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13 元聖女様と王子様は運命に翻弄される(置かれた場所で咲く)

 結婚して2か月目に妊娠が発覚した。出産予定日は来年の3月だ。これだけ濃く交わっていれば、二人のような身体ならイヤでもできてしまう。ツワリは軽くて、助かった。

 我が夫である第2王子はもとより、両陛下や私の両親、もちろん国を挙げて喜んでもらえた。

 問題は王子が過保護に走ったことで、私は何もさせてもらえない。少し動いたほうが母子ともに健康を維持できるし、出産も楽になる‥‥というのは、この異世界でも常識だ。そこで、宮廷医の診察に王子を同伴した。もちろん、男性が理解できるように説得してくれと、前もって頼んでおいた。思惑通り、妊婦の精神健康面でも身体を動かすことが必要と説いてくれた。

 あぁ、これで理解してもらえた。良かったぁ。と一息ついたら、宮廷医の口から、とんでもない言葉か飛び出した。


「安定期に入りましたから、殿下に可愛がってもらっても大丈夫ですよ。イッヒッヒッヒッ!」


だと。くそぉお、ヤブ医者めぇえ。

 王子の目がギラリと光ったのは言うまでもない。


 9月には王子の兄上、王太子の結婚式が滞りなく執り行われ、夫妻を乗せたオープン馬車によるパレードは評判となった。嫁いでこられた王太子妃は私と同い歳で、すぐに打ち解けた。我が国の言葉を学習されてきたとは言うものの、私と自国語で喋れるということに安堵してもらえた。毎日のようにお会いした。王太子夫妻の仲は、事前のお付き合いが無かったとは思えないほどに睦まじかった。すべてが順調で、王宮は幸福感に包まれた。


 それなのに、春の息吹が漂い皆が浮かれ出す時節になって突如、不幸が襲った。王国の世継ぎたる王太子が病に臥せったのだ。腹痛が日夜を問わず苦しめ続けた。そして、妃殿下の看病も空しく、7日後には身罷ってしまわれた。

 出産間際だった私は、まったく聞かされていなかった。知らされたのは1週間後だった。周囲の様子が何か変だと感じていたものの、この衝撃は計り知れなかった。うれしさは完全に吹き飛んだ。様々な思いが輻輳し、不安でいたたまれなくなった。それは夫であるロバート王子も一緒で、連日、二人で抱き合って泣いた。しかし、流石というか、夫は1か月で立ち直った。相貌には強い意志がみなぎり、後継者となる覚悟の顕れは明らかだった。それに触れて、私も腹をくくるしかなかった。


 私は王太子妃をお慰めしたかったけれど、わが身と比べて正直、気まずく遠慮する面が生じた。その点、王后様の気遣いと行動力には驚くべきものがあった。王太子妃が妊娠していないと判明したのち、すばやく隣国の王室と話し合って、実家へ戻す手筈を整えられた。前例に倣えば、1年間の服喪の後に我が国の修道院で隠棲生活となるのだけれど、3か月後の6月には帰国されることとなった。我が国に来られて、激動の9か月だった。


 ところで、私が産んだ子は男児だった。王太子が亡くなられた次の日に生まれたというタイミングから、生まれ変わりと誰もが見なした。とくに王后陛下は、その思いが強いようだった。

 そして私は間を置かず、第2子を身ごもった。このときは夫の強い生命力を感じた。無事に生まれた子は女児で、王家として久しぶりの王女だと、特に国王陛下に喜ばれた。

 この頃、前王太子の喪が明け、我が夫は立太子式を挙げた。私は王太子妃となった。我が国史上初めて平民出身者が王妃=王后となることになったけれど、異論は聞かれないようだった。

 そして私は再び男児を産んだ。夫の気力の賜物以外の何物でもない。申し訳ないけれど、私の子ではないような気がした。王子にスカウトされた日の奴隷云々のやり取りを思い出した。


◆◆侍女語り


 お嬢様が王宮へ入られると同時に、リシリー先輩は王后付に戻った。輿入れする王太子妃の侍女予定者たちを訓練するためだ。私とイアンは、ホッとした。もちろん、本人には感謝の言葉を重ねておいた。

 そこに、あの騒動だ。第2王子が王太子になることが決まると、あろうことか、先輩が私の上司に異動してきた。王后の意向で、オニワバンのチャンネルは先輩が担当し、お嬢様は蚊帳の外という方針が継続された。さらに先輩は王宮中のオニワバンの統括担当となった。侍女の数が格段に増えて、身の回りのお世話は任せることとなった。私はお話し相手と身辺警護に専念である。


 第1子をご出産されて1か月も経つと、肥立ちも落ち着かれて午後の紅茶を嗜まれることが多くなった。数人の侍女との気の置けない歓談が楽しいとおっしゃる。

 ある日のこと、ポットからカップへ注いでいた侍女へ語り掛けられた。


「どうしたの。ミザリーさん。ご身体でも悪いの。顔色が悪いわ」


 彼女はベテランの子爵令嬢だ。

 とたんに、手を滑らせて、盆を床に落としてしまった。皆、大慌てだ。リシリー先輩が私に目配せを送ってきた。やることは一つ、証拠の確保だ。飛び散った液体をハンカチで拭き取り、ポットとカップに誰も触れさせない。

 先輩はミザリーさんを連れて下がっていった。たぶん、放し飼いにして監視をつけるはずだ。疑われていることを悟られてはいけない。

 その後、心配したとおり、トリカブトの毒が検出された。


 お嬢様が狙われる理由で考えられることは、平民が国王の妻になることをよく思わない連中だ。また、お嬢様の代わりに未来の国王の相手に相応しい貴族令嬢を送り込もうという思惑も見える。先輩は、驚くべきことに、そんな可能性のある貴族の名をただちに3名、挙げた。その周辺と、毒の入手経路を探ってくれるように、オニワバン本店の旦那様に連絡する。

 その結果、ある侯爵の名が浮上し、その執事とミザリーさんが男女の仲であることや、執事が毒を入手していたことなどが判明した。首謀者である侯爵と執事は死罪である。その家族は何も知らなかったので、国外追放ですんだ。王后様が隣国に手を回して、名前を変えて生きていけるように手配された。


 ミザリーさんは修道院に収監されることとなった。実行犯だけれど、盆を落としたことで情状酌量なのだろう。子爵家は不問だという。それを耳に挟まれたお嬢様が去り際に話をしたいと言い出された。もちろん、事の子細が知らされているわけではない。

 畏まってひざまずく彼女に向かって、


「どういう事情かは存じないのですけれど、貴女のために短冊をしたためてみました。私が前世で感銘を受けた言葉なの。意味は、『置かれた場所で咲きなさい』です。あるシスターの有名な言葉です。私も救われたわ。きっとあなたの力になってくれると思うの。お互い、長生きしましょうね」


「ありがとうございます」


 ミザリーさんは、そう答えるのがやっとだった。その場を辞す彼女は必死で涙をこらえていた。

 リシリー先輩が言う。


「ほんと、人たらしよね。その人のことを本気で見ているから、精神状態を読める‥‥。天然聖女だわ」


 私もそう思う。

投稿 2022-03-13


スピンオフとして次をアップしました。

23話 前王太子妃殿下のモブ・ストーリー


侍女語りとしてリシリー姉御のエピソードを追加しました。極刑に処せられたにしては間抜けな企てで、すいません。2023-05-08

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