16 王子様は戴冠式でたくらむ
父上が「もう辞めたい」と言い出した。国王の地位をオレに引き継いでくれということだ。どうも王后である母上が年始祭で「こんな行事は疲れる。歳なのだから、もう遊んで暮らしたい」とゴネたのがキッカケのようだ。いわゆる譲位っていうやつ。あちゃー、とうとう来たか。
王太子であるオレが実質的には決定権を握っているのだし、名実ともにトップとなってもいい時期とも思う。我が子である第1王子が16歳の成人を迎えて王太孫となったことも大きい。宰相や神官長に軽く打診してみると諸手を挙げて賛成だった。
手続き的には、議会の承認がメインとなる。オレも最初は絶対王政を目指していたのだけれど、妃の助言で立憲君主制へと舵を切った。そして、ほぼ完成の域に達している。ただ、王権の授与が絶対的で神秘的に行われるという形をとりたい想いは強い。
国内外への周知的には、影の薄かった第2王子の立場を払拭したいという思惑もあった。国民の意識として後継ぎといえば亡き兄上を今でも連想してしまうほどに、王太子の期間が長かった。それをオレの名前と姿で上書きしたいという願望は許されると思う。
そのためには式典を派手に執り行うことが重要だろう。
儀式は具体的に、王権の象徴である王冠と聖剣を譲受する。前例は前国王からの手渡しだ。前国王が死去している場合のみ神官長から受け取っていた。
これを絶対的な権威から授けられる形式にしたい。要は、神殿が祭る女神が手渡すというスタイルだ。じゃあ女神役を誰にするのか。当代の聖女たちは小娘すぎる。公式行事だからオペラ女優というわけにもいかない。
そりぁあ、我が妃アリシア、一択だろう。国民には今でも聖女のイメージが浸透していて、女性では国一番の有名人だ。3人の子持ちで30歳代後半という年齢には円熟した女性の魅力を感じる。プロポーションは丸みを帯びていて気品を漂わせ、惚れ惚れとする。決してオレの欲目ではない。人前に立った経験が豊富で度胸も満点。声がよく通り、その説得力はピカイチだ。出自は平民だけれど貴族連中を含めて人気はオレよりも高い。アイツ以外には考えられない。
議会で即位の宣誓をした翌日に、大聖堂での戴冠式を設定した。昼前に始まった。
正面に巨大な女神像と祭壇、向かって左に貴族と神官の連中が居並び、右が商人や細工師、農民の代表たちが整列している。宮廷楽団が荘厳な宗教曲を奏ではじめた。真ん中にぽっかりと空いた空間を国王夫妻がシズシズと進む。祭壇の前で止まり、一旦ひざまずいた後、立ち上がる。王は頭にかぶった宝冠を脱いで祭壇の上に置く。続いて腰に帯びた聖剣を外して恭しく掲げ、祭壇に載せる。そして挨拶を女神像に捧げたのち、王后は左へ、国王は右に分かれて控える。ここまで式場内は無言だ。楽曲だけが厳かに流れている。
そして、それが突然止まり絶対的な静寂が訪れる。しばしの時をおいて、右手より女神役が現れる。我が妃だ。中央まで進んだ段階で、周りからスポットライトを浴びせる。腰から下と乳房だけを布で覆った半裸の姿だ。実をいうと、女神像と同じように胸を晒してくれと頼んだのだが、頑なに断られた。代案として隠す布切れを桃色にした。光線に照らされた姿を列席者たちは像と同じイメージに捉えているはずだ。
ここで女神役は宝冠をかぶる。聖剣を鞘から抜いて左右を祓う。そして叫ぶ。凛とした声が大聖堂の隅々まで響き渡る。
「誰に授くべきや」
この第一声が貫録だ。聖女を5年間も務めた経歴は伊達ではない。さらに王太子妃の経験も積み重なっている。すぐさま会場のあちこちから「ロバート王子」、「王太子」という声が上がる。もちろん“サクラ”を仕込んでいる。それにツラれて「ロバート王太子」の大合唱が起こる。女神役は聖剣を前に突き出して会場を鎮める。そして問う。
