21 【前世譚】漂流郵便局に届いていたハガキ
もう、いい歳だから、旅行はこれが最後かな。お一人様の老後の女子。おバアちゃんなどと呼ばないでね。まだまだ元気なつもりなんだから。でも、ちょっとした坂道で息が切れる。同じ境遇の20数年来の友人とは、あちこち旅行をした。宮古島やニセコ、台湾一周やバリ島等々。そんな気の置けない彼女を1年前に病気で失った。
今、瀬戸内海の粟島に一人で来ている。そう、知っている人は知っている漂流郵便局が目的だ。ここは、どんなハガキでも受け取ってくれる。便りを送りたいけれど、その人の住所がわからないとか、あるいは天国とか、乙女ゲームの推しキャラとか。そういう場合の届け先となってくれる、心優しい郵便局なのだ。元は本物の郵便局だったという。海に浮かぶ漂流物が海岸に流れ着くイメージらしい。半年前にテレビ番組で知って早速、彼女の名前を宛名にして投函した。
あのハガキを確かめられたらいいな。でも、数万枚もあって、整理されているわけではないから、探し出すのは至難のワザのようだ。いろんな方の、様々な思いが込められたハガキを日長一日、ノンビリとめくるのが本来の楽しみ方だという。
小さな連絡船を港で降りて、人家の間を10分ほど歩くと、モルタル平屋建ての建物に行き着いた。アルミサッシになっているけど、昭和チックといえる。ここかあ。早速、局内にお邪魔する。
ハガキはブリキ製の箱に入れられ、上下に張られたピアノ線にマグネットで吸い付いている。20個ほどの箱を私書箱と呼ぶのだという。仕分け棚に納められているものもある。確かに、この枚数では目指すハガキを見つけるのは無理だ。根性を入れて何日も掛かる。さらに開局は月に2日、それも午後の3時間だけというから、到底不可能だ。
ハガキは自由に手に取って読むことができる。死別した友人や、生き別れた想い人、あるいは亡くなった愛犬への文面に触れると、目が潤ってくるのは致し方の無いところ。小さな文字をビッシリと書き連ねた長文も多い。
帰りの船便の都合もあるので、適当にハガキを繰っていると、あれっ、私の名前? 月並みな苗字だし、名前も平凡だから同姓同名かな? なんて見入ると、差出人は‥‥。
ギャー!!! アイツだ。アイツだよ。戯れ名になっているけど、間違いなくアノ野郎だ。
心臓がバクバクする。耳がギーンと鳴る。年寄に衝撃を与えるな。死んじゃう。口を小さく開いて深呼吸する。挙動不審者に見えないように目を瞑る。落ち着こうよ。落ち着こう。
宛名面の下に綴られた短い文を読むと、単に「覚えているかい」ってな、軽いノリ。ヤツらしくワープロ仕立て。裏面は写真で、共に過ごした中学のグランドだ。残っているのだな。1年前に訪れたようだ。
他にもあるかと探すと、2枚が見つかった。文面は少し異なるけれど似たり寄ったり。写真は同じ。この分だと、いく枚も出したんだろう。でも、全部を見つけようなんて馬鹿な真似はしない。私がここに来ることを予想した? 否、単なる郷愁? ヤツの本名は珍しいものだから、ネット検索で一発でバレる、って、こうしたんだろうな。でも二人の組み合わせは同級生には判っちゃう。
若干ためらったけれど、文面をスマホで撮影する。いつでも消せるし‥‥。
アイツは、私が御一人様でここまで生きてきた理由の一端を担っている。全てとは言わないが、間違いなく一部だ。
◆
二人の因縁は、千曲川沿いのとある町で始まった。そこの小さな小学校の入学式でのこと、私はアイツを見つけた。3か月前の事前準備会では目にしなかった顔だ。「あんた、この前、いなかったよね」と話しかけた。そしたら、アイツは泣きだした。なんだコイツって、イラっと、きた。ツベルクリン検査の結果、アイツだけ反応が出なかった。で、BCG注射を受けることになって、「ビーシージー」って、呼んでやった。そしたら、また泣いた。髪の毛は母親が刈ったからなのか、男のくせにオカッパだった。それで「オーカアッパ」と言ったら、当然のように泣いた。
