キャン・ノット・オペレーション―コロナとテロと父親の死―
玄関の呼び鈴が鳴る。分かってはいたけど、本当に来たみたいだ。なかなか家に上がってこないのは、多分ママがゴネてるんだろう。あんなことがあったんじゃ、無理もないけど。
「サリー、降りてらっしゃい。刑事さんが来たわよ」
「すぐ行く」
マスクを着けてから1階へ降りる。客間には2人の男がいた。2人ともマスクを着けていて表情が分からない。
「お怪我はまだ良くならないのですね。痛ましい……」
マスクを着けていて分かりづらいが、少し老けている方の男が話しかけてくる。多分わたしの顔にできたアザを見て言っているのだろう。このアザはマスクをしていても隠せない位置にできてしまった。その上鼻が折れて、まだ完治していない。この刑事とは面識がある。確かガルシアとかいう名前だったはずだ。だがもう1人の方は初めて見る。
「私とは面識がありますが、彼とは初対面のはずでしたね」
「テリー・アンダーソンです。よろしく……おっと失礼」
後輩の刑事が差し出そうとした手を引っ込め、かわりに頭を軽く下げる。
「それでは早速事情聴取に移りたいと思います」
「ええ。ではお掛けください」
ママに促されて、刑事2人はテーブルに着く。それに続いてわたしとママもテーブルに着く。
「今日はフェイスシールドを用意してきました。よろしかったらぜひマスクの代わりにこちらを着けていただきたいのですが……」
「嫌です……」
わたしが即答すると、先輩の刑事はバツが悪そうに取り出しかけていたフェイスシールドをしまう。ママは耳を怪我していてマスクが着けられないから、元々フェイスシールドを着けている。
「いいんですか?」
「まあこれぐらいはいいだろう。それではお嬢さん、あの事件があった3月20日に何があったか、なぜあなたが父親を撃ったのか、もう一度あなたの口から聞かせていただけますか?」
先輩刑事からの単刀直入な質問に、わたしは黙ってうつむいてしまう。そのことを聞きにくると分かっていたはずなのに、なかなか言葉が出ない。この場にいる他の3人は皆わたしが何か言うのを待っている。あの時はああするしかなかった――ほんとに?とにかくわたしはあの日のことを思い出さないわけにはいかなかった。
時計は10時を示していた。起きなきゃ……起きたくない。どうせ学校は休みだし、起きたってあいつがいる。こんな時間に起きたらもう説教確定だ。でも起きなきゃ起きないで説教がもっとウザくなるし、SNSのチェックもしなきゃ。それに今は仕事中のはずだから書斎にいるだろう。とりあえず着替えて洗面所に向かう。
鏡を見ると、髪の根元が金髪に戻りつつあった。サイアク……黒と金だから余計に目立つし。それに縮毛かけたのに戻ってきてる。ヘアサロンは閉まってるから、自分で直すしかない。でも前に自分でやって失敗したんだよなぁ。後で考えとこう。顔を洗って、カラコンを付ける。出かける予定はないけど、自撮りとかアップするかもしれないし。
洗面所でやることを済まして、ダイニングに行く。遅くなったけど朝食を……
「遅いじゃないか。せめて学校の始業時間には起きろと言っているだろう。夜更かしでもしてたのか?」
うわっ。何であいついるんだ、仕事中じゃなかったのか。
「何でいるの、仕事は?」
「もうとっくに始めてる、コーヒーを淹れに来たんだ。そんなことより、学校が休みだからってこんなに寝坊したらダメじゃないか」
「何度も何度も同じことをクドクドと……」
思わず舌打ちが漏れてしまう。
「何度言っても改善しないから何度も言ってるんだ」
こいつのこういうところが本当に嫌いだ。
「それにそのジーンズ、ぼろぼろじゃないか。みずぼらしいから新しいのにしなさい」
「ダメージジーンズも知らねえのかよ、これが正しいんだっての」
「そういうのは流行にかぶれた男がするものだろう。我が家の娘がするような恰好じゃない」
……民主党支持者のくせに。もういい、部屋に戻ろう。
「おい、朝ご飯は食べたのか?少しぐらい食べなきゃ身体に良くないぞ」
「うっさい!後で食べる!」
「親に向かってうるさいとはなんだ!待ちなさい!まったく……」
ああ、本当にイライラする。なんであんな奴がオレの親父なんだ。口利くのも顔合わせるのも嫌だ。なのにコロナのせいで前よりずっと顔合わせることになったし。とにかく気分転換だ。朝食の後にするつもりだったけど、メイクしよう。今は自撮りって気分じゃないけど、今日いずれするかもしれない。
機嫌が悪いわりに、今日のメイクはうまくいった。特に目元なんかロッカーみたいに真っ黒だ。メイクがうまくいくとやっぱり気分がいい。ギターでも弾いちゃおうか……下手くそだからやめよう。買ったはいいけど全然うまくいかない。280ドルも払ったのにもったいないとは思ってるけど、面倒くさくて練習する気にならない。それよりSNSだ。今日はまだ何もチェックできてない。FacebookもTwitterもインスタもTikTokも全部チェックしようとするとけっこう時間がかかるし、早くやろう。