「ロバート王太子でよいか?」
一斉に「おおぉー」という大歓声が上がる。
女神役は再び聖剣を前に突き出して場を静かにさせ、呼びかける。
「出で来よ! 王太子ロバート!」
ここでやっとオレの登場だ。スポットライトを当てられ中央通路を“もったいぶって”ゆっくりと進む。祭壇の前で立ち止まると大げさに両袖をはらう。そしてひざまずく。女神役がオレの前に立ち、剣先でオレの左肩と右肩を順に軽く抑える。鞘に納めて宣言する。
「聖剣を授ける」
オレはウヤウヤしく受け取り、そのままの姿勢で腰に帯びる。
「聖なる宝冠を授ける」
女神役は自らの頭上から王冠を取り外し、オレの頭にかぶせる。この瞬間を描くように宮廷画家には命じてある。絵画で女神役の胸隠しはもちろん無しだ。へへっ! この絵は複製して王子財団から大々的に売り出す予定だ。
一呼吸を置いてオレは立ち上がり、女神役に宣誓する。
「わが命に代えて国土と国民を護ることを、女神に誓う」
オレは女神を背に宝剣を抜いて高く掲げる。そのまま左側の貴族や神官たち、さらに右側の平民たちに披露しつつ大聖堂内をゆっくりと往復する。
その間に女神役はスポットライトを外れて王后の前へ進み、王妃としての衣装に着替える。明るくないとはいえ、素っ裸になる一瞬がある。もちろんオレはそれを見逃さず、ちらりと目をやる。何人かは気が付いただろう。
服装を整えられた新王妃は前王后からその証であるブレスレットを引き継いで装着する。
戻ってきたオレは宝剣を鞘に納める。その右に新王妃が寄り添ってくる。解るかなぁ、これ。女神がオレの妃となって支えるっていう寓意を込めている。ちょっと横暴かもしれない‥‥。
そして歓声の中、中央通路を進んで大聖堂の外に出る。そこでさらに大きな歓声に包まれ、オープン馬車に乗り込む。王都を一巡する間、オレは立った状態で両手を挙げて群衆に応える。その傍らに新任の王妃が座って、オレや群衆に微笑みかける。国旗が打ち振られる。紙吹雪が舞う。もちろんこれらは“やらせ”だ。天気は上々だし、思った通りの大成功をおさめた。
翌日からは各界の名士や各国の使節を招いた晩餐会と舞踏会が続いた。それに先祖の墓所への報告などの行事がすべて終わったのは1か月後だった。新国王としての執務に慣れたのは3か月後だった。
決裁書類が途切れたのをシオに、妃が女神役を務めていたときのことを思い出した。やはり布切れは邪魔だったなあ。でも、オレ以外のやつらに眺めさせるのは妬ける。あれを堪能できるのはオレの特権だ。今晩も可愛がってやろうかな‥‥などとニヤついていると、側近が話し出した。
「戴冠式のお妃さまはお美しかったですねぇ。照明担当として今度は上手くいってホっとしました」
そうだろう、そうだろう。あれっ? この話し方は奇妙だ。『今度は』の『は』って、なんだ。追及すると白状しよった。
「今だから言えるんですけどね。17年前のお二人の結婚式のときに、私、失敗したんですよ。お妃さまに光を当てる役目だったんです。そう、誰にも気が付かれなかったのですけれどね。鏡の裏表を間違えてしまって、当てられなかったんです。でも、お妃さまは光っていました。どういうことなんでしょう?」
むっ! そういえばあのとき、光が当たるはずのない顔面も光っていた。上手く当てたものだなあと感心した記憶がある。えっ! あれは側近の所業のせいではなかったのか? あれっ! こんどの戴冠式でも変だった。あいつ、必要以上に輝いていたぞ‥‥。
まさか、きゃつめ、ホンマモンか? ありえない。そんなバカな! ううううぅ‥‥。
背筋にぞぞぞぞぞーっと悪寒が走った!
