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02 聖女様はお仕事をがんばる(御庭番)

 我家の住居兼店舗は、神殿から歩いて10分ほどのところにある。店で扱っている商品は、いわゆる制服。少し高級な儀礼用が主で、アクセサリーも含まれる。商品の性質上、決まりごとが複雑怪奇で多種多様なうえに質と量、それに納期が求められるから、競合業者は少ないらしい。顧客は神殿の他に王宮や騎士団、貴族邸など幅広い。支店を国内一円はもとより隣国にも出している。注文生産ゆえに一つ一つの店舗は小さいけれど、店員は皆、年季の入ったベテランぞろい。顧客の要求を正確に聞き取って、それを織物工場や縫製業者という協業体制へ迅速に伝えることが肝心だと父親は常に言っている。

 というわけで、商品の値段は、我が店の“言いなり”。「原材料の値上がりで‥‥」というような言い訳がすんなり通るらしい。相手が気位の高い貴族中心ということもあるのだろう。一方で、信頼関係が第一で、利益は二の次、“損して得取れ”という信条を掲げる点は、娘としても尊敬している。


 ところで、顧客の中で最も手強いのが神殿だという。請求書がそのまま受け入れられることは皆無で、必ずトップの神官長が出てきて価格の内訳を尋ねる。台所が火の車なのだろう。よって、こちらも父親が顔を見せざるを得ないようだ。

 それで、1か月前の納品の折、交渉の勉強になるからと私が同席させられた。神官長の顔を知っていたのはそのためだ。二人のやり取りを聞いているだけなら和やかといえる。昨今の景気や天候の話とか、雑談ばかり。不意に相手が「あっ、そうそう。昨日、礼拝堂の窓ガラスが割れて‥‥」と言った途端に、「3パーセント値引きましょう」と返した。相手の顎が上下に少し動いて、父が「それでは」と声を発しただけ。すぐに神官長が私のほうを向いて、


「お嬢さんの年齢はおいくつですか」


と話題を変えてきた。「16歳になります」と返事をすると、


「おおっ、ちょうどいい。聖女選出の抽選会に参加してもらえませんかな。近年は応募者が激減していて、我々としても格好がつかないのです。なんとか男爵令嬢が1名、確保できました。どうでしょう」


 その後は出身学園や店での手伝いのことをしゃべったが中身は覚えていない。


         ◆


 聖女抽選会から帰宅して家族で膝を突き合わせた。父いわく、


「確かに、会場には貴族の令嬢がおったな。あの娘の予定だったのだろう。1か月前に神官長は“数合わせ”とは口に出さなかった。くそー。“ジコ”だな。事故。狙ったわけではないだろう。ただ、あのときの顔には喜色が見えた。参った。人質を取られた」


 母は、あくまでも冷静だった。


「売り上げの割合でいえば神殿は小さいですよね。1年間なんて、あっという間に終わります。他人の中で過ごすのも良い経験です。聖女用の衣服は最上級の仕立てにしてください。あなた、すべて寄進ですよ。侍女は店から出しましょう」


 父は「もちろん」と応えてくれた。私は安堵して、きたる1年が楽しみになった。


 4月になり侍女を伴って神殿に入った。

 用意されていた部屋は自宅の自室よりも広く、貴族の令嬢でも不満が無いレベルだろう。となりには侍女の部屋が扉一つでつながっている。三度の食事は食堂で全員が一緒にとるという点は少し驚いた。神官長から神官や従者、聖女と侍女に至るまで同じメニューなのだ。我が家も両親から店員まで同じだったけれど、上流階級では考えられるものではない。献立は正直に言えば若干、清貧といえるかもしれない。栄養バランスは前世の記憶と較べても劣らない。神に仕える身としては妥当なところとはいえ、贅沢に馴れた舌には耐えられないと思う。聞けば、歴代の聖女の中には自室で給仕付きの別メニューを続けた猛者がいたらしい。


 最初の1か月間は研修だった。衣装の身に着け方から、歩き方、腕の上げ下げ等々、優雅に振舞うのは結構、難しい。体力的にもきついし、反復練習が必要だ。女神さまへの礼拝や祈祷、民衆への祝福。また貴族や王族に対しては異なる所作が要求される。今まで経験したことも想像したこともなかった世界なので、大変ではあるものの興味深かかった。まじめに取り組んでいると、ますます指導が厳しくなってきた。たまらず、神官長に愚痴をこぼしたら、