「サリー、お昼ご飯。パスタ茹でたから温かいうちに食べよう。朝何も食べてないからお腹空いてるでしょ」
SNSを見てたらいつの間にか昼になっていた。そう言われるとお腹が空いてきた。でもあいつがいるんだろうし、行きたくない。
「ちょっと待ってて、すぐ行く」
それでもやっぱりお腹は空いたし、ママまですねたらもっと面倒だ。気は乗らないけど行こう。
リビングに降りたらやっぱりあいつはいた。仏頂面でパスタを食べているのを見ると、見ているこっちまでイライラしてくる。あいつはろくな会話もできないくせに、どういうわけか食事の時間を合わせてくる。そのせいで食事の時ママがいなかったら本当に地獄みたいな空気になる。正直、いてもキツい。
「サリー、勉強はちゃんとできてるのか?リモート授業はまだ始まらないのか?」
こいつの話はいつもこうだ。説教じゃなければ勉強の話にしかならない。それで勉強の話からまた説教に移るのも珍しくない。シカトしても当然怒る。ああ、本当にどうしようもない。
「……まだ」
「そうか」
仕方ないから一言だけ答えてやることにした。あいつの返事も一言しか返ってこない。ったく、できもしないくせいに一家団欒なんてしようとするなよ。一緒にいたくないし、さっさと食べちゃおう。
「おい、食べ方が汚いぞ」
「あんまり早く食べると、喉に詰まるよ。ほら」
あいつが文句を言い出すと、ママが賛同するかのように水を差し出してきた。水だけ取って、返事はしないことにする……一応、なるべくきれいな食べ方をするようにはした。あいつの方をチラ見すると、しかめっ面がさらに険しくなってきている。また文句を言われないうちにさっさと食べちゃおう。
「ごちそうさま」
食べ終わったからさっさと部屋に戻りたいけど、自分の食器を洗ってからにする。放っておいたら絶対にあいつから文句を言われるし、ママの手間が増える。こんな気遣ってばかりの生活はやっぱり嫌だ。外に行きたい。
「在宅勤務はどう?もう慣れた?」
「まあな。本当は出勤したいが、テレワークもできないようじゃマイクロソフト社員の名折れだ」
あいつも本当は家にいるのが嫌なんだろうか。まあオレみたいな娘がいる家にはいたくないのかもしれない。こっちだってあんな奴願い下げだけど。ともかく皿洗いも終わったし、さっさと自分の部屋に戻ろう。まだTwitterのチェックが終わってない。
まったく、Twitterは更新が多くて一通りチェックするだけでも大変だ。
「ウチのクソ親父がずっと家にいてもうウンザリ!コロナなんて早くなくなれよ!」
ついでにオレも一回投稿しておいた。それからスマホのバッテリーをちらっと見ると、いつの間にかバッテリー残量が5%まで減っていた。昼食の前には30%あったはずなのに、最近本当に減りが早い。このままゲームでもしようと思ったけど、これじゃちょっと無理だ。充電用のケーブルをスマホに繋ごうとしたその時、ドアチャイムの音が鳴った。こんな時に来客?誰だろう。
「きゃあっ」
チャイムから少し後に、ママの悲鳴が聞こえた。その上ドカドカとやかましい足音が聞こえてくる。何かヤバい。そんな直感に従って、クローゼットの奥から屋根裏に隠れる。梯子も何もないから登りづらいけど、その分ここの存在は気付きにくいはず。しばらく隠れていると、オレの部屋から足音が聞こえてきた。あいつ……なわけないよな。さすがにノックもしないで部屋に入ってくることはないはず。足音はどんどん近づいてきて、とうとうクローゼットを開く音まで聞こえてきた。遠くの方からはあいつとママの悲鳴が時々聞こえてくる。それに部屋からは足音以上にうるさい音がドカドカ響いてくる。うるさい音が止んだら、足音が遠ざかっていくように聞こえた。どうしよう。何が起こってるの?とりあえず警察に電話だ。スマホは持ってる。スリープを解除……いやちょっと待て。あの足音、部屋から出て行ったにしては歩数も少ないし音も大きいような?そんなことを考えていると、再び遠ざかる足音が聞こえてきた。やっぱり部屋の入り口でしばらく待ち伏せしていたのか。今なら多分電話をかけても大丈夫だろう。そう思って画面を見ると、シャットダウンの表示が出ている。ウソ!?そんな。このタイミングで電池が切れたのか。どうしよう……危険だけど、とりあえず部屋に戻ろう。なるべく音を立てないように、屋根裏から降りる。
クローゼットから外の様子を窺い、それから部屋に戻る。とりあえず部屋には誰もいないようだ。机にMacBookがあるからそれで外部に連絡できる……何これ!壊れてる!何かを叩きつけたみたいに画面部分が割れている。これじゃ使い物にならない。こんなことになってるということは、やっぱり不審者が家にいるのは間違いないみたいだ。それじゃあスマホの充電をすれば……ダメだ、充電器が無くなってる。これじゃどうしようもない。部屋を出るしか無さそうだ。来た時には閉まっていたはずのドアが開けっ放しになっている。部屋の中から見る限り、外にはとりあえず誰もいないようだ。思い切って、しかし足音を立てないよう静かに部屋を出ることにする。いや待て。この靴、脱いだ方が足音がしないんじゃないか。靴を脱いでベッドの下に隠し、それから外に出る。
