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「いいか! 家畜には指一本触れさせんじゃねぇぞ! 今残ってる家畜をベルガルオンに食われたら、村の連中は飢え死にだ! 気張れよ!」


「「「おうっ!!」」」


 村に襲いかかるベルガルオンを前に、隻腕の男は村に残った数人の男共に檄を飛ばす。

 これ以上ベルガルオンの好きにさせれば、村の家畜は全て食われてしまい、小麦以外に食べるものは無くなってしまう。

 それに、次にベルガルオンが襲撃した時、食われてしまうのは村の人間かもしれない。

 カルバンでは戦争の真っ最中で、討伐隊はしばらくは期待できないため、今ここにいる者達だけで倒さなければならない。


「しかし、あの兄ちゃんは……」


 カルバンのさらに向こうから旅してきたという、素寒貧の青年。

 食糧を分けて欲しいと願った彼を突っぱね、早く村を離れた方がいいと警告したが、ベルガルオンの襲撃に、彼は何も持たずに突っ込んできた。

 危険だ、と思った時にはもう遅かった。

 青年は無惨にもベルガルオンの腕力を以て叩き潰され、死亡した――――と思われた。

 というのも、しばらくすると青年の遺体はいきなり灰のようにサラサラと形を遺さずに消えてしまったのだ。

 その直後、死んだはずの青年が再び走ってきた。一体どんな手品を使ったのか、傷一つ無い状態でだ。

 ベルガルオンも驚いたようだったが、愚直に突っ込んできた青年のその首を、爪で貫いた。

 青年はしばらくもがき、次第にその動きは小さくなって、間違いなく死んだ。

 だと言うのに、程なくして遺体はまたも霧散して、青年は再三ここに舞い戻った。


「一体何なんだ……?」


 先程も目の前で惨たらしく殺された青年の亡骸は散り散りとなり、跡形も無く消え去った。

 男共もわけがわからないといった表情だ。

 しかし、それに気を取られてばかりではいられない。

 ベルガルオンも警戒しているとはいえ、脅威が去ったわけではない。

 構えた剣を握りしめ、ここを通すまいと睨みつけてやる。そこへ、またも彼は突っ込んできたのだった



 ――――――――



 残念なことに、レベルアップして得た能力――長いのでイミテーションと呼ぶことにする――は、取得した後に殺された技しか使えないようで、先程ベルガルオンにぐちゃぐちゃのバラバラにされたあのえげつない攻撃は使えないとのこと。


