01 聖女様にガラポンで大当たり(ガラポン抽選器)
おぉ、これはガラポンだ!
前世での記憶にある。
年末大売り出しの福引きに使われていた、あれだ。商店街でもらった券10枚を持って行ったら、抽選器のハンドルを10度、回して、白い球10個が出た。そしてポケットテッシュ10個をもらった。それだけ。
ここは異世界。とある王都の大聖堂。来年の聖女を選び出す抽選会場だ。
応募資格は16歳になった未婚の女子で、定員は1名。当たれば1年を聖女として過ごす。かつては数百人の応募があったという。そんな境遇に近年の子が耐えられるわけがないから不人気だ。ただ、聖女を経験するとハクが付いて嫁入りに有利という。器量が悪かったりして嫁ぎ遅れを危惧される娘の親御さんはワラにもすがる思いで頼る。いつも、そのような噂の貴族の令嬢に決まるから、なにか仕掛けがあるのだろう。そう、みんな分かっている。
私の名はアリシア。貴族ではなくて少し裕福な商家の長女だ。ちょっと変わっているのは、前世の記憶が時々頭の中に浮かんでくること。どうもニホンという国の庶民だったようだ。その都度、ポッと思い出す。大した利益も生まないし、害も無いから、周りの皆さんからは単に変わり者と見られているだけ。家族には愛されていると思う。
抽選会へ参加したわけは、数合わせ。親の店が大聖堂に衣装を納めていて、神官長から体裁を整えたいと頼まれたにすぎない。
両親と共に礼拝堂に入ると、イスが両側に寄せられていて、中央に大きな空間ができていた。周囲に散らばっているのが応募者と付き添いの家族なのだろう。祭壇の手前に大きな机が置かれ、神官たちが準備に余念がない。その机の上に鎮座している八角形の物体は一目でわかった。そう、ガラポン抽選機だ。
しばらくして神官から「応募者は集まってください」と声がかかった。少女の数はたった10人。私が呼ばれた理由もうなずける。横に5人、縦に2人に並んで女神像へ礼拝する。その後、1人ずつ順番に前へ進んで、ガラポンのハンドルを回す。この人数にこの機械は大げさだ。数百人規模のころは確かに活躍したに違いない。
次々と白い球が出る。白い球は前世でもお馴染みで懐かしい。
ついに私の番がきて、おっと、足がモツれた。手をガラポンの躯体に突いてしまった。コトっと音がしたような気がした。うっ! 嫌な予感? ハンドルをグルッと回す。
と、小さな玉が、ポトリと、出た。むむっ! 赤い!
「えええぇっ! ‥‥‥‥」
辺りは静寂に包まれ、時が止まる。
何秒か後、立ち合っていた神官長が周囲を見渡してオモムロにウナズく。途端に担当者がハンドベルを振って、ガランガランという大きな音が鳴り響いた。
「聖女様の誕生です。次期聖女様が決定しました!」
あまりのことに口をポカーンと空けて固まった。背後にいた上等な身なりの女の子が睨んでいた。たぶん、彼女の予定だったのだろう。その後のことは何も覚えていない。
私が転生したこの異世界には魔法が無い。前世で読み込んでいたライトノベルズでは、魔物や瘴気を絶つために聖女が召喚されて、結界を張ったり治癒力を縦横に振るうのが一般的だ。でもここは違う。魔物が存在しない代わりに、神聖力、すなわち魔力も無いのだ。
では、この国の“聖女”は何かといえば、天地創造神話に登場するだけだ。はじまりの女神さまが地上に御遣いになったのが聖女と言い伝えられている。いわゆる伝説っていうやつ。
そこで、王都の大聖堂では未婚女性一人を聖女に選定して、様々な行事に出演させる。年始祭や収穫祭の祈祷。孤児院や養老院への慰問、地方への巡業などなど。もちろん実際の効能や効果は無く、単なるパフォーマンスだ。民衆も承知しているのだけれど、人気がある。妙齢の女性がそれらしい衣装で聖なる力を振り撒く仕草をしてくれれば、誰も彼もがありがたがる。ウケがいい。神殿にとっては存在意義の一つでもあるし、王宮にしたら不満分子を出さないためのガス抜きの一環でもあるのだろう。
というわけで、聖女選定は何百年も延々と繰り返されている。当初は王族の女性が務めたという。それが人員確保の都合とか、さまざまな経緯があって今の仕組みに落ち着いたらしい。任期が1年なら、年頃の娘でも不満は少ないだろうということのようだ。
前世の知識は元来、その世界を揺るがしかねない国家機密ですけれど、ここはホレ、軽くご都合主義とお考え下さい。転生、転移、逆行や魔法は、突き詰めたら、なにがしかの矛盾があります。
ガラポン、あるいはガラガラともよばれる機械は、“新井式回転抽選器”が正式名称のようです。1920年代後半の東京で開発されたとありますから、この国には聖女様の前にも転生者が存在したことになりますね。この事実を最初に気が付いていたら、話を少し違った展開にできたかもしれません。残念。