部屋を出て向かったのは、ママとあいつの寝室だ。この部屋にはあいつが持っている銃がある。実際に使ったことはないけど、時々忍び込んで持ち出したことがあるから知っている。さすがにバレないように帰ってくる前に毎回戻してたけど。今までは使わなかったけど、今回は本当に使うかもしれない。緊張しながら部屋に入った。
この部屋も少し荒らされているようだった。通信機器の類があった記憶はないけど、床にはスマートスピーカーっぽい物が落ちている。最近買ったのか、あったけど気付かなかったのか。まあそんなことはどうでもいい。鍵付きの引き出しから銃を取らねば。当然鍵がかかっているけど、鍵の隠し場所は知っている。タンスの上にある写真立てを分解すると、家族の集合写真と小さな鍵が出てくる。写真にはオレ、ママ、あいつの他にお姉ちゃんとおじいちゃんとおばあちゃんの6人が写っている。鍵を取って、写真は裏返しにしてその場に置く。写真立てを直す暇は無いだろう。引き出しの鍵を開けて中を見ると、中には前に見た時と同じように拳銃が入っていた。リボルバーのM360。何となく気になったから以前調べた。弾丸も同じ棚に入っている。弾丸は入っていなかったので、自分で5発の弾丸を装填する。この状態で使えるか確認したいけど、ちゃんと動いたら銃声がしてしまう。予備の弾丸は持って行こうか?5発は心許ないけど、リロードする暇は多分ない。この5発が勝負だ。大丈夫、射撃場で拳銃を撃った経験はある。そう自分に言い聞かせ、思い切って部屋を出る。
とはいえ階段は見通しが悪い。降りて行ったらそのまま鉢合わせなんてこともあるかもしれない。一度自分の部屋に戻って、窓から外を確認する。じっくり確認しても、人影は見当たらない。よし、これなら。銃をベルトに差し込んで窓から身を乗り出して、窓の縁にぶら下がる。そこで姿勢が安定してから手を放す。窓の下にはガレージの屋根があるから、ちゃんと足の裏から着地すれば怪我はしない。それより音が気になる。あまり大きな音は出なかったと思うけど、ニンジャじゃないし無音というわけにはいかない。足音を立てないようにガレージの上を歩き、周囲を確認しつつ地面まで降りる。
地面まで降りたら、すぐに家の壁に張り付く。これなら窓から身を乗り出して覗き込まない限り姿を見られることはない。ママや敵はどこにいるんだろうか?周囲を警戒しつつ壁伝いに歩く。この時、窓から姿が見られないように窓より姿勢を低くするよう心掛ける。少し歩いていると、あいつの書斎から声が聞こえてきた。ママの悲鳴とあいつのうめき声、それと他の誰かの声がぼそぼそと聞こえてくる。ここからじゃよく聞こえない、危険そうだけどもう少し近づいてみる。書斎の窓にはブラインドが下ろされている。そのすぐ近くに腰掛けて、中の話を注意深く聞く。
「……な奴だな」
「黙れ。そんなことできるものか」
「何を言っている?簡単じゃないか。このファイルをアップロードするだけだ。お前にはその権限があるだろう」
「そういう意味じゃない、どれだけの被害が出ると思ってるんだ……うわああああ!!」
「静かにしろ!ふん、その莫大な被害を出すためにわざわざお前のところに来たんだ。早くやれ!」
「こ、断る……」
「ふん、人質はもう1人いるんだ。どうなっても知らんぞ」
「ふざけるな、この悪魔め!」
話を聞いていると、敵はどうやらあいつに何らかのファイルをアップロードさせるために家へ来たようだ。あいつは確かウィンドウズ開発部門の責任者とかいう話だ。直接聞いたわけじゃないから詳しくないけど。莫大な被害が出るファイルをマイクロソフトのお偉いにアップロードさせる。これってとんでもないことが起こってるんじゃないか?しかもその目的を果たすためにママに何かしようとしている。どうすればいい?銃は持っているけど、多分敵は1人じゃない。1人なら、階段を上がってきた時にママとあいつから目を離すことになる。こっちは素人なんだし、そんなに何人も相手にできないだろう。装備もよく分からない。防弾着にヘルメットとかだったらどうしようもない。
じゃあどうする?敵はあいつにファイルをアップロードさせようとしている。自分たちでハッキングするのではなく。あいつがいなければできないということか。それなら。あいつがいなくなれば敵の目論みは失敗するってこと?すぐ側にいるんだから、逃げることはできない。だったら……あいつが死んだら……敵が殺すなんてことはないだろう、敵の方が必要としているのだから。もしやるなら、オレが殺すしかない。ママは捕まっている。自殺もさせないだろう。でも、本当にあいつを殺すの?いくら嫌いだからって、あれでも父親だ。ママだって悲しむ。そもそもオレに人を殺せるのか。いろいろ考えている間に、ひときわ大きなママの悲鳴が聞こえてきた。
