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11 聖女様の子守歌

 王子は、“スカウト”の遥か以前から両陛下や宰相、侍従長に根回ししていたとのこと。手際の良さに呆れる。平民をめとった王族は極めて稀だけれど、皆無ではない。恋愛で結ばれるというストーリーが国民にウケるとアピールしたらしい。スペアの第2王子という点と、私が聖女を務めていることが決め手となったようだ。

 誠実なんだろうか。いや、腹黒だと思う。


 1か月後の4月に王宮で婚約式があった。神官長や我が両親も立ち会った。来年3月に聖女の任期を終えて、その1か月後に結婚式を挙げることが確認された。

 婚約式後、王后様に呼びとめられた。こっそりと耳打ちされたのは、


「調子に乗りやすいタイプだから、油断してはダメ。あっちの欲望にはとことん弱い。そういうところは父親ゆずり。(くちびる)も決して許さないように。図に乗る」


 どうも痛い経験をお持ちのようだった。

 いままでの所業は護衛から逐一報告されていて、王子の下半身は厳密に“警護”されていたという。そりゃあ、王族がめったやたらに子種を振り撒くのは国家として困るだろう。


 その後、王子は聖女の地方遠征に頻繁に同道するようになった。結婚後は王子妃単独の参加行事が多いと聞いたし、子どもができたら旅行はできない。というわけで、婚前旅行のつもりだろうか。

 “警護”は、二人の仲が公認となり少し緩くなったようだ。それにカコツケて、周りに人がいない状況では、やたらと触ってくる。欲情がエスカレートしないように何とか、かわすように努めた。

 それにもかかわらず、王子は少しずつ大胆になってくる。このままでは危ない。痛い目をみせて躾ける必要がある。前方から抱き着かれたときは、すかさずシャガんで鳩尾(みぞおち)に拳をぶち込んだ。(たしな)みとして護身術を習っていた甲斐があった。唇を狙われたときは頭突きで応戦した。一瞬、金的に(ひざ)けりをお見舞いしようとも思ったが、一歩間違えると国家的大問題だと断念した。背後から抱き着かれて乳房をつかまれたときは肘打ちをかました。

 こちらが手加減をすると考えているのか、めったやたらに絡んでくる。王子の護衛と私の侍女は見て見ぬふりをしている。王子は2人を空気だとみなしているようだ。


 領主館での宿泊はもちろん別々の部屋があてがわれる。聖女は侍女と同室となる。

 夜中になると、扉の前で「部屋に入れてくれ」と懇願するので、当然、拒否する。しばらく押し問答を繰り返していると、「ハア、ハア」と苦しそうに息をし出した。えっ! ドアノブに股間を押し付けてる? 自らの逸物(いちもつ)を慰めだした? 護衛が控えているのに? 私は咄嗟に王子の激情を鎮めるべく心に浮かんだフレーズを口ずさむ。


「眠れ良い子よ 庭や牧場(まきば)に‥‥」


 モーツァルトの子守歌だ。メロディーは確実に覚えている。歌詞はおぼつかないので、適当に作詞する。しばらくすると王子は静かになった。眠ったのか、護衛に引きずられて去ったようだ。

 あくる晩も忍んできた。また子守歌で撃退した。今度はシューベルトとした。その後も迫ってくるから、出まかせでいくつかを口ずさんだ。我ながらよく覚えているものだ。カラオケで歌った記憶はない。テレビやラジオから耳に馴染んだのだろうか。


 王都に帰還した折に、王后様から呼び出しがあった。王子を寝かしつけた子守唄が聴きたいとのことだった。護衛から報告が上がったのだろう。案内された部屋は小さくて、王后様と女官たち、加えて宮廷楽団長が揃った。楽団長は異世界の歌謡に興味があるという。


 最初に披露したのは、この国の人にも馴染むとおぼしき大作曲家の作品。まず切っ掛けとなった(俗にいう)モーツァルトの子守歌で、次がシューベルトの子守歌。さらにブラームスの子守歌と続けた。