「なら、もう一回殺される必要があるわけか……」


 そうと決まれば話は早い。ベルガルオンとオッサン達が戦っている場所へと急いで向かおう。


「オラ熊ァ!! 次はどうやって殺すんだ! やってみろよ!!」


「いやだから何なんだ兄ちゃん!?」


「説明は後っつったごふぅっ!」


 オッサンの問いに答えている最中に腹パンとは容赦ないなこの熊。内臓が潰れて背骨が折れた感覚がハッキリとわかったわ。

 圧倒的な衝撃に、俺は為す術もなく地面に倒れ伏す。

 だが、次はこうはいかねーぞ。

 残った最後の力を振り絞り、その場に円を描いて軽く叩く。

 円が光った瞬間に、意識は闇の中に沈んでいった。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆




「ばぁっ!」


「ガウッ!?」


 目を覚ました瞬間に、俺は勢い良く立ち上がる。

 ベルガルオンも、まさかいきなり復活するとは思っていなかったのだろう、先程よりも驚きの表情がありありと見て取れた。


『レベルが上がりました』


「流石に低レベルからだとレベルアップが早いな! んじゃ食らえ、熊パンチ!!」


 イミテーションの力で得た恐るべき威力の一撃が、隙を晒したベルガルオンの腹部に吸い込まれる。

 ぐちゃぐちゃにされたあの時とは比べ物にならない手応えが、拳を通して伝わってきた。


「ガァァァァァッ!?」


「どうだ、痛ぇだろ! それがお前から食らったパンチの威力だぜ!」


「おおっ! ベルガルオンがひっくり返ったぞ!」


「今だ! 立ち上がれないように足を狙え!」


 今が好機と、オッサンを含む男達がベルガルオンの足、主に腱の部分を斬りつける。

 ズタズタに裂かれた足を引きずり、ベルガルオンが村とは逆方向に逃げようとしている。

 いやいや、逃がすわけがねーだろ。


「待てよ、お前にぶっ殺された分、まだまだ精算し切ってねーんだよこっちは」


「ガ、ガァァァ……」


 身体を震わせ、畏怖の目で俺を見るベルガルオン。

 そりゃそうだよな、目の前に立ってんのはゾンビと大差ないヤベーヤツなんだし。


「だがそれがどうした! とりあえず最初のハエ叩きの分!」


 熊パンチで顎をかち上げ、無理矢理に立ち上がらせる。


「これが爪でぶっ刺された分!」


 さらにもう一度アッパーカットを叩き込んだら、ベルガルオンの身体が宙を舞った。

 瀕死状態のベルガルオンが最頂点に到達すると、頭から落下してくる。

 このまま放ったらかしてもいいけど、それじゃあ気が済まない。


「最後に、ぐちゃぐちゃにされた分で精算完了! トドメの全力熊パンチ!!」


 フルスイングで振り抜いた拳が、ベルガルオンの顔面を捉えた。頭骨がひしゃげ、衝撃で脳漿が溢れ出る。うわ、グロッ。

 吹き飛んだベルガルオンは三転四転と地面を転がり、やがて動かなくなった。


『ベルガルオンの生命活動の停止を確認、討伐完了です』


 戦闘は終了、ベルガルオンの脅威は去ったものとガイドが告げる。

 やっとか。


「死んだ……のか?」


「ああ、もう動かない。完全に死んでいる」


 ガイドの声はオッサン達には聞こえないので、ベルガルオンが死んだことを教えてやる。

 すると、オッサン達は剣を投げ捨て、歓喜に打ち震えた。


「やったぁぁぁ!!」


「遂にベルガルオンが倒されたぞぉぉぉ!!」


「これで村の脅威は去ったんだ!!」


 飛び跳ねる者、ガッツポーズをする者、涙ながらに叫ぶ者、喜びようは様々だ。


「兄ちゃん……」


 その中から、隻腕のオッサンが俺の元へ歩み寄ってきた。

 何かと思った瞬間、オッサンは俺の前に膝を着いて(こうべ)を垂れ出した。


「ありがとうっ……! アンタは村の恩人だぁ……!!」


「お、おいおい……そんな地面に頭擦り付けるまでするこたァねーだろ……」


 涙を流し、肩を震わせて頭を地面に付ける姿は、まさに土下座のそれだ。

 俺が無理矢理やらせてるみたいに見えるからやめてくんねーかな……


「いいや! この感謝はしてもし足りねぇ! 頭を地面に埋めるくらい下げても足りねぇってモンよ!」


「いや埋めんなよ。土は不味いぞ?」


 もちろん経験談だ。


「しかしだな……そうだ! お前ら! ベルガルオンを村に運ぶぞ! この兄ちゃんに礼をせにゃならん!」


