14 元聖女様は何とか復活する
夫は3人の子持ちとなったことが自信に繋がったのだと思う。王太子としての責任を負ったことと併せて、充実した毎日を送っている。
それに対して私は、これで生涯の仕事が終わった。要求されていた責務を果たしてしまったと、虚しさというか、寂寥感に囚われるようになった。産後の鬱という状態だろうか。前王太子の病没以降、気分が晴れない。どうもいけない。こんな塞ぎ込んでいる私を王后様は気にかけて、なにかとお誘いくださった。
そんなお茶の席で少し気が楽になって、正直な心情を吐露した。
「男児が2人となったことでさえ、殿下から側室を持つ大義名分を奪ってしまったと連想する始末なんです」
と申し上げると、大きくうなずかれて、
「まあ、優しいのね。じゃあ、あいつのその方面の欲望を一手に引き受けようって、考えたらどうでかしら」
そうだ。出産で体形が崩れたという意識は、王子に対して後ろめたさとなっているのかもしれない。
じゃあ、どうする? とりあえず身体を動かそう。ランニングはどうだろう。というわけで、早朝に王宮の周囲を走ることとした。朝風を切れば清々しいし、汗を拭いた後にいただく朝食はおいしい。夜もよく眠れるようになった。護衛の方々に申し訳ないと話したら、我々もじっとしているより動くほうが健康的ですと応えてくれた。1か月、2か月と続けていたら、夫や両陛下まで参加されるようになった。なんか楽しくなってきた。
体力がついてきて、深夜労働も楽チンでこなせるようになった。王子も御満悦で、さらに体位を工夫し出した。それに応えるには身体の柔軟性をと考えて、前世でいうエアロビクスの真似事を始めた。侍女に頼んで、市井でインストラクター役を探し出してもらった。大きな鏡も設置した。もちろんすぐに王后様が加わった。国王と王子も食指を動かしたようだが、これは女性限定とした。プールも欲しかったがそこまでの贅沢は言えない。
私たちの子どもは皆、元気にスクスクと育った。
第1王子は、ことのほか王后陛下のお気に入りで、自ら厳しくしつけられた。食事のマナーに始まって、あらゆる立ち居振る舞いに叱責が飛んだ。他の二人のお手本にもなった。我が息子も愛の鞭だという認識を持っているのだろう、よく応えた。前世に『ババア育ちは三文下がり』という戯れ句があったが、この子には全く当てはまらないと思った。
中等部へ進学する頃には乗馬を習わせられた。王后が手ずから指導されることも多かったし、頻繁に遠乗りにも連れ出されていた。ただ、ヨットと言い出したときには、みなが反対した。王后も一緒に乗るというのだから、そりゃあ心配する。結局は大型に限り、他に数名のクルーが乗船するならという条件付きで、ごり押しとなった。
背がスらっと高く風貌も端正で、前世でいう某少女歌劇団の男役もかくやという貴公子に育った。ダンスも完璧に仕込まれ、舞踏会では王后が離すことはなかった。
第2子の王女は、国王の溺愛の対象となった。幼い頃は文字通りその膝の上で育てられた。王女が抱えていた大きなクマの縫ぐるみが、国王の手製と判ったときには私も呆れた。初等学園の父兄参観に勝手に参加されたときには、王宮中が慌てた。迷惑がかかるからと王后様にきつく窘められている国王の姿は借りてきた猫だった。かといって、甘やかされすぎることは無く、所作も完璧で、ダンスの覚えもよかった。15歳の初ダンスは、当然、国王が相手を務めた。その姿を眺めていたら、この娘が嫁ぐ日が来るなど、とても想像できないと思った。
第3子の第2王子には、侍従長と宰相が目を掛けてくれた。前王太子の事例があったため、国家的な存在価値は計り知れないと判断されたようだ。とくに大臣たちが自分の子どもを連れてきて、一緒に遊ばせるという行動に出た。そんな中、やはりというか、棒切れを振り回して見るからにガキ大将となった。リーダーシップ能力を養わせるという意図通りの結果だと思う。
学園生活でも終始、同級生の先頭に立って行動しているらしい。良いことでも悪いことでもなんにでも真っ先に手を付けて、よく痛い目を見ているという。戦争が起これば、オレに続け、って突っ走るのだろう。王族としては当たり前と思うものの、母親としては辛い。
こういうところが我が夫に欠如している点で、周囲はうまく誘導してしまったものだ。ちなみに夫は一見ひ弱そうで基本、表には出ない。裏から根回しを多用した後、いつの間にやら攻略されているとみんなが気付くタイプだ。そう、知的生命体が人間の皮を被っている、不気味な感じなのだ。
こうしてみると、人格は立場が作るというふうに思わざるを得ない。
◆
両親が王宮へ訪ねてきた。私が実家に戻ることはないから、貴重な時間だ。ひとしきりの雑談の後、父が切り出した。
「貯まりに貯まったお給金はどうするのだ?」
店の商売は順調で、私の貯金を当てにする必要がまったく無くなった。王子妃となってからはものすごい金額に積みあがっている。代わりに投資してやってもいいけれど、それでは私が面白くないだろう。そろそろ自分で運用せよ。今現在、夢は無いのかと問う。
そうだ。世界を股にかけた商売を手掛けたいと、ずっと思っていたのだっけ。でも、事ここに至っては無理だ。死ぬまで不可能だ。王子のスカウトを受け入れた段階で納得したことだった。目の前の課題に追われ忘れていた。衣食住は保証され贅沢をするわけでもないから、身の回りの日用品や、家族や侍女たちに渡すお土産を買うくらいしかお給金の使い道がない。聖女時代、あれほど神官長に給金を上げろと迫ったのに、笑ってしまう。
立場上、営利事業に投資するわけにもいかないし、基本的には私有財産を持つ必要がない。神殿に寄付しようか。ああ、神官長の顔を想像すると無理だ。孤児院や養老院はどうか。そりゃあ王子たちの仕事だろう。
母が口を開く。
「以前、貴女が言っていた、先生になりたい人を応援するっていうのはどうかしら。師範学校の学費を援助するのよ。民衆から蔑視されている人々を救うには教育しかないのでしょう? 勉学に励めば金銭的な憂いがなく学校を卒業できて、おまけに教職に就けるって、一石二鳥よね」
そうだった。奨学金だ。奨学金制度をつくろう。前世の知識でいえば、教育は国家の義務だ。無償化が原則だ。能力と希望に合わせて進路を選べる環境を作る必要がある。
でも、そこまで税収が伸びていないのだから現状ではままならない。初等学園の就学率90パーセントがやっと達成できそうな程度だ。子どもを学校に通わせるには、親の収入の安定が不可欠だ。その仕事は国に任す。王子たちの尻を叩く。私は教員を養成する手助けをしよう。これから中等学園や高等学園の需要が出てくる。
他人の夢をかなえるっていう夢だっていいのだ。
元来の投稿は 2022/03/13