「次の2曲は、ニホンという国に古くから伝わった民謡です。音階が独特な点にご注目ください。まずはその王都から各地に広まった江戸の子守歌です」


 ねんねんころりよ おこおろりよ

 ぼうやはよいこだ ねんねしな‥‥


「次は中国地方の子守歌です」


 ねんねこしゃっしゃりまーせ

 寝た子のかーわいさ

 起きて泣く子の ねんころろ つらにくさ

 ‥‥


『つらにくさ』のところで、王后様と女官がほほ笑んだ。意味が確実に伝わったようだ。


「最後は、竹田の子守歌です。子守歌という名前なんですけれど、実はこれ、赤ん坊を寝かしつける唄ではないのです。子守役の少女の嘆き。いうなれば労働歌なんです。そんな娘たちが長い間歌い継いできたんですね。奇跡的に採譜され、再構成ののちに公表されたときには大ブームとなりました。美しい旋律と心に響く歌詞をお伝えできるように、精一杯歌います」


 モーリも嫌がる盆から先いにゃー

 雪もちらつくし 子も泣くうしー

 ‥‥


 ということで、終わった。疲れた。カラオケでは感じない緊張感だった。やはり無伴奏のアカペラは辛い。王后陛下には喜んでもらえた。


 数日後、宮廷楽団長が訪ねてきた。王子の命令で楽譜に起こしているという。その中で、王子が「1曲、抜けている」と言い出したらしい。

 なんて鋭いんだ。寝ぼけつつもちゃんと聴いていたんだ。それは“マドンナ(聖母)たちのララバイ”だ。ララバイは子守歌の意。前世のカラオケで繰り返し歌った曲。節回しが大好きだった。でもね、この歌詞は狂っている。その意味は煎じ詰めると、あなたが背いたら私は死ぬ。そしてあなたの母になって、あなたを護る。命をかけて‥‥っていうんだよ。なんていうか、時空がゆがんでいる。アイドルだった歌手が再婚後に熱唱する姿は鬼気を帯びていた。子守歌では断じてない。恋愛歌、というよりも怨念だ、ストーカーだ。シラフで唄えるはずがない。

 それでも、是が非でもとせがまれたので、前奏部分を口ずさんでみた。そうしたら、昔取った杵柄(きねづか)。乗りに乗ってしまった。あちゃー、後の祭り。

 しばらくして、楽譜集が王子財団から発売となった。名前は「聖女様のララバイ ~遠い世界からの贈り物~」だって。巻末には例の怨念歌も掲載された。流行するだろうか。


◆◆侍女語り


 婚約式を終えて神殿に落ち着いた後、お嬢様が申された。


「ごめんなさいね。自分のことで手いっぱいで、貴女のことが疎かになったわ。環境が大きく変わってしまうのだけれど……」


「いえ、お気になさらずに。王宮やお店の旦那様と十分に相談しておりますので、御心配には及びません。ご婚約されたことで王宮から1名、派遣されてきます。仕来たりなどを教えてくださるとのことです」


 新たに加わる侍女リシリーは、王后付きのオニワバンの一人で、私を一人前にまで指導してくれた先輩だ。コードネームは「千尋谷(せんじんだに)落としの女獅子(めじし)」。もちろん護衛強化も目的だが、この人選は、お嬢様のみならず、私を含めて鍛えるということ。これから厳しい毎日が待っている。子どもの頃に飲み込んだ血反吐の味がよみがえってきた。


◆◆護衛語り


婚約式が済むと、王子は人が変わったようにデレデレになった。下工作で駆けずり回っていた頃の凛々しさは影を潜めて、終始、ニヤケている。聖女の地方遠征にくっ付いていっては、まとわりつく。実はオレも満更ではなかった。ローザと顔を合わせられるからだ。

 でも、そこに水を差す人物が“姉御(あねご)”だ。そう、王后から派遣された侍女のリシリー先輩を皆、そう呼んでいる。役割は、お嬢様の教育係が表向きで、護衛とローザの指導係も兼ねている。そして、何を血迷ったのか、このオレもその指導の対象と認定されてしまったのだ。ローザとの逢瀬を楽しむどころではない。立ち位置が10センチでも狂うと叱責されるから緊張のしっぱなしだ。身体に覚え込ませてしまえば、流れるように自然に行動できるのだけれど‥‥。

 一番興が乗って書いた巻です。当初のテキストでは子守歌と守子歌の違いとか、七面倒くさい理屈をこねていたのですけれど、友人の「そんなもの、誰が読みたいか!」の一言で削りました。子守歌には他に“ゆりかごの歌”や、“五木の子守歌”もありますね。歌詞が異世界語へどう翻訳されたかは問わないでください。所謂、“転生あるある”です。

 “聖母マドンナたちのララバイ”を知らないといわれました。1984年生まれの2人です。発売が1982年ですから、そういうことなんですね。この小説の読者数が伸びない理由を理解できました。

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