「「「おおっ!」」」


「さぁ兄ちゃん、さっきは突っぱねちまって悪かった。ベルガルオンっつー大物が入ったワケだ、盛大にもてなしをさせてくれ!」


「お、おう……」


 確かにその礼目当てでベルガルオンぶっ飛ばしたってのもあるが、ここまで歓迎されるとは。

 まぁ、オッサンがああ言ってるし、お言葉に甘えるとしようか。



 ――――――――



 陽が沈む頃には、村の広場は人だかりでいっぱいだった。

 村を脅かすベルガルオンの討伐の報せを受けたとあって、皆お祭り騒ぎだ。

 蓄え云々の話はどこへ行ったのか、パンと肉がテーブルの上でひしめき合っている。


「こんな日に飯を出さねぇでどうするよ!」


 と、オッサンは言っていたが、それでいいのかよ。


『恐らく、ベルガルオンの肉は保存食に適した肉質のため、余すことなく食肉とすればこの村では二週間は保つので、それを踏まえての発言かと思われます』


「本当に大丈夫なのか?」


「おうよ! どうせ数日したら商人団が来るしな!」


「商人団?」


「ああ、フロウフォンとの国境近くに拠点を構える商人ギルドから来る旅団でな。月に二回くらいウチの村にも来るんだ。家畜も少なくなっちまったから、今回は見送ろうかと思っていたが、臨時収入が手に入ったからな。しばらくは飢えずに済みそうだ」


 臨時収入とは、ベルガルオンのことだろう。


「おお、そうだ。兄ちゃんにもコイツを渡しておくよ。ほれ」


「ん? 何だこれ」


「ベルガルオンの爪と、毛皮で出来たポーチだよ。兄ちゃん、盗人にくすねられて文無しって言ってたろ。小せぇが小物を入れるポーチをウチの母ちゃんに繕ってもらったんだ。爪は形がいいヤツを一つ、多分金貨四枚くらいの価値はあると思うぜ」


「いいのか?」


「当たりめぇだ! なんたって村の恩人、英雄なんだからな!」


 ベルガルオン倒したからって英雄扱いかよ。何かこそばゆいな。


「そういや兄ちゃんよ、アンタ、一体何者なんだ? 俺ァびっくりしたよ。まさか死んだハズのアンタが生きてて何回も突っ込んで行くんだモンよ。ゾンビかと思ったぜ」


 聞いてもいいものか、と言いたげな顔で、オッサンが問いかけてくる。

 いや、俺もそう思うわ。間違ってねーよその感想。


「あー、そうだな……そういう力があるんだ、俺には」


 俺は、オッサンの問いに対して、適当に濁して答える。

 勇者の力と言わなかったのは、俺自身が勇者と名乗るに相応しい者じゃないということと、王都カルバンで召喚されたにも関わらず、リスポーンした後にそのままこっち側に逃げてきているからだ。

 カルバンが陥落したとなれば、その報せもこの村に届くだろう。

 その際、勇者が逃げた、などと言われた日には、この村に何かしらの迷惑を与える可能性もある。

 オッサンも少し訝しんだようだが、すぐに「そうか……」と納得した。


「まぁいいや。兄ちゃん、明日には村を出るんだろう? 今日のところは俺の家に泊まるといい。狭いが、ウチのせがれが使ってた部屋にベッドもあるしよ」


「いいのか? なら、世話になるかな」


 宿まで提供してもらえるのはありがたいことだ。

 それなら腹いっぱい飯を食った後に、ゆっくり休ませてもらうとしよう。



 ――――――――



 お祭り騒ぎが終わり、広場から人がいなくなった頃、俺はオッサンの家に上がらせてもらった。

 カルバンに行ったであろうオッサンの息子のベッドを使わせてもらい、一夜を過ごす。


「さて、明日に備えて寝る前に……」


 窓から射し込む月明かりに、オッサンから受け取ったベルガルオンの爪が輝いている。

 オッサンが言うには、金貨四枚の価値があるというが、そもそもその金貨の価値がどれくらいなのかがわからない。

 売ろうにしても、貨幣の価値を知らないと足元を見られる可能性もあるわけだ。

 この世界で生きていく以上は、金の価値をしっかりと頭に入れておく必要がある。

 というわけでガイド、わかりやすく説明頼むぞ。


『承りました。まず、このエイルヴァーナにおいて、貨幣は各国共通のものとなります』


 つまり、どの国でも問題なく使えるわけか。


『そういうことになります。次に貨幣の種類ですが、ゼニス金貨、マーニ銀貨、ルピ銅貨の三種類がございます』


 何そのゲームに出てきそうな単位の名前を付けたようなの。

 まぁいい。紙幣はないのか?


