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永遠の冬  作者: 朱鷺田祐介
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【7】峠

運命の劇場へようこそ

北原のグリスン谷に住む少年ウィリスは、冬の神「冬翼様」と出会い、新たな道を歩みだす。


拙作ダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界観を元に描き出した幻想物語

 正しい理由とはいくらでもある。

 名目とはそういうものだ。

 そのとき、そこにいた。

 最終的にはそういうこと。

 そこにいる意志があるかどうかさえ関係はない。


 10歳の秋。

 秋の初め、ウィリスは修行の旅に出た。

 まずは、冬翼様の儀礼を学ぶため、ゼルダ婆とともに、ミネアス様の荘園にある冬翼様の大社へ向かった。

 グリスン谷からミネアス様の荘園、砂の川原という村へ向かうには、峠を越え、三日ほど歩く。まず、峠まで一日、峠から山を下って二日。ゼルダ婆は、薬草と土産代わりの干し魚をウィリスに背負わせて出発した。

 出掛けに、メイアが見送りにきた。

 豊饒様の祭り以来、メイアとウィリスは許婚いいなづけになった。

 メイアの父も、ゼルダ婆の後を継ぐ、冬翼様のお迎え役ならば、娘の相手に十分と思ったか、ウィリスの父と勝手に祝い酒を交わした。ウィリスが一人前になったら、という話だった。

「気をつけてね」

 ウィリス同様、谷を出たことのないメイアは心配そうにいった。

「大丈夫さ。砂の川原で半月修行するだけだ。

 冬の前には戻る」

 ウィリスは答えた。

 お迎え役としては、秋の終わり、冬翼様がおいでになる前に戻らねばならぬ。

 冬翼様が来られたとき、お迎え役が不在である訳にはいかなかった。

「これは、お守りだから」

 メイアは剣王草の葉を編んだ首飾りを差し出した。剣王草は傷直しとしても優れた薬草だ。お守りにすれば、健康で健やかな日々が送れるという。

「ありがとう、メイア」

 ウィリスは少女を抱きしめた。


 グリスン谷から峠への道は九十九折れ。

 急な山腹を半日がかりで上がる。

「一休みじゃ」

 婆に言われて、九十九折れの曲がり角に腰を下ろすと、ずいぶん下にグリスン谷が見えた。細い谷川の周囲に広がる小さな谷。それはとてもとても小さく、狭いものに見えた。両側から迫る山の間に、小麦や野菜の畑が広がり、村の北にある斜面も果樹園というには狭い林檎畑、あちこちに残る草地に驢馬や羊が草を食む。

「小さなものじゃろ」

 ゼルダ婆がいう。

「グリスン谷は小さな村じゃよ」

「砂の川原は大きいの?」

「グリスン谷よりもずっと大きいわ。あそこには鉄が出る。砂鉄掘りの流刑衆だけでも二百人はおる」

 ウィリスは目を回した。

 谷の全員を集めても百人足らずだ。

「それでは村の者の名前を覚えられません」

「誰もすべての者の名前など覚えはせぬ。

 砂の川原には、その2倍も3倍も村人がおる。砂鉄を求めてくる商人が毎日のようにやってくるのだ」

「商人が毎日来るのか?」

 ウィリスは驚いた。

 グリスン谷には商人など滅多に来ない。初夏のあたりと、秋の収穫祭の時にやってくればよいほうで、ここ1、2年は秋しか来ない。旅人などが来る村でもない。年貢とて、毎年、村長一家が馬車で運んでいく始末。ミネアス様はバッスル侯爵から任ぜられたこのあたりのお代官だが、砂の川原だけで手一杯、グリスン谷に来られたのは遥か昔のことである。

「砂の川原など、小さな鉱山街よ」

 ゼルダ婆があざ笑うように言った。

「いずれお前には、バッスルにも行ってもらわねばならぬ。

 侯爵さまの都はもっともっと大きい街だ」


 半日、九十九折れをのぼり、やっと街道に出た。

 妖精街道、と呼ばれている。

「東はバッスル、西は大草原に至るそうな」

 遥か昔、妖精騎士が開いた道であるという。旅人を守る守護の魔法は消えて久しいが、ところどころに置かれた魔法の礎石の中には今も守護の力を残すものもあるという。

「今宵は峠の馬車宿に止めてもらおう」

 ゼルダ婆が言った。

 ウィリスが見る限り、街道には全く人気がなかったが、今も、月に一度は、駅馬車が通るし、馬車宿はいざというときに街道を駆け抜ける伝書使のために、馬を養い、飲食を用意するように命じられている。