3年生のときだった。「泣いて、うるさいから、ベル子だ。泣き虫ベルコ」って囃やしたら、食べかけていたリンゴの芯を投げつけてきた。偶然だろうが、それが私の頭に当たった。あのチビで運動音痴のアイツがだよ。ショックで私は固まった。それ以来、私はアイツと口がきけなくなった。そして、アイツが人前で泣くことは無くなった。
私は頭脳明晰、スポーツ万能な少女だった。5年生のとき、父親の関係で隣町に引っ越した。中学2年に上がるときに戻ってきて、アイツと同じクラスになった。アイツにはジロっと睨まれた。同級生には、お高くとまった人間と判断されて毛嫌いされた。豪邸に住んでいた影響だと思う。
中学3年も同じクラスだった。二人が揃って学級委員に選ばれたのは、嫌がらせだったような気がする。アイツは相変わらず運動神経皆無だったけれど、面白いことを言ってクラスを笑いの渦に巻き込むのが常だった。ただ、傍らで見ていると、真面目なことが判った。掃除や日直から、体育祭や学芸会の裏方などを、コツコツとコナしていた。アイデアにはセンスがあった。クラスの連中は知らないから評判が悪かった。良いところが全部、私の手柄になった。
不思議なことに、何人かの教師がアイツを可愛がっていた。担任の社会、それに理科と技術の教師だ。注意して観ていると、関心を持たれていることがよく解かった。叱られていたわけではない。授業とは関係の無い議論を吹きかけたり、怪しいものを作ったり。理科ではパラボラアンテナの話をしていたのを覚えている。
その頃、思春期の私は好きになっていたのだと思う。でもアイツの好みは、大人しいカワイ子ちゃんで、ラブレターを出したなんて話も流れてきた。その返事がどうだったかは知らない。一度、私が陸上競技会に出場するので、委員会を欠席しなければならないことがあった。代理をその子に頼んだ。あとで、どうだったって尋ねたら。「彼があんなに積極的だなんて知らなかった」と言っていた。私はアイツに「へー、カワイ子ちゃんが横だと、張り切るんだね」って悪態をついた。
高校受験でアイツは地域トップの県立男子高に入った。模試でパっとしなかったのは、私も見ている。我々の中学からは、だいたい約20人が受かるのに、いつも30位前後だった。それなのに受験させるとは担任の責任問題になるぞ、なんていう話が聞こえていた。なぜ、本番に強かったのか、どうして教師に自信があったのかは、謎だ。
それで一つ思い出すのは、高校入学試験のあった翌日、担任が行った奇妙なテストだ。「主食のコメと小麦の比率で、年々小麦の割合が増えている。小麦の消費量は増えているといえるか? 〇か×か」というような問いが50問並んでいた。今なら×だと明確に判断できるけれど、1人を除いて50点以下だった。私も40点だった。で、例外の1人が100点で、アイツだった。
テスト用紙を返す教師のドヤ顔が忘れられない。もちろん、卒業する生徒全員へのハナムケだったのだろう。
高校に入学して1か月が経った頃、交差点でばったりと鉢合わせをした。お互いが登校中の自転車だから、目で挨拶しただけだった。私が西から東へ、アイツが北から南へ向かう十字路で、信号機もない交差点だ。その後、いつも期待して1分ほど待ったけれど、3年間、そこで出会うことは無かった。同級会の幹事を一緒にしたときに、たわいもない話をした程度かな。
高校3年の卒業近く、私はとんでもない事態に陥った。留学生の男子と、早く言えば“やっちまった”のだ。あちら流の手練手管に酔わされてしまった。パニックになり異常な思考を繰り返した結果だと思う。私はアイツに会いに行った。呼び出したのはヤツの自宅付近の小公園。なんか、遠回しに自分の状況を説明して、返事はアーとかウーとかだった。冷静に考えたら大学受験の直前で、こころ、ここにあらずだったんだと、後になれば理解できた。
アイツは北国にある国立大学の工学部に合格した。まあまあ頑張ったのだろう。私は実家でボーっと過ごし、2年遅れで東京の三流私学に入った。その年に東京で開かれた同級会にアイツも来た。21歳だった。板についた方言が耳障りだった。マイペースという名のグループの「東京」という曲が好きだと言っていた。