「やめろ、やめてくれ!頼む!」
「ならさっさとアップロードしろ!」
「くそ……主よ、お許しを……」
あいつが敵の言うことを聞こうとしている。考えている時間なんかない。でも書斎の窓は閉まっている上、ブラインドが降りている。ドアから書斎に入るしかないけど、もし見張りがいたら?オレは一計を案じて、壁伝いにキッチンの方へ向かう。
キッチンの窓は開いている。窓から中を覗き込むと、中には誰もいなかった。窓から室内へ身を乗り出して、タイマーを取る。1分後に鳴るよう設定したら、急いで外の壁伝いにママの寝室の方へ向かう。客間は書斎を挟んでキッチンの反対側にあるから、敵がタイマーを確認しに行けば安全に寝室に入れる。1分なんてわずか、タイマーが鳴った。
「何だ!?」
「見てこよう」
タイマーが鳴ると同時に、窓から寝室に入る。すぐさま銃を構えて、書斎まで歩いていく。入り口には誰もおらず、ドアも開いている。今しかない。銃を構えたまま、書斎に入る。中にはママとあいつ、そして見知らぬ男が二人いた。
「誰だ!?」
オレは構えた銃をあいつに向ける。そして引金に指をかけ、力をこめる。
「死ね」
えっ?
言葉は銃声にかき消され、すぐに聞こえなくなった。放たれた弾丸はあいつの頭に当たり、うなだれたまま動かなくなった。作戦は成功だ。でも……撃った瞬間に「死ね」と言ったのは誰だ。他にいるはずがない――わたしだ。あいつを撃ったのは敵を阻止するためだ。なのに、「死ね」だなんて。これじゃあわたしが――
「お、おい!起きろよ!くそっ、貴様っ!よくも!自分の親を殺すのか!?ふざけるな!」
あいつの近くにいた男に顔を正面から殴られて、現実に引き戻される。痛い!わたしはその場に倒れてしまった。さらに上からわたしの顔面を一度、踏みつけてきた。
「どうした!?」
タイマーを見に行った奴が戻ってきたみたいだけど、視界がぼんやりしてよく見えない。
「やられた、こいつに部長が殺されたんだ!」
「くそっ、どうする?」
「ハッキングしかない。急げ、できる限りやるんだ!」
「やってみる、人質は?」
「時間稼ぎには使える、そのまま……」
頭がぼうっとしてきた。気を失うってこういうことか。目を閉じると、再び目を開けることができなくなっていった……
次に目を覚ました時、オレは病院にいた。医者の話だと、脳震盪と鼻の骨折をしたようだ。鏡を見ると顔に大きなアザが残っていて、鼻も曲がっていた。その日のうちに手術して、この日はそのまま入院することになった。
「サリー!よかった……」
翌日の朝、ママと再会した。ママは会うなりすぐにハグしてきた。コロナ禍の中でハグするのは良くないんだろうけど、オレも応えてハグした。あの時はママの方を見ている余裕が無かったから気付かなかったけど、ママは右の耳を切られた、どころか完全に切り落とされていた。オレが気を失ってからすぐに警察が来たようで、幸い元に戻すことができたようだ。オレは今日中に退院できるけど、ママはしばらく入院することになった。しかし、オレの方も退院してすぐに帰れるわけじゃなかった。
退院するとすぐに、警察署に出頭することになった。容疑は殺人。あいつを殺したのがオレだというのはすぐに知られてしまったようだ。
「本日事情聴取を担当するジェームズ・ガルシアです。よろしく。まず、氏名と生年月日を聞かせてください」
「サリー・ウィリアムズ、生年月日は2003年6月12日です…」
カッコつけてヤンキーっぽい見た目にしてるけど、警察の世話になるのはこれが初めてだ。情けないけど、こんな状況ではビビッてイキることもできない。事情聴取ではあの日あったことをおおむね正確に話した。
「なるほど。それではお父様を撃ったのは誤射だったというわけですね」
「はい……」
明確に嘘をついたのは、あいつを撃った理由についてだ。逮捕されるのが嫌で(もう逮捕されているのかもしれないけど)、自分の意志で撃ったとは言えなかった。撃ったこと自体は否定しようがないけど、なぜ撃ったかは分からないはずだ。正当防衛の誤射だと、どう裁かれるのだろう。自分の意志で撃った殺人よりは罪が軽いとは思うけど……
「ところで、あなたは犯人たちがどのような目的であなたの家に押し入ったのか知っていますか?」
「……いえ、知りません。強盗じゃないんですか?」
「ふうむ、そうですか」
また警察に嘘をついた。犯人の目的を聞いてくるなんて、誤射であることを疑われてるのかもしれない。あいつを殺すつもりで撃ったと証明する方法はあるんだろうか。わたしがあいつを嫌ってたのは間違いない事実だけど、それだけでは証明にならないだろう。たぶん大丈夫だ……多分。