『この世界では、紙は貴重な品となりますので、貨幣には用いられていません』


 ふーん。

 それで、それぞれの価値は?


『ルピ銅貨一枚で果実飲料が一杯購入でき、マーニ銀貨十枚で一般的な宿に宿泊ができ、ゼニス金貨一枚で良質な剣が……』


 待て待て待て待て、この世界のレートで言われてもわからんぞ。

 俺のいた国を参照してくんない?


『かしこまりました。ルピ銅貨一枚はおおよそ百円の価値が、マーニ銀貨一枚は千円、ゼニス金貨は五万円の価値があるとお考えください』


 ゼニス金貨だけ価値ぶっ飛んでんな。


『基本的に貴族以上の身分の者の間で行き交う貨幣ですので、そのような価値があるものとされています』


 とすれば、オッサンの言う通りなら、この爪は二十万円の価値があるわけか。

 何度も死んだとはいえ、失うものナシに新卒社員の給料と同等と考えたら、いい稼ぎだったな。


「まぁ、価値は釣り上げられたり逆に下げられたりになるから、交渉の必要はありそうだな……今は考える必要ないか。よし、寝よう」


 これからのことは明日考えればいい。今日はもう疲れたので、さっさと寝るとしよう。

 毛布を被って目を瞑る。

 目を覚ましたら、自宅のベッドだったら……なんて考えながら、意識は深い睡眠に溺れていった。



 ――――――――



「……ま、そんな都合良くいかねーわな」


 翌日、目を覚ましたのはオッサンの息子のベッド。

 残念なことに、今はこの世界が俺にとっての現実らしい。

 あれだけリアルな痛みを伴って死んだんだ。今さら『実は夢でした、良かったね!』なんてオチなのも、それはそれで腹立つけどな。


「よう兄ちゃん、よく眠れたかい?」


「おかげさまでぐっすり眠れたよ。泊めてくれてありがとな」


 部屋を出ると、今から仕事を始めるらしいオッサンと出くわした。


「そうだ兄ちゃん、もう村を出るんだろ。母ちゃんがこれ持ってけってよ。ウチで焼いたパンと干し肉だ。餞別代わりに受け取ってくれや」


「いいのか? 別にここまでしてくれなくても……」


「なぁに言ってんだい。兄ちゃんのおかげで村は救われたんだ。まだまだ礼をし足りねぇよ。それに、何も持ってねぇんだろ。村を離れたところで飢え死にでもされちゃあ俺達も申し訳が立たねぇ」


