのほかお喜びになったことや、故王太子殿下の墓所が立派に完成して納骨が済んだことなどを知らせてきた。よかった。どこもかしこも落ち着いてきたようだ。

 彼女は一緒に“聖女様ゲーム”を送ってくれた。彼女の前世ではオセロという名だったかな。かの王宮で()なが一日、やった。懐かしい。周囲に教えると、たちどころに覚えてくれた。チェスよりも安価だしと、百セットを輸入することにした。私の商売になるだろうか。


 半年ほどすると、私の再婚話がいくつか持ち上がった。侯爵や伯爵の子息の数人と会わせられた。でも、前の夫とどうしても較べてしまう。母上には吹っ切るように厳命されたけれど、まだ無理だ。


 帰国して1年が経った頃、夏の夕べを楽しむ園遊会が企画された。そこで私は、もうあの国のことは忘れようと心に決めて、両親や兄弟姉妹に例のユカタを着て出席してくれるように頼んだ。同行した侍女や護衛にも着てくるようにお願いした。


 当日は、なんか、涼しげな華やかさで盛り上がった。ユカタの効果、万々歳だ。ビックリしたのは、タコヤキの屋台が出ていたこと。父上が露天商をわざわざ隣国から呼んでくれたのだ。もちろん、大人気だった。


 会場を挨拶して回っていると、背後から声を掛けられた。


「へぇー、ユカタとタコヤキか。えっ、貴女はこの国の王女だったんだ。失礼してしまったかな」


 振り向くと予想通り、射的場の男性だった。あー、3度目だ。偶然が3度も重なった。こりゃあ、終わりだ。年貢(ねんぐ)の納めどきだ、という言葉が咄嗟に心に浮かんだ。

 と、同時に、違う思いも湧き上がる。まただ、くそー。作者の御都合主義もここに極まったか。この男性と私をくっ付けようというつもりだな。悲劇の王太子妃を演じさせたのだから、それなりのスペックじゃないと承知しないぞー。と、興味津々で名乗り合ったら、帝国の第3王子で、外交を担当し始めたところ。25歳の未婚だという。うむ、ちょうどいい塩梅(あんばい)だ。

 こりゃあ、作者の目論見通りとなる。「二人は恋に落ちました」というセンテンスが挿入されるところだ。


 翌日、両親に呼ばれた席に彼がいた。ここまできたら(いや)も応もない。なにしろ作者がレールを敷いているのだから、絶対の運命だ。ただ、長い人生、信用し切ることはできない。いつなんどき、本編の都合に振り回されるとも限らない。私はあくまでもモブ。相手となる人物は、ここでも名前が出てこないモブ中のモブなのだ。ちなみに私、アマーリアの名前も冒頭を飾っているだけだ。国名も都市名も、固有名詞は一切出てこない。この作者は徹底している。確信犯だ。しっかり監視していこうと心に決めた。


 その後二人が帝国皇帝の許しを得て一緒になったことは言うまでもない。帝都で1男1女を授かって幸せに暮らしましたとさ‥‥くらいを書くのは作者として当然のサービスだよね。なおユカタは、二人にとって初めて会ったときの思い出だ。夏になったら毎年1度ぐらいは袖を通しましょうとモブ彼と誓い合ったのだった。あーあ、タコヤキ、食べたーい。

作者をつついたら、しぶしぶ設定書きを出してきた。それによると、ヒロイン:王女(アマーリア 18歳)、その侍女(エミリー 20歳)。帝国第3王子(ウォルター 24歳)、その従者(グスタフ 18歳)。母国(リナト王国)。嫁ぎ先国(ラチコ王国)、その王都(ヨキト市)、商都(ワニナ市)、オンセン街(マリア温泉)‥‥だってさ。書かなかったのは読者の負担を減らすため、とかホザいている。


当初(2022-04-02)、短編としてアップしていました。その際、以下のような評価を頂いていました。

総合評価ポイント: 50pt

評価者数: 5人

お気に入り登録: 1件

評価ポイント: 48pt

評価平均: 4.8pt

いいね: 4件


感想 投稿者情報: ユーザID: 1191724 投稿者: ひろさん。

【一言】屋台のたこ焼きはシェアしてナンボよ!(笑)

【感想に対する返信】コメントをありがとうございます。8個か10個か、悩んだのですが‥‥。

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