そして、今日。出頭してからすぐに保釈されたけど、まだ起訴されるかされないかは決まっていない。わたしが黙ったままでどのぐらい経ったのだろうか。他の3人は相変わらずわたしの発言を待っている。わたしが黙ったままだと、ずっとこのままだ。話したくはないけど、少しずつ、ぼそぼそとあの日あったことを話し始める。3人ともわたしの話を真剣に聞き入っている。
「ちょっと待ってください、なぜそこで家から逃げなかったんでしょうか?」
窓から外に出たことを話すと、後輩の方の刑事が話に割り込んだ。そう言われると、確かに我ながら不自然な気がする。銃を持って気が大きくなったから?ママを助けたかったから?まさか……あの時すでにあいつを殺すつもりだった?いやまさか。あの時点では敵の目論みは分かっていなかった、つまりあいつを殺す理由は無かったはず……ほんとに?さんざん嫌ってたのに?あの日だって午前中すでにあいつのせいで苛立ってたのに?自分のことが分からない。自分がしたことの理由が説明できない。
「えっと……父も母もまだ家にいたからです。1人だけ逃げちゃ良くないんじゃないかと思って……」
「そうでしたか。ですがこういう時は自分の安全を優先してくださいね。我々警察がいますし、逆に自分の身を危険に晒すようでは元も子もありませんから。失礼、続けてください」
わたしのその場で考えたウソに、質問してきた刑事が諭すように言う。ウソだってバレてないかな?疑心暗鬼のまま、今までよりゆっくりと話を続ける。
「……書斎の窓の下で話し声を聞いて、父と母がここにいるということに気付きました」
「そのとき、犯人とご両親はどういった内容の話をしていましたか?」
今度は先輩の方の刑事が話に割り込んでくる。
「……すみません、そこまでは把握していませんでした。母が大きな悲鳴を上げたぐらいしか……」
この刑事、出頭した時も犯人の目的を知っているか聞いてきた。やっぱりわざと撃ったって疑われているんだろう。
「……それで、書斎に入って敵に向かって銃を撃ったんです。だけど、狙いがずれて……父に、当たってしまったんです。それから敵に殴られて、意識を失って……気付いた時にはすべて終わっていました」
またしてもウソをついた。本当は最初からあいつを殺すつもりで撃ったのに。
「なるほど。お話しいただいてありがとうございます。それでは奥さんからもお話を聞かせていただけないでしょうか」
今度はママが刑事に話をする。当然わたしにもその話は聞こえるけど、全然頭に入ってこない。頭の中はなぜあいつを殺したのか、その理由についての自問自答だけが渦巻いている。敵の目論みを阻止するために殺した。それが正解のはずなんだ。でも、だったら、なぜあの時に「死ね」なんて言ったんだ。これじゃあいつに死んでほしいから殺したみたいじゃないか。いや、わたしじゃない。「死ね」と言ったのはわたしじゃない。じゃあ誰が言ったんだ?あの場には敵が2人もいたんだ。どっちかが言ったに違いない。でも……
「聞いていますか?もう一度現場を見せていただきたいのですが?」
「は、はい!」
「ありがとうございます。それでは書斎まで案内していただきましょうか」
いつの間にか話が進んでいたらしい。現場を見るって言ったか?あの書斎には入りたくない。でもはいと言ってしまった。今からでも断れないか?なんて思っている間に3人とも書斎へ向かってしまったので、わたしも急いでついて行く。
書斎にはあの日以来初めて入った。書斎はもうすでに事件前の状態に戻っている。それでも、部屋の入り口に立つとあの時のことを鮮明に思い出す。
「旦那さんがここに座って仕事をしていて、そこに奥さんも連れ込まれたと。犯人とお二方との位置関係はこうでしょうか?」
ママが刑事とあの日のことについて話している。ママも冷静に話しているようには見えないから、やっぱりまだ立ち直れてはいないんだろう。元々不仲だった私と違って、ママはあいつとも仲が良かったし。
「ではお嬢さん、この部屋に来た時の状況を再現してみてもらえませんか?」
「……分かりました」
刑事に言われた通り、書斎に入った時の状況を演じた。入り口に立って、銃を犯人役の後輩刑事の頭に向けて構えるふりをする。あいつの役として先輩刑事が座っており、人は違うがあの時の状況が再現される。
(死ね)
あの時の言葉が、再びわたしの頭の中で再生される。やっぱり……わたしの声だ。そのことを認識した途端、構えていた手が下りていた。
「辛いことを思い出させるようなことをさせてしまい、申し訳ございません。続けるのが辛いようでしたら、ここで止めていただいても構いませんが……」
「すみません、少し休ませてあげてください」
先輩の方の刑事の提案に対し、わたしの代わりにママが答える。その言葉に甘えて、黙って書斎から離れた。
「おっと、後で話を聞くかもしれないので、先ほどまでいたリビングで待っていただけますか?」
