10 聖女様は王子様にスカウトされる
今年もそのときが来た。私の聖女としての任期が3年、4年と延長されて、来年は20歳になる。もう無理だ。オバさんだ。婚期を逸した“嫁かず後家”だ。実を言えば、結婚する気なんて無い。前世では仕事が面白くて雇用機会均等法のハシリとなり、“おひとり様の老後”を満喫した身の上だった。でも、神官長には権利を主張しなければならない。絶対に断る、と意を決して執務室の扉を開けたら、神官長の隣りにロバート王子が座っていた。神官長が口を開いた。妙にへりくだった物言いだった。
「すまないがもう1年やってくれないか。神殿と王宮のたっての願いだ。もう1年だけだ。それで終わり。もう2度と延長はしない。今度だけでいいから引き受けてもらえないだろうか。約束する、その後は無い。お願いだ」
この二人は確かにツルんでいる。各地の神殿の収入を王都の神殿に徐々に依存させて、神官の任命権を一手に握るという魂胆が透ける。聖女の役どころは、各地でバラバラだった礼拝や祈祷の様式を王都のそれに統一させ、収入源の足並みを揃えさせる先兵といったあたりだ。
私は居住まいを正して二人に向き合った。
「このままいくと、この国は周辺国と比べて1歩も2歩も進んだ国家になってしまいますよね。精神が統一され、暮らしも経済力も、さらには軍事力でさえ突出するでしょうね。この国のリーダーたちは本当に優秀ですからね。前に申し上げましたけど、前世で住んでいたニホンという国は暴走して突き進んだ結果、国民が塗炭の苦しみを味わった経験があるのです。私たちの国の未来の世代がそんなことにならないような仕組みを絶対に考えてくださいね。
続投の件は解かりました。謹んで務めさせていただきます」
二人は顔を見合わせた。しばらくすると神官長が、
「言われたことはそのとおりだ。分かっている。
ありがとう。これから1年、よろしく頼む。
この後は殿下からお話がある。私は失礼する」
と言い残して退出していった。王子はしばらく視線を逸らして考える仕草をしていた。10分ほども経ったろうか、おもむろにしゃべりだした。
「国の行く末の件は、なんども教えてもらっているから解っているつもりだ。だいじょうぶだ。任せてほしい。
それで、聖女を退いた後のことなのだが、新たな職にスカウトしたい。貴女の知恵や見識を存分に生かせる職場だ。給金は、望むだけ払う。もちろん、常識の範囲内で言ってもらえると助かる。残念ながら勤務時間は不特定で、休憩時間と休日は適宜、自分で判断してほしい。常時、護衛が付き、行動は聖女のときより制約が格段に増える。住み込みとなり、衣食住は保証する。ただし、君が好む清貧には程遠く、いたずらに華美で重厚だ。衣服の着脱や入浴といった些細なことまで周囲が取り仕切る。数多くの決まり事も煩わしいだろうが甘んじて受け入れてもらいたい。定年は無い。終身雇用でお願いしたい。
オプションとして言っておかなければならないのは、週に1度の、深夜肉体労働だ。ぶっちゃけると、オレと子作り作業に付き合ってほしい。実地経験が無いから技術は保証できない。でも努力する。もちろん、子どもができるか否かは女神さまの思し召しで、是非にということではない。ただ、その成果に我々2人の親権は主張できない。組織の帰属となる。
就任は聖女退任の1か月後で、それまでの1年間は準備期間となる。関係に齟齬が生じたら協議には必ず応じる。誠意を持って対処する。
どうか引き受けてもらえないだろうか」
なんじゃこれ! スカウトって? プロポーズじゃあないのか。不器用な奴だ。うぅーん、重いなあ。
「まるで奴隷ね」
と応えたら、王子はしばらく固まっていた。そしてポツリと、
「オレなんか、生まれてからずっと奴隷だ」
と吐き捨てた。
グッと来てしまった。涙が出てきた。ボタボタと音が聞こえるほどの量だった。王子が立ち上がって近づいてきた。こっちも席を立った。抱き締めてくれた。私も王子の背中に腕を回した。互いに黙っていた。心の中では、やり取りを文書にしておくべきかな、と考えていた。
◆
一人、部屋に戻り、王子のことを冷静に考える。しばらく前から、こうなることは薄々分かっていたはずだ。期待していなかったと言えばウソになる。でも、どうして受け入れてしまったのだろう。悔いは無い。一時的な感情だとは思いたくはない。
神殿の皆さんとの仕事は楽しいし、聖女の毎日は面白い。神官長にこき使われているという意識はない。なんというか、女神さまにお仕えする同志という気持ちだ。ただしこの頃は、以前のようなワクワク感が薄れてきているような気もする。その原因は“飽き”だろうか。もしくは、私の立場でできることが無くなってきたということだろうか。
ここで王子の下へ嫁いだらどうなる? 王子と私は、同志とはならない。私はサポートに徹することが求められ、おまけに子を産むことを期待される。それを夢見ている女性が存在することは解っている。でも私はどうなのか。かつては、世界を股にかけた商売をしたかった。それが、経験を積めなかったこともあって、一向に具体化してこない。貯め込んだお給金も問題だ。
王子の配偶者が私に務まるのかという危惧は全く無い。それは相手が見極めることだ。出来ると考えたからこそ今回の決断になったのだ。そう、ご両親の両陛下も了承されている。私はそれを信じることができる。
聖女となったのは私の意志とは無関係だった。そして、王子に求められて再び変わる。必要とされたら、それでヨシ。一所懸命に応える。そんな人生でいいのだ。疑問を持ったって、何にもならない。そこでしか生きていけないのだから。新天地で楽しもう。
◆◆護衛語り
ああ、とうとう、ここまできたか。長かったなあ。でも、まだまだだ。ゴールインはもう少し先になる。オレとローザなんか、会った日その日に繋がったものなあ。立場って面倒なものだ。
それにしても、王子の口上はいかがなものか。初デートのときもそうだったけれど、策を弄しすぎるというか、考え過ぎなんじゃないか。深夜労働のことまで言うか? 普通は、「結婚してください」で全て完結だよな。それに「愛してます」ぐらいは添えろよ。あっ、他人のことは言えないか。オレ、ローザにこの言葉を伝えたことがないよな。一度、ささやいてみようか。なんか、「キショク悪い!」って返ってきそうな気がする。
『雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律』というのが正式名称で、1985年の成立です。上野千鶴子氏の『おひとりさまの老後』は2007年刊のようです。