「今までの貴族出身の令嬢たちはすぐに音を上げた。君は辛抱強くて頼もしい。文句を言わずに呑み込みも早い。教え甲斐があるから、要求レベルをどんどん上げている」


と、ノタマった。こんちくしょお! 図に乗りやがってぇ と叫ぼうとしたけれど、すでに遅かった。教習期間は終わりかけていた。


 聖女のお勤めの基本は、朝の祈祷と、夕方の礼拝だ。祈祷と礼拝は同じようなものだけれど、前者が女神さまへの国土安寧のお願いで、後者が守護に対する感謝だという。

 昼間は主に慰問だ。養老院では入所者の話し相手を務める。全てのみなさんから伺わなければならないから、一人一人の切り上げ(どき)が難しい。嫌な顔を見せてはならない。納得してもらって締めくくるには、思いやりと技術が必要だ。

 痛い腰をさすってくれと頼まれたら快く引き受ける。不思議と皆さんから「楽になった」と感謝される。けれど、単なる気のせいで、前世でいうプラシーボ効果っていうやつに違いない。


 孤児院は体力勝負だ。すばしっこい子どもたちと付き合うのは骨が折れる。鬼ごっこに遊戯、童謡歌唱に絵本朗読と要求は際限がない。お世話を焼いている皆さんの慰労も兼ねているから、訪れれば一日がつぶれる。でも全ての方々が返してくれる笑顔はうれしい。


 初めの頃は王都周辺への日帰りだけだったが、そのうちに遠隔地を訪問することとなった。泊りがけだ。前任の聖女たちは嫌がるので年に二三回が限度だったという。私は親の商売の影響もあって、馬車の旅は苦にならない。あちこちを見て回れるので、かえって楽しいくらいだ。

 やることは王都と一緒。神殿での礼拝と祈祷に、関係者との歓談。それに各種施設の慰問となる。余分なのは領主の応援という役割で、彼らの力を入れている事業とか復旧中の災害現場などを共に訪問する。並んでいることを民衆に見せつけて、領主の権威を高めるという作用を狙っているらしい。まあ、領主館に1週間ほど宿泊させてもらうので、ギブ&テイクということでもある。


◆◆侍女語り


 私はもともと浮浪児だった。

 4歳の時に親に捨てられ、路上生活となった。そして、見よう見まねで始めたスリやカッパライで何とか生きていた。そんな中、身なりの良い商人を狙ったら、ものの見事に捕まった。それが番頭さんだった。いわく、「しばらく目をつけていた。お前はスジがいい。ウチに来い」と連れていかれたのは、何の変哲もないお店だった。その裏に寮があって、店員とともに10人ほどの子どもが生活していた。ここが本当の顔、王宮を影で支える“オニワバン”の総本山だった。


 表の顔としては、国内各地と国外にいくつかの支店を構えていて、店員として振舞う。裏では諜報活動に従事するというわけだ。これがオニワバンの本来の仕事で、想像を絶する人数が従事している。“オニワバン”という呼び名は昔から使われているけれど、起源は番頭さんでさえ解らないらしい。


 特殊な任務が王族の護衛だ。特に変わった能力を身に着けている者が選ばれる。私のコードネーム「酢漬けの蛇女」は、関節を自在に外せるほどに身体が柔らかいところから来ている。子ども役が必要な事案で、敵を欺いて縄抜けして危機を脱したことで旦那様の目に留まった。お嬢様が聖女になられたとき、王族に匹敵する地位で大事な娘だからと任された。私は2歳年上の18歳だった。


 ちなみにお嬢様は幼少の頃から奇妙な言動が目につき、オニワバンとしては集中力と情緒安定性に難ありと判断されたという。前世の記憶持ちという特殊能力が障害で、逆にそれを活かすべく、外国語とか商業取引の知識とか、表の技術を徹底的に叩き込まれていた。店関係者は声を揃えて「この娘は大化(おおば)けする」と予言したものだ。そして、聖女に就任された。素直で穢れの無いお嬢様は、不思議なことに今でも店の裏の顔をご存じない。

 王都神殿の職制は、神官長を頭に1人の聖女と、複数の神官が並列で存在すると考えました。聖女には侍女が付き、神官の下には従者が侍るという形です。また別に、洗濯や掃除、あるいは営繕や馬車を受け持つ男女の使用人が存在します。当初は巫女とか聖歌隊などを想定していたのですが、面倒なのでバッサリと割愛しています。

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