刑事の言葉に、無言で頷いてその場を去っていった。この期に及んで何を聞こうというんだろう。そんな抗議をしようという気も起らなかった。
リビングで待っている間、なぜあいつを撃ったのか、そのことを考えずにはいられなかった。「死ね」といったのはわたしだった。さっき書斎で銃を構えるふりをした時、完全に思い出してしまった。もう敵が言ったという逃げ場はない。敵の目論みを潰すためなのに、仕方なく殺さざるをえなかったから撃っただけなのに。なのに、なぜ。「死ね」だなんて。あいつが死ぬのを願うようなことを言ったんだ。分からない。自分のことが分からない。それが怖い。涙が出そうになってくる。まさにその時。
「すいません、お待たせしてしまって。現場の確認は終わりました。もう一度お話を伺ってよろしいでしょうか?」
刑事がリビングに戻ってきた。泣くのをその場で我慢して刑事の方を見る。とっさに泣くのを我慢できるような見栄がわたしにまだ残っていたのか。刑事の2人は小声で何かを話しているが、よく聞こえない。2言3言話してから、先輩の方の刑事だけがわたしの正面に着席する。後輩の方は立ったままだ。
「現場を見て回りました。犯人たちの証言を検証したかったのです。その結果、彼らの証言には今のところ嘘が無く、奥さんとお嬢さんの証言ともおおむね矛盾はありませんでした」
わたしが黙っていると、刑事は勝手に話を始める。
「今回の犯行は、マイクロソフトへのテロを目的としたものでした。あなたのお父様を脅迫し、すべてのウィンドウズ10搭載機器にウイルスを送信するつもりだったようです。元々ウィンドウズ7のサポートが終了する今年の初旬に行うつもりだったようですが、計画の準備が遅れ、コロナ禍の真っ最中の今、実行することになったようです。元々マイクロソフト本社を襲撃する予定だったものが、1民家を襲うだけでよくなって幸運だったと言っていました。それはともかく、彼らの目的はお父様の脅迫、つまりお父様が亡くなってしまうことは彼らにとって都合が悪いことだったんです」
この話……まさか……まさか……身体の震えが止まらない。顔を上げることができない。気持ち悪い汗が吹き出している。背筋は固まって、話が聞き取れないんじゃないかと思うほどに心臓の鼓動が強くなる。
「無礼を承知で尋ねますが……お嬢さん、お父様を撃ったのは誤射ではないのでは?」
バレてる。バレてる。バレてる!頭の中がぐちゃぐちゃで、口を開けても言葉が出てこない。
「何てこと言うんだ!娘がわざとお父さんを撃ったとでも言いたいの!?」
「ガルシアさん、やっぱり止めませんか?」
ママと後輩刑事が何か言っている。わたしの方は、口を開けても荒い呼吸をするばかり。お腹の中が締め付けられるように痛くなってきた。しかし、先輩刑事は無慈悲にも話を続ける。
「これから話すことは推測に過ぎないということを前置きしておきます。まず書斎の窓の下で話し声を聞いたとおっしゃっていましたね。あなたは内容を把握していないとおっしゃいましたが、お母様の大きな悲鳴を聞いたとはおっしゃいました。あなたが部屋に来たタイミングから逆算すると、その悲鳴は犯人たちが脅迫のためにお母様の耳を切り落とした時の悲鳴になります。その直後、犯人はお父様にアップロードしろと脅迫したそうです。これは先程お母様から伺いました。そして先程の現場検証で、窓を閉めていても中の話が聞こえることは確認しました。つまり、あなたは犯人たちがお父様を脅迫して、何らかのデータをアップロードさせようとしていることを知っていた可能性が高いということです。このことを知っていたからこそ、犯人の目的を阻止するためにお父様を殺害するという動機が生じます。
次に、先ほどあなたが銃を撃った時の位置関係を確認しましたね。犯人は立っていて、お父様は座っていた。そしてあなたは先ほど犯人役であるアンダーソンの頭に向けて銃を構えた。しかし、部屋の入り口、犯人の頭部の位置、お父様の頭部の位置から考えると、手ブレと考えるにはズレが大きい。ではなぜ着弾点がここまでズレたのか。直前の行動からして、錯乱していたからとは考えられません。銃の扱いについてですが、射撃場へ行った記録が残っていますから、基本は分かっていたはずです。焦ってしっかり狙えなかった、と言われればさすがに否定することはできませんが、初めからお父様の方を狙っていたという理由であっても辻褄は合います」
「いい加減にしろよ!憶測で娘を傷つけるようなこと言って!それでも警察!?」
「奥さん、申し訳ございません、落ち着いてください」
ママと後輩刑事が何を言っているのかは分からないのに、先輩刑事の言葉だけはなぜかはっきり聞こえてくる。吐き気が収まらない。この場から逃げ出したいのに、身体が少しも動かせない。