アイツが大阪の技術系企業に就職後、結婚して子ども一人ができたと人づてに聞いた。私は鋼材を扱う小さな商社に就職し、郊外の1LDKを借りた。いろいろあったが、ずっと一人だった。そのころは、テレビドラマの「ケンチとスミレ」に憧れていた。建築家になった青年が見合い結婚をしたけれど死別し、幼馴染と結ばれるというストーリーだった。
アラフォーの頃、故郷で同級会があった。帰り道、アイツが乗ってきた車で実家まで送ってくれた。道中、少し話をした。東京へは出張でよく行く。今度、会おうとなった。いつも新橋付近だった。何度目だったか、ステーキ・レストランで「近くのホテルを予約している。そのロビーで少し話をしないか」と誘われた。危ない、と、私は逃げた。その夜遅く電話がかかってきた。煎じ詰めると「仕事と家庭が嫌になった。もう、やめたい。人生は一度きりだ。一緒に暮らさないか」というような内容だった。実をいうと、アイツが私を選ぶ理由は思い当たらなかった。でも、なんとなく分かるけど‥‥。
その後、何度も電話があった。仲の良かった同僚に相談して、引っ越した。実家には、同級会からの通知には応答しないように頼んだ。それっきりになった。
◆
仕事は2度、かわった。結局、独り身を貫いて、今は年金頼り。首都圏とは名ばかりの辺鄙な田舎で、公営住宅の3DK。貯金と年金を計算して、百歳まで大丈夫なことを確認している。大病をしたら親の遺産にすがればいい。実家には母が健在で、弟の家族と暮らす。
私、どうなるんだろう。ボーっと生きているけれど、お友達はスマホ。ネット小説にハマっている。暇つぶしには困らない。
そうだ。異世界へ転生しよう。どうせなら、中世欧州風のお貴族様で、上げ膳据え膳。あっ、洋食だから御膳ではないのか。侍女にカシズかれて、優雅にブロンドの長髪を揺らす。お城の舞踏会はシャンデリアの下、王子様とワルツを踊る。シンデレラか~い。でも、継母に虐められるのは、いやだ。
じゃあ、自分で書いちゃお。ネットに公開すれば、実現するかな。漂流郵便局を通して、アイツを誘おう。今度こそ、一緒になりたいなあ。
◆
前略 ハガキ、見ました。読まれると思ってた? 偶然て不思議よね。あなたと私の関係は運命。そう考えた方が人生は面白い。でも、お互い、いい歳だから、もうお終い。二度と会うことは無い。同級会って騒いでる連中がいるけど、行かない。あなただって当然、関心は無いでしょう?
ねえ、あのとき、なんで迎えに来てくれなかったの? 肝心な場面で選ぶのは、私ではなくて、いつも、カワイ子ちゃん。少し天然が入っている娘ね。分かってる。マザコンだものね。長男だから、あのお母さんと暮らすことを考えるのよね。波風を立てずに従順な子がいいのね。でも、誰を選んだって一緒。それに気が付いて、意を決してこっちを向いたときには、私が拒否して‥‥。ほんと、私、悩んだのよ。お互い、何もかも捨ててやり直そうって。でも、不幸になる人がたくさん出てしまう。バカよね。人生は短いのに、結局は皆んな灰になるのに、不倫相手という汚名も怖くなかったのに。ははっ、逃げちゃった。
でね、わたし今、ネット小説を書いてるの。ハヤリの転生モノってやつ。夢物語って思うかな。でも、すでに数万もの作品が投稿されているのよ。これだけあれば、中には本当に転生できた例もあるはず。異世界で思う存分、好きなように生きてみようって‥‥。ねえ、どうして私が気になるの。そう、私もどうして貴方に引っ掛かるのだろう。男も女も星の数ほど存在するのにね。転生して、今度こそ一緒になる? じゃあ、長男ではなくて、次男に生まれてきてよ。マザコン男って大嫌い。そして白馬に乗って迎えに来て。できれば程々の強引さで迫ってもらえると助かるな。お願いばかりでゴメン。か弱い女の子なんだから許してね。待ってるわ。 草々
漂流郵便局とか、内容の1割ほどが事実で、残りは全てフィクションです。ハガキは探さないでくださいね (^_-) 「ガラポン聖女とノダメ王子」の前日譚のつもりです。アイツと私が来世で再会する場面は、17話をご覧ください。
当初(2022-05-11)は短編としてアップして、次の評価を頂きました。
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