 いや、死んでも生き返るから、強行軍は全然出来るんだけどな。

 しかし、出来れば俺も簡単には死にたくないし、くれると言うなら貰っておこう。


「じゃあ、ありがたく受け取っておくよ。世話になったな、オッサン」


 オッサンの家を出ると、そこには、村人のほぼ全員が立っていた。


「ありがとう、お兄さん。おかげで村は平和になります」


「行っちまうの残念だけど、いつでも遊びにおいで。アタシ達は待ってるよ!」


「お、おう……?」


「みんなアンタに感謝してんだ。見送りくらいさせておくれよ」


 割と朝早くに出るのと、個人的にそういう柄じゃないのもあって、見送りは必要ないと言っていたんだが……村人達はそうもいかないようだ。


「しゃーねぇなぁ……」


 柄じゃないとはいえ、その思いを無下には出来ないし、悪い気もしない。

 その見送りを背に、改めて旅を始めるとしようじゃないか。


「そうだ兄ちゃん、良かったら、名前を聞かせちゃくれねぇか?」


 そう言えば名乗ってなかったっけか。

 名前……くらいは別にいいか。召喚された時も名前を言った覚えは無いし、特に心配することもあるまい。


「風美嵐……こっちではアラシ・カザミと名乗ればいいかな」


「アラシ……いい名前じゃねぇか。俺ァ、ダンドってんだ。ザード村のダンド。アラシの兄ちゃん、良かったらまた来てくれや」


「ああ、近くを通りかかったら寄らせてもらうよ。またな、ダンドのオッサン」


 ダンドのオッサンと固い握手を交わし、俺はザード村を出発する。

 村が見えなくなるまで、背中に感謝の言葉を受けながら、俺はフロウフォン皇国を目指して歩き出した。


 さて、これから二日間は歩き旅なわけだが、具体的にどうするかを今のうちに決めておこう。

 ある程度進んだところで、リスポーン地点を更新するのは忘れてはならない。

 もし更新せずに不慮の事故で死んだ場合、俺のリスポーン地点はベルガルオンを倒した時のあの場所だ。

 つまり、村に逆戻りなわけで。

 苦労して歩いた道程を、もう一度歩き直すことになるのも嫌だし、あれだけ盛大に見送られておいて、一日と経たずに戻ってくるのもおかしな話だ。

 だから、更新は絶対に忘れてはならない。何なら今やっとこう。


「……これで良し、と」


 円を描いて叩く。これで俺は死んでもここにリスポーン出来るわけだ。


「そうだ。ガイド、セーブ&ロードについて聞きたいことがあるんだが」


『何でしょうか』


「リスポーン地点を設定した後、その場所が何らかの理由で使えなくなった場合、セーブ&ロードはどう作用するんだ?」


 ふと考えたのは、セーブ&ロードの作用する条件。

 旅に出る以上、危険は付き物になる。アクシデントに巻き込まれて死ぬこともありえない話じゃない。

 そこで気になったのは、俺だけでなく、リスポーン地点にもアクシデントが起きた場合はどうなるのか、だ。

 例えば、船の上をリスポーン地点に設定したとして、その船が沈没してしまった場合、俺はどこにリスポーンすることになるのか。

 リスポーン地点の変更とかならまだいいが、そのまま復活することなく……なんてのは嫌だ。


『リスポーン地点にアクシデントが発生した場合、貴方はエイルヴァーナのどこかにランダムでリスポーンします。設定したリスポーン地点が消滅したからといって、貴方が復活出来ない等ということはありませんのでご心配なく』


「ああ、そう……え? ランダムなの? 一つ前のリスポーン地点に変更とかじゃなく?」


『はい。エイルヴァーナの、危険な地帯以外の場所にリスポーンしますが、完全ランダムとなります』


 うわ面倒くさっ。やっぱり勇者の能力としては扱い難いんじゃねーかなこれ。

 しかし、海の中にリスポーンして溺死、またリスポーンして溺死……みたいな悪循環になるよりかは断然マシか。


「何にせよ、リスポーン地点を更新する時は気をつけなきゃな……ん?」


 リスポーン地点の更新を終えてしばらく歩いていると、ザード村の方から、誰かが馬で駆けて来ていた。

 あっという間に俺を追い抜いて、フロウフォンの方角へと去って行く。


「あれは……」


『格好から見て、ダンペルク王国在駐のフロウフォン皇国の兵士です。恐らく、王都陥落の報せを持って早馬を走らせているのでしょう』


「なーるほどね」


 それなら、ザード村の連中も、陥落の報せを受けたのだろうか。

 ベルガルオン討伐の喜びの最中だと言うのに、気の毒でしょうがない。


「この分だと、俺がフロウフォンに着く頃には、国境は慌ただしそうだな」


 最悪の場合、国境封鎖や避難民の受け入れ規制も大いにありえる。

 侵略を受けた国との境目となる国境線は、得てしてそういうものだ。

 だとすれば、早いとこフロウフォンに辿り着くべきだろう。


「急ごう。疲れて動けなくなったら死ねばいい」


 我ながらめちゃくちゃなことを言っているが、馬も無い俺がフロウフォンに早く辿り着くためには、それが一番だ。

 ひたすら走る。

 疲れたらリスポーン地点を更新して死ぬ。

 リスポーンしたら体力は元通りなのでまた走り出す。

 これを繰り返せば、歩いて二日かかる距離を、一日と少しで着くハズだ。


「まずは全力ダッシュ。さあ張り切って行こう!」


 死ぬために走るのは不本意だが、これが最善策だからと割り切ろう。

 クレイジー過ぎるって? ンなことわかってるよ。


「……にしても、割と疲れないモンだな……」


 全力ダッシュで走って数分経つが、走れなくなる程に疲れる、とまではなかなかいかない。

 高校まではサッカー部だったので、体力に自信はある方だが、それにしたって長々と走れていると思う。加えてスピードも上がってるような気もするな。

 これも勇者の力の恩恵か?