「最後にもうひとつ。あなたのSNSを見せてもらいました。お父様への不満、悪口が頻繁に書き込まれていますね。年頃の娘さんですから、よくあることです。ですが、これはつまり殺害の動機が犯人を止める以外にもあるということを示しています。以上が、私が誤射ではないと推測した理由です。お嬢さん、違うなら違うとあなたの口から聞かせてください」
刑事は話を終えると黙ってしまった。わたしの方も、答えるどころか顔を上げることもできない。ママが相変わらず騒いでいるけど、その内容は全く頭に入ってこない。わたしが黙ったまま待っていても、ママが騒いでも、刑事は黙ったままその場を動こうとしない。多分、わたしが何か答えない限り動かないつもりなんだろう。答えなきゃ……どう答える?正直に話したら逮捕される、ウソをつき通すしかない。この刑事相手にうまくいくかは分からないけど。
「……あ……」
声を出したつもりだった。でも全く声が出ていなかった。顔を上げることもできていない。いつまでも黙っていると余計怪しまれる、早く答えなければ。そんなことを考えていると更に気分が悪くなってくる。
「……しゃです……」
大声を出したつもりだった。さっきよりは声が出ていたかもしれない。でも、自分の耳でさえ聞き取れなかった。言わなきゃ。言わなきゃ。答えるつもりで再び口を開けると、今まで必死で飲み込んでいたものが溢れてきた。それはマスクにへばり付いて口の周りを汚していく。反射的にマスクを引っ張るけど、耳に引っかかってなかなか取れない。結局マスクは顎にずらした。顎も汚れて気持ち悪い。マスクをずらした後は、テーブルの上に吐き出す。
「サリー、ごめんね。こんなことなら警察に協力なんかしなければよかった。綺麗にしてから、部屋で休んでよう」
ママがわたしの腕を引いて、客間から引っ張り出す。結局、なにも答えられなかった。刑事の顔を見ることさえできなかった。洗面所でママに顔を拭いてもらってから、客間には行かずに自分の部屋に戻った。
事件から9日経った。今日はあいつの通夜が行われる。今の状況で大勢の人を集めるわけにはいかないから、葬儀屋と牧師以外は家族だけの参加となった。
「ああ、サリーちゃん!ひどい怪我だ!大変だったろう」
同居していない家族で最初に着いたのはおじいちゃんとおばあちゃんだ。2人はわたしたちと同じワシントンに住んでいるから最近でもわりと頻繁に会うし、教会に着くのも早かった。
「アマンダ、お前もひどい怪我をしているじゃないか。ケイン君のことは残念だったが、2人が無事でよかった」
2人はわたしとママの怪我を案じ、無事を喜んでいる一方で、あいつの死についてはあんまり触れなかった。あいつとの仲が悪いようには見えなかったけど、やっぱり義理の息子より血の繋がっている娘や孫の方が大切なのかもしれない。
「ママ、サリー、大変だったね」
次に着いたのはお姉ちゃんだ。お姉ちゃんはマサチューセッツの大学に通っていて一人暮らししているから、今ではあまり会わない。
「ねえ、サリー……パパを撃ったって本当なの?」
「……うん」
お姉ちゃんはわたしと違ってあいつと仲が良かった。あいつがお姉ちゃんに甘くてわたしに厳しいということは無かったと思うけど、どうして仲が良いのかはよく分からない。
「どうして……?」
「強盗を撃とうとしたら、それが……その、外れちゃって」
あいつに当たった、と言おうと思ったけど、こんな時に父親をあいつ呼ばわりするのは止めた。だからってパパとかお父さんとかとも呼びたくなかった。この期に及んでなおわたしは自分の父親にこんな思いを抱いているのか。自己嫌悪がわたしを蝕んで、ますます自分のことが嫌になる。
「ねえ……わざとじゃないよね?」
「違う!」
「ごめん、いくらなんでも、そんなことしないよね」
図星を突かれて、むきになってしまった。お姉ちゃんもわたしがあいつのことを嫌ってることは知っている。でも、多分わざとじゃないと信じてくれるだろう……その信頼を裏切っているのだけれど。いっそ、お姉ちゃんにだけ本当のことを言ってしまおうか?自分の父親を殺した挙句、その動機が自分でもはっきりしないだなんて、1人で抱えるには重すぎる悩みだ。あの日からずっと、この悩みが心から離れない。そんなことを思ってお姉ちゃんの顔を見ると、隠そうとしているけど涙ぐんでいた。やっぱり、だめだ。お姉ちゃんだって、いきなり父親が死んで、しかもそれが理由はどうあれ妹によって殺されただなんて、混乱しているに違いない。しばらく沈黙していて間が持たなくなったからか、お姉ちゃんは棺の方へ向かっていった。
入り口の方を見ると、見たことのない老夫婦が入ってきた。2人ともマスクをしていない。泣いている老婆に対して、老爺の方は険しい表情をしている。誰だ?そうだ、多分あいつの方のおじいちゃんとおばあちゃんだ。2人ともワシントンとは正反対のフロリダに住んでいて、1回しか会ったことが無い。しかもその時まだ1歳になったばかりで、その時の記憶は残っていない。
