【37】高き砦へ
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北原のグリスン谷に住む少年ウィリスは、冬の神「冬翼様」と出会い、新たな道を歩みだす。
拙作ダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界観を元に描き出した幻想物語。
時が急いでいる。
何かが少年の背をせきたてる。
速く、速く。
風の中に叫ぶのは滅び去りし騎士。
ああ、もはや……。
ウィリス11歳の夏。
少年はさらなる旅立ちを強いられた。
荒れ果てた平原の中を動く騎馬の一行があった。
バッスル侯国の北の果て、アヴァター山麓の凍てついた雪原に続く凍土地帯。穀物の恵みなど、全く無縁なこの平原には、人の気配はほとんどない。
ここに住むのは、雪狼とトナカイ、後はわずかな狩猟民だけだ。
北の果て、アヴァター山のさらに北には、アプト人という、四本の腕を持つ氷原の民が生きるとも言われるが、それが本当かどうか確かめた人の子はおそらくいない。おそらくは氷雪の魔物に他なるまい。
あるいは、もはや伝説の中に消えつつある、風の妖精騎士ヴァイケルファン・ハウヌス、上代語で「天空に轟き渡る風」と呼ばれた者たちが支配する地かも知れない。
「おそらく、滅びたがね」と、魔道師ディルスがウィリスの耳元にささやく。
「変なことを吹き込むんじゃない」とゼルダ婆が魔道師に向かって言う。
「あなたが説明なさらないからです」と魔道師は答える。
確かに、アヴァター山と妖精騎士に関する説明をウィリスにしたのは、大半が、この魔道師である。
「侯王閣下や姫巫女様のご指示がなければ、お前など連れて行かぬものを」
「まあ、そう言われずとも」と婆をなだめるのは、真紅の鎧をまとうマリュアッドの騎士、グレン卿である。6名の兵とともに、ウィリスの護衛についている。
本当ならば、騎士団丸ごとついてきそうな様子をこれで済ませたのは、グレン卿が強く止めた結果である。同様に、神殿からの同伴者を断るのも大変であった。
結局、若い巫女のうち、アシャンとユーリア、神官見習いのラゼがついてきた。
「この凍土やアヴァターの雪原で、《お迎え役》のウィリスを傷つけられる者などそれほどはおらぬ」
バッスル侯国の守護神《冬の統領ル・ウール》こと《冬の騎士ルーヴィディア・ウル》。
《冬翼》様の娘にして、《雪狼の姫ネージャ》。
寒冷の地を統べるこの2柱の神から加護を受けるウィリスは、おそらく、この一行の中でもっとも強大な力を持っているかもしれない。
「ですから、我らのことは気になさらないで下さい」とアシャンが言う。「我らはウィリス様について、高き砦を一目見ようという巡礼者に過ぎませぬ。もっとも大事なことは、ウィリス様が『始まりの場所』への巡礼を果たされること」
アシャンら、冬の巫女たちは最後には必ずそう言う。
「始まりの場所」と。
アヴァターで何が始まったのか?
「それは君が自分で確認することだ」とディルスが言う。「私もまた、巡礼者に過ぎない。
まあ、魔道師学院にとってはあの場所は、封印の山だ。あそこは世界で何番目かに危険な場所だ」
一番危険な場所については教える気はないようだった。
★本作は、朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、64話で完結したものを転載しているものです。
http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/