『その質疑にお答えします。勇者として召喚された貴方は、レベルの上昇に伴い、身体能力も向上します。現在のレベル5では、身体能力は常人の1.5倍程になります』


 なるほど。だから疲れにくいってわけか。


「これなら、思った以上に早く辿り着くかもしれないな」


 早く着くならそれに越したことは無い。

 ガス欠度外視で道を駆け抜け、その身が限界を迎えるまで一直線に行こう。



 ――――――――



「見えた、あれが国境……検問所か」


 夕暮れに染まる空の下、見晴らしの良さげな小高い丘の上に登ると、向こうの方に石の壁と門が見えた。あれがフロウフォン皇国との国境線で間違いないろう。

 全力疾走の途中四回の自殺を挟んで、二日かかる距離の七割程を一日で走り切ることが出来た。

 仕方ないとはいえ、自分の首を掻っ切るのはなかなかにしんどい。三回目くらいで慣れたけどな。

 ついでにレベルが1上がったが、自殺じゃあまり経験値は入らないようだ。

 恐らくパンを切るのに使えとのことだろう、ダンドのオッサンから渡された包みにナイフが入ってたのでやりやすかったが、オッサンもまさかそんな使い方されるとは思って無かっただろうな。


「さて……検問所に行くのは明日でいいとして……まずはコイツをどうにかしないとな」


 俺の手には、オッサンから受け取ったベルガルオンの爪が握られている。

 ナイフよりも長いそれを持って検問所に行くと、止められる可能性がある。

 どこで手に入れただとか、何をする気だ、とか、持ってなきゃ聞かれなさそうなことは幾つも思い浮かぶ。

 そうならないよう、この爪をどうにかしないといけない。


「そもそも、パスポートみたいなのも無しに国境越えられるかって話だよな。そこんとこどうなんだ?」


『その質疑にお答えします。国境を越える場合、国家公認の正式な書類や、依頼書等が無い者は、検問所にて通行料を支払う必要があります。ダンペルク王国とフロウフォン皇国を区切る検問所の現在の通行料は、銀貨十枚となっています』


「金さえあれば誰でも通れる……な。じゃあ俺無理じゃん」


『金銭が無い場合は確かに通れませんが、ベルガルオンの爪を換金すれば、通行料を支払えるでしょう。幸い、国境付近には商人ギルドがありますので、そちらに向かうのがよろしいかと』


「ああ、オッサンが言ってたっけ、そこから来る商人団とやり取りするとかなんとか。なら、その商人ギルドでこの爪を金に換えて、国境を越えるとしよう。ガイド、ナビを頼む」