2人は棺の前に向かう。棺の前に着くとおばあちゃんはさらに激しく泣き出す。おじいちゃんはしばらく棺の前で祈った後、こっちに歩いてきた。
「きみがサリーか」
「あっ、はい」
おじいちゃんは私の名前を尋ねると、険しい表情のまましばらく黙ってしまった。ほとんど初めて話すも同然で、どう話せばいいか分からない。向こうも同じようなことを思っているんだろうか。
「親の葬式でさえマスクをしたままとはな。どういうつもりなのやら」
「えっ……ご、ごめんなさい」
おじいちゃんはわたしに背を向けて、再び棺の方へ向かった。その間に何かぶつぶつ言っていたが、よく聞き取れなかった。何を言っているのかは分からなかったが、感情は伝わってきた。憎まれているんだ。考えてみれば当然だ。フロリダのおじいちゃんおばあちゃんにしてみれば、わたしは一人息子を殺した犯人だ。それに孫とはいえほとんど縁が無かったから、わたしに情が湧くこともないのだろう。自分の無知が情けない。あいつを殺したことに対して、自分の苦悩についてしか考えていなかった。他の人たちの反応なんてママやお姉ちゃんが悲しむぐらいしか想像していなかった。でも、理由はどうあれわたしは人を殺したんだ。殺された人と親しい人から憎まれるなんて少し考えれば当然じゃないか。そんなことすら想像できていなかったなんて。わたしはバカだ。わたしは……
「サリー、なにかひどいこと言われたの?それとも、やっぱりパパが亡くなったのは悲しい?」
いつの間にか涙が止まらなくなって、ママが抱きしめてくれていた。ママに言われて、また気付いた。父親が死んでいるのに、そのこと自体には全然悲しいと思っていないことに。わたしは無能だ。冷血なサイコパスだ。ママの言葉に返事をすることもできず、ただママに抱かれて泣くばかりだった。
あれからどれぐらい経ったのだろう。葬式が終わって以来、わたしは部屋に引きこもるようになった。カレンダーもネットも見ていないから、今日の日付も分からない。パソコンは壊れたままで、新しいものも買っていない。スマホは自分で壊した。ある日Twitterを見ていたら、わたしがわざとあいつを殺したという投稿を見てしまい、その時に壊した。学校への登校が再開したってママが言ってたけど、全然行く気にならない。リモート授業はとっくに始まってたけど、そっちも全く受けていない。そもそもパソコンもスマホも壊れているから受けられない。こんなわたしを心配してくれたのか、友達が何回か来たけれど、会おうとは思えなかった。あいつを殺したことについての真相を話せないなら、会っても虚しいだけに思えた。洋服も、ヘアスタイルも、メイクも、全く関心が無くなってしまった。鏡をちゃんと見ることすらしなくなった。
引きこもっても、やることなんてない。どうしてあいつを殺したのか、ずっとそのことを考えている。犯人を阻止するために、あいつを殺した。そのつもりで殺した。なのにそれが本当のことなのか、自分のことだというのに分からない。誰かに相談することもできない。自分は人殺しだなんて、一体誰に言えるというのか。あの日何も答えられなかったのに起訴されることはなかったけれど、もしかしたらあの時何もかも正直に話した方が良かったのかもしれない。
(死ね)
(自分の親を殺すのか!?ふざけるな!)
あの時言った言葉、言われた言葉が蘇る。本当に犯人を止めるために、止むを得ず殺したのなら、「ごめんなさい」とか言うものじゃないのか。犯人たちはあいつを脅迫して世界中にコンピューターウイルスをばら撒こうとしていた。そんなテロリストみたいな奴に「自分の親を殺すのか!?」と咎められたわたしは、テロリスト以下の倫理観しか持ち合わせていないのだろうか。自分のことが信用できない。自分の行動が理解できない。自分のことが信用できないのに、他の誰を信用できるのか。自分のことが理解できないのに、他の何を理解できるのか。
ベットの上でうずくまっていると、部屋のドアがノックされる。
「サリー、ママは病院に行ってくるから。お昼ご飯は作り置きしてあるから、後で温めて食べてね」
ドアの向こうから、ママの声が聞こえる。ドアは開けず、返事もしない。昨日、ママは熱があると言っていた。こんな時期に熱が出るなんて、もしかしたらママも……もし本当に感染していたらどうしよう。ママまでいなくなったら……これは罰だ。父親を殺したことへの、それも曖昧な思いで父親を殺したことへの。いや、何を考えているんだ。なんでわたしへの罰でママが病気にならなきゃいけないんだ。自分が辛いからって、実際に体調を崩したママじゃなくて自分のことを中心に物事を考えてる。こんな自分のことがますます嫌になってくる。でも現実的なこととして、ママがいなくなったらわたしはどうなるんだろう。ひとりぼっちで、のたれ死ぬだけ。わたしにはお似合いかもしれない。それじゃあその時をただ待とう。そんなことを考えて、わたしはベッドに身体を沈めた。