こりゃあ危ない。危ないぞ。侍女の尻を目で追うなんて絶対にやらない、死ぬまでやらない、と、心に固く誓ったのだった。
◆◆護衛語り
戴冠パレードが終わると、王子、もとい、新国王が側近に命じた。「議事堂の辺りで声高に叫んでいた若者を連れてきてくれ。内緒で話がしたい。詰問したいわけじゃあない。丁寧に案内を頼む」 ああ、王制反対を主張していた奴か。大丈夫かな。話が通じるだろうか。
数日後、国王専用の小部屋に入ってきたのは、見るからに平民で、背の低い男だった。生やした髭は虚仮威しにしか見えない。新国王が話し掛ける。
「ここでの話は内密でお願いね。パレードの途中で声が聞こえたんだけど、途切れ途切れだったんだ。詳しく聞かせてくれるかな」
初めはオドオドしていたけれど、「それで」とか、「そこんとこを詳しく」などと合いの手を入れられて、次第に饒舌になってきた。つまるところ、王様は税金の無駄遣い、生まれながらにして王様はおかしい。人間は皆、平等なはずだという主張だった。
「なるほどね。よく解かるよ。実をいうと、ボクも嫌なんだ。
子どもの頃なんだけど、四六時中、誰かが傍にいるわけ。何か悪戯しようものなら直ぐに親の耳に入って、叱られちゃう。鬱陶しかったなあ。年頃になったら可愛い娘に目が行くよね。男ならイチャイチャしたい。それで、そこにいる怖そうなお兄さんに、お伺いを立てる。でも、どうしても首を縦に振ってくれないんだなあ」
おいおい、そんな意味だったのか。ウソだあ。
「そのうちにね。聖女様に出会ったんだ。そう、今はボクの奥さんね。気が強くて面白い子だった。もう、この子に決めたって、わき目もふらずに一直線。怖いお兄さんも無視したんだ。結局、誰も何も言ってこなくて、納得してもらったと思った。聖女様もボクを慕ってくれてるって確信が持てた。
でもね。『結婚してくれ』がどうしても言えない。だって、ボクの奥さんだよ。一日中監視がついて、したいことは何も出来ない。食事は行事で、夜の営みは義務なんだ。こりゃあ、普通の結婚じゃあないよね。全てのことが業務というか、生きていくことが仕事なんだ。それで『スカウトしたい』って言ったんだ。そしたら『まるで奴隷ね』って返ってきた。あー、ボクは奴隷だったんだって自覚した。それでも手を取ってくれたんだ。ありがたいよね」
なるほど、“スカウト”の語には深い意味があったんだな。
「ところが、君も知っての通り、兄が亡くなっただろう。そうそう、王太子だった兄だよ。そしたら、こっちへ全部、お鉢が回ってきたんだ。格段に制約が増えた。奥さんなんか、出産直後だったから、もうノイローゼになって大変だったんだ。でも二人目、三人目と続けて産んでくれた。もう感謝しかないよ。
ボクも、代わりが誰もいないから頑張った。そんな中で、奥さんに教わったんだ。立憲君主制という制度があるって。君たちの理想は共和制かな。奥さんが言うんだ。お飾りの王様を立てる立憲君主制の方が共和制よりも政治的には安定してるって。研究してみてよ。これ、進呈するよ。奥さんが喋ったことをまとめた本なんだ。
それでボクは今、その立憲なんとやらを目指しているんだ。来年、平民議会を立ち上げる。議員を選挙で選ぶんだ。はじめは混乱するかもしれないけど、徐々に充実させていく。是非、君も立候補して議員になってよ。そして、もし君が、それでも王制に不満だったら、議会に諮ってほしい。そこで提案してよ。皆が賛成するなら、嬉しいな。ただ、ボク、手に職がないから、しばらく勉強やら技能訓練をしなきゃあいけない。その間、食い逸れないように退職金をお願いね」
国王の物言いとしてどうかと思うが、なり立てだからこんなものだろう。
後日談をすると、この男は平民議会に当選して議員になり、キャリアを積んだのち、初の平民宰相となった。そして、二度と王制廃止は口にしなかった。昔日の仲間が責めると、こう言ったという。
「アイツが、オレたちに任せたんだ。失敗したら責任を取らせる。そのために養っている。大した費用じゃあない」
とね。
元来の投稿は 2022/03/13 12:55
護衛語りを追加しました。2023-07-19