『承りました……が、ナビをせずともわかるかと。丘を下った先に、白い建物が見えますでしょうか?』


「見えるな。もしかしてあれが?」


『はい、あちらが(くだん)の商人ギルド、ラベイル商会のギルドハウスです。ダンペルク王国に拠点を構える、フロウフォン皇国の中でも有数の、所謂大手商会になります』


 大手、ね。そいつァ要警戒だな。

 国境付近に拠点を構えるということは、基本的に隣国への商売を主としているハズだ。

 そんな大層なとこへ何も知らないヤツが物売りに行ったら、それをいいことに安い値で買い取ろうとするだろう。

 そして、安く買った物をその倍以上の値段で売り捌く。

 大手の商会は、そうして着実に規模を大きくしていくのだ。俺が読んだ異世界転生モノの本にもそう書いてあった。


「ま、とりあえず行ってみるか。その時のことはその時考えりゃいい」


 全力ダッシュで丘を駆け下りて、商会の門扉の前へと立つ。なるほど、これは立派な建物、大手というだけはあるな。


「何だお前は。このラベイル商会に何か用か?」


 デカい建物にありがちな門番というヤツか、鉄兜を被った二人が、槍を交差させて立ちはだかる。

 おお、怖い。ベルガルオン程じゃねーけど。


「商会に出向く用なんて、大体決まってんだろ。アポ無しで突然来たのは悪かったが、良いモンが手に入ったんだ。責任者と話がしたい」


「良いもの、だと?」


「ああ、かなり綺麗なベルガルオンの爪だ。訳あって一本だけだが、これを買い取ってくんねーかな、と」


「……少し待っていろ。ギルドマスターを呼んでくる」


 商品として出すベルガルオンの爪を見て、門番も商談の価値アリと判断したのか、割とあっさり責任者を呼びに行った。

 門番でもわかるほど良質なら、交渉の余地はあるかもしれない。

 しばらく待ってみると、先程の門番が、一人の男を連れて戻ってきた。


「お待たせして申し訳ない。私がこのラベイル商会のギルドマスター、ラベイル・エルゼスタでございます」


 そう名乗った男は、やや痩せ気味の紳士然とした風で、金色に光るモノクルをかけていた。

 見るからに胡散臭そうだ。


「貴方が、私と商談がしたいと仰っていた方ですね?」


「アラシ・カザミだ。陽の沈む時間に済まない。どうしても今日中に話をしておきたくてな」


「いえいえ、構いませんよ。どうぞこちらへ。早速商談と参りましょう」


 ラベイルに促され、立派なギルドハウスの中の一室に案内される。

 流石は大手商会、素人目に見ても高価なものとわかる調度品があちこちに置いてある。

 イメージでしかないが、貴族と大して変わらなさそうだ。


「さて……先程門番から聞きましたが、ベルガルオンの爪をお持ち頂いた、と。早速見せて頂いても?」


「ああ、これだ」


 俺はベルガルオンの爪を取り出してラベイルに見せてやる。

 ラベイルは「ほう……!」と興奮気味に呟くと、爪を手に取って全体をくまなく確認していく。

 やがて、爪をテーブルに置いて、高級品とされる紙に当たり前のようにペンを走らせて、俺に提示してきた。


「こちらのベルガルオンの爪ですが、かなり良い品質でございますので、金貨四枚と銀貨三十枚で買い取らせて頂きたく思いますが……如何でしょうか?」


 お、オッサンが言うより少し高値で出てきたか。

 何ならこれで商談成立……としてもいいが、どうせならちょっと交渉してみるとしようか。


「うーむ……もう一声欲しいな。ベルガルオンって言や、この辺じゃ見ない魔獣じゃねーか。希少性を見てももうちょいいけるだろ」


「希少性は勿論査定内です。それを踏まえて提示させて頂きました」


「これ単品で金貨四枚くらいの価値があると思うが……アンタの言う希少性ってのは、金貨一枚にも満たないモンのことを言うのか?」


「残念ながら、爪そのものの価値は金貨三枚と銀貨十枚程ですね。希少価値の上乗せでその額は、十分であると判断させて頂いてます」


 やはり、そう上手くはいかないか。

 交渉術に自信もあるわけでもなし、プロ相手に値段の釣り上げはまぁ難しいわな。

 そんじゃ、もう一枚カードを切らせてもらうとしましょうか。


「……なら、一つ話をしよう。そのベルガルオンは、俺がほとんど一人で討伐した。ここからカルバンまでの道程にあるザード村の連中が証人だ。今度、商人団を派遣した時に聞いてみるといい」


