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永遠の冬  作者: 朱鷺田祐介
29/64

【29】準備

運命の劇場へようこそ

北原のグリスン谷に住む少年ウィリスは、冬の神「冬翼様」と出会い、新たな道を歩みだす。


拙作ダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界観を元に描き出した幻想物語。

 他人という鏡は己の性根を映す。

 微笑めば、美しく、憎めば、おぞましく。


 ウィリス11歳の夏。

 グレイドルまでの辻馬車の中で、一人の青年に出会う。

 その名前はラゼ。ダナの丘からやってきて、ウィリスと同じ《冬の祠》で修行する予定の青年だ。


「さ、才能ですか?」

 黒猫に名指しされたラゼは緊張を隠せないまま、言った。

「い、いえ、すでに《冬翼様》に見出されたウィリス様の前でそんな」

 すでに、ウィリスの噂は、冬の祠の司祭たちには広がっているようだ。どうしようもない。

「どうやら、騎士団長殿はずいぶん親切なお方のようだ」と婆が言った。「同じ辻馬車に《冬の祠》の先達がいるとは僥倖。この機会にぜひ、神殿のしきたり、言葉使いなどについて教えを乞えばよい、ウィリス」

 婆はゆったりと微笑んだ。


 戸惑うウィリスに向かって、魔道師がささやく。

「世の中に偶然など、ありはしないのですよ」


 ウィリスにもやっと分かった。

 この辻馬車そのものもまた、誰かの仕掛けなのだ。誰かがウィリスにさまざまなことを教え込もうとして、この人々を同じ辻馬車に乗せた。


 誰が?


 ウィリスに思いつくのは、ディルスとバスカレイドを派遣した魔道師学院か、あるいは、騎士団長ぐらいしかない。おそらく学院。仮面の魔道師バスカレイドはその仕掛けを用意するためにヴェイルゲンに現れ、ディルスに同伴を命じたのだろう。

 ウィリスは不安になったが、婆は微笑んでいる。婆の顔には「もらえるものはもらっておけ」と言わんばかりの微笑が浮かんでいる。


(恐れるのは弱いからだ)


 雪狼の声がかすかにささやく。

 冬の獣たちの考え方は単純だ。戦い、喰らい、殺す。その前提で他の存在を見る。今、戦う敵かどうか? 今、殺して喰らうべき餌かどうか? 


 ウィリスは信じることにした。

 ラゼもディルスもポンティ夫妻も二人の役人も、嘘を伝えに来たのではない。《獣の王》が、侯王の都に入る前に学ぶべき機会を与えにきたのだ。

 これも修行であり、婆はそのためにグレイドルへとウィリスを連れていくのだ。


 辻馬車の中は旅の間中、再び修行場となった。

 ラゼには、《冬の祠》のしきたりを習った。《冬翼様》は、《冬の統領ル・ウール》にとって、大叔父のような存在である。敬意を持って受け入れられている。グレイドルに直接、加護を与えている《ル・ウール》の神殿は、巫女姫によって運営されている。これを冬の巫女という。

 冬の巫女の中でも、もっとも格の高い者は、司祭長ではなく、冬の統領の荒々しい心を慰める《冬の花嫁》である。冬の巫女は、神の花嫁となるのだ。


(荒々しい心)

 ウィリスは、グリスン谷に残る神楽の一節を思い出す。

 谷ではもはや舞われぬものではあるが、その中において、ル・ウールは、冬の騎士ルーヴィディア・ウルと呼ばれる。冬の吹雪を連れて、冬の猟犬たちの先頭に立つウルは、怒りに狂って戦い続け、やがては、雪の大弓を仲間にも向けてしまう。冬の巫女姫は、それを留めようとし、矢をその胸に受けてしまう。

 愛する巫女姫の死に号泣するウルは、冬の猟犬を指揮する犬笛と、雪の大弓を冬の祠に納め、山の神になったのである。


「それを神殿で口にしてはなりませぬ」とラゼが言った。

「どうして?」

「それは異伝でございます」とラゼ。「《冬の祠》においては、ル・ウール様としか呼ばれませぬ。また、冬の巫女姫は死にませぬ。ル・ウール様は姫巫女への愛に目覚められ、怒りを納められたのでございます。

 違う伝承は、愚かな者たちを混乱させ、怒りを招きましょう」


 ウィリスは思い出した。昨年の秋、砂の川原で修行した時、若き司祭見習いが、《冬翼様》をけなし、見境のない暴力を振るった。殺されそうになった。

 生きるため、ウィリスは雪狼の声に目覚めた。

 

「ルーヴィディア・ウル」とディルスが繰り返した。「その名前は人の子そのものより古いぞ」

「手に入れた経典が古臭いだけじゃよ」

と、婆は呟く。

 グリスン谷は、それほど古い村ではない。何世代か前に、開拓民が開いた辺境の村に過ぎない。


 ラゼとしきたりの話をした後は、ポンティから薬草を見せてもらった。

 グリスン谷の近くでは入手できない南方の薬草、あるいは、谷で怪我を治すだけでは決して使うことのない毒草の類もあった。

「ウィリス殿もお聞きでありましょう。かのおぞましき毒使いの暗殺者、ギュラニン党のことは」

 北原には、恐ろしい暗殺者がいる。ギュラニン党と呼ばれるその殺し屋たちは、甘い匂いのする猛毒を使い、人を殺すのだという。

「これが甘き《トートの毒》でございます」

 波理の瓶を取り出し、その栓を開けた途端、甘ったるい濃厚な香りが香った。

「刃物に塗り、傷から入れば、激痛で死に至ります。

 粉末にして吹き付ければ、それを吸った者は息が詰まり、絶息するでしょう」


 その甘い香りは死の印であった。

 死の女神と毒の魔神を信仰するギュラニン党は、その信仰にかけて、トートの毒で殺すことを己に課しているという。何年か前、グレイドルの公子が、この毒で殺されたという。

「ゆえに、この毒について、グレイドルで語ることは避けるべきでしょう」

 ポンティは言った。


 フェリクスとケイディは、侯王とその家族の話をした。

 バッスル侯王ラウルには二人の公子がいた。長男のキーファンは武勇に優れ、未来の侯王として期待されていたが、毒殺されてしまった。次男のレイダム公子が後継者と定められたが、これは病弱である。ラルハース継承戦争では戦いにも出たが、やはり体が弱く、今も国を率いるのは老侯王であるという。

 そして、二人の役人は地図を広げた。

「これがヴィダルケン。もう一つ峠を越えれば、マリュアッド。

 そこから1日で、王都グレイドルです。

 我らはグレイドルで侯王様にご報告した後、北へ向かいます。

 アヴァターへ」


 北の果て、雪原の中に聳えるのは万年雪に覆われた高山である。

 そこは風の妖精騎士の城塞であることから、「高き砦」と呼ばれている。

 ウィリスはどこか遠くで雪狼が吠える声を聞いた。



★本作は、朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、64話で完結したものを転載しているものです。

http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/

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