 その馬車宿に達するにも、峠に向かって坂道を上らねばならぬ。先ほどまでの九十九折れに比べれば、馬車の走る街道はずいぶん緩やかな道であるが、まだまだ坂は長かった。


 それはまるで地面が揺れたような気分だった。

 気味の悪い寒気がした。

 冬翼様のもたらす心地よい寒さではない。

 吐き気を催すほどの悪寒。


 峠から下ってくる坂道を二人の人物が降りてくるのが見えた。

 片方はボロボロのローブをまとった男だった。

 顔は傷だらけで、暗い目の奥には何かぎらぎらしたものをたたえていた。胸元には蛇の鱗のようにも見える紋章をつけている。ゼルダ婆に教えてもらったことがある。あれは原蛇の星座の印。原蛇は渾沌の星座、魔族たちの信仰する原初の蛇に仕える者の印。

 もうひとりはこのような山奥には不似合いな少女だった。

 グリスン谷では結婚式の晴れ着でしか見たことのない、レースを多用したゆったりしたドレスをまとっている。年齢はウィリスより少し上、12か13ぐらい。人形のように綺麗な少女。

 でも、ウィリスは何か気味悪いものを感じた。吐き気がする。鳥肌が立つ。あれは……、あれは……。

 足に力が入らなくなった。

「最悪だ」

 ゼルダ婆が唸り、倒れそうなウィリスの体を受け止めた。

「ウィリス、奴らを見るな。穢れる」


 それは人の形をした邪悪。

 破滅の使者。


「ほほぅ、まだ生きておったか、ゼルダ」

 傷だらけの顔をした男が、ウィリスを抱きしめた婆を見下ろして言った。

「お前こそ、まだ災厄を撒き散らしておるのか?」

 ゼルダ婆が憎しみを込めて叫び返す。

「これも師匠の命ゆえ」

 男は笑いながら、答える。その視線は婆の腕の中にいたウィリスを刺すように流れた。

 婆は少年をぎゅっと抱きしめる。

「可愛い子ね」

 少女が妙に艶のある声で言った。

 触れようとするその白く細い指は、きらめく銀の鱗と毒牙を持った鎖蛇のように、ウィリスに向かって伸びてきた。

「さわるな、穢れる!」

 少女の差し出した手を、婆がはね除けた。

 ウィリスは、冷や汗をかいたまま、身動きさえ出来ぬまま、奇怪な少女を見る。その周囲には気味の悪い銀の鏡がきらきらと舞っているようだった。

「まあ、ゼルダ。姉様にそれはないでしょ?

 あなたの顔が見たくて、わざわざ歩いてあげたのに」

 ゼルダは硬直した。

「やはり、あなたは姉様なのか?

 その姿は、まさか、いや……やはり……」

 少女は老婆を見下ろすように、すっと胸を張った。

「お山を離れたあなたには分からないこと。

 でも、あなた、いい弟子ね。

 この子には、才能も素質もあるわ」

「まさか、学院が……」

 ゼルダが慌てた。

 そこですっと最初の男が少女をさえぎった。

「過剰な接触は余分だ。道を歪める」

「はあ、あんたの顔見ただけで、この子の人生、ずいぶん歪んでいるわ!」

 少女の抗議を無視して、男は婆に振り返った。

「安心しろ。今回は顔を見に来ただけ。学院はまだ気づいておらぬ。

 それに、俺たちの本当の用事は遥か西にある」

 穏やかな言葉だったが、それは逆に、ゼルダ婆を激昂させた。

「まさか、お前?!」

「ああ」

 一言だけ答えて、男は婆に背を向けた。

「達者でな」


「誰?」

 二人が西に立ち去って、やっとウィリスは悪寒から解放され、口を開いた。

「魔性に魂を売った者だ。

 ウィリス、お前はあれに決して近づいてはならぬ」

 婆は吐き捨てるように言うと、そのまま口を閉ざした。


 出会わねばよい者もいる。

 しかし、運命の歯車は容赦なく、おぞましき者どもを呼び寄せる。

 ウィリスにとって、最悪の存在が姿を現した。



ウィリスは最初の修行の旅に出ます。

登場した二人組は、「深淵」の世界でも最悪のコンビではありますが・・・


朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、64話で完結したものを転載いたします。

http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/

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