「……それで?」


「それを聞いて信用するかしないかは自由だが、信用してくれると言うなら、それを含めて、もう一つ交渉したい」


「……聞きましょう」


「値段をもうちょい考えてくれれば、アンタらの商会からの依頼を請け負ったり、珍しい魔獣の素材を優先的に回そうと思うんだが……どうだ?」


 俺が逆に提示してやったのは、商会にとって有益なものだ。

 言ってしまえば、長期的な契約を結び、商会の依頼……例えば、商人団の護衛や、商品となりうる品を調達するなどを請け負ったり、今回のベルガルオンの爪のように、討伐した魔獣の素材を、ラベイル商会に一番に回すように計らう、所謂(いわゆる)優先権を与えるというものだ。

 商会からすれば、依頼という形にはなるが、ベルガルオンを一人で狩れるようなヤツが商会のために動き、さらには魔獣の素材を一番最初に持ってくる。

 俺からしても、依頼を成功させれば報酬を得られるし、大手商会との伝手を作れる。双方win-winの関係になれるというわけだ。


「なるほど……しかし、ベルガルオンを一人で倒したというのは、にわかには信じ難いですね。それを証明出来るのもザード村の人々……少々時間を頂きたいところです」


 しかし、やはり大手というべきか、この好条件にもすぐには乗ってこないか。


「まあ、確かに信じられないかもしれないが、逆に考えてみてくれ。ベルガルオンを一人で狩れる……見栄だとしても大きく出過ぎだと思うんだが」


「確かにそうですが……」


 おっ、少し揺らいだな。ならこのまま押し切らせて貰おうか。


「なら、ベルガルオンを一人で狩れるという証拠……並びに依頼を十分にこなせるその根拠を見せてやるよ。外に出ようじゃないか」


「……わかりました」


 よし勝った。

 俺はラベイルと共に庭に出て、円を描いてポンッと叩く。

 円が光ってリスポーン地点が更新されたのを確認すると、ラベイルをその円を背にして立たせる。


「何故このようなことを?」


「まぁまぁ、必要だからだよ。まぁ見てな。あ、その円の前から動くなよ」


 準備はバッチリ。次いで、ポーチからナイフを取り出して、ラベイルに良く見えるように自分の心臓を一突きしてやる。


「なっ! 何を……!?」


 灼熱とも言える程の熱さが、心臓から脳へ駆け抜けていく。

 遅れて激痛が走る頃には、意識が急速に遠のいていき、やがて何も感じなくなって――――。




 ☆☆☆☆☆☆☆☆




 目を覚ますと、俺はラベイルの背後に立っていた。


「な、一体……何が起きて……!?」


 ははっ、驚いてら驚いてら。

 やはり誰であっても、初見で目の前で起きた現象に驚かないわけがない。

 いきなり自殺を図って、その遺体が跡形も無く消えるんだからな。

 動くな、という指示をしっかり守ってるラベイルは、頭を抱えて立ち尽くしていた。

 それじゃあここでネタバラしといこうか。

 ラベイルの肩を叩くと、それに反応してラベイルは振り向いた。

 そして俺の姿を目にすると、驚いて数歩距離を開けて警戒の体勢をとっていた。

 マヌケだなぁ、ウケる。


「な、ぜ……!?」


 驚愕のあまり、そう絞り出すのがやっとなようだ。


「これが俺の力……ベルガルオンを倒し、依頼をこなせるという証拠。不死の力だ」


「不死、ですって……? そんな……」


 バカな、と言いたげだったが、それが事実であるという状況を目前にしたからか、言葉を噤んだようだ。

 手品の一種と思わず、ちゃんと『相手の能力』と捉えている辺り、よく考えているな。


「どうだ? この力があれば、強敵の不意を突いて倒せるし、死んで依頼失敗……なんてことも無い。下手な冒険者や軍に依頼するよりかは確実だと思うが?」


「……なるほど。確かに、私共としても、貴方のような力を持った方に仕事を任せられるのは、非常に心強い。わかりました。では、金貨七枚と銀貨三十枚でどうでしょうか?」


「よし、それで決まりだ。商談成立だな」


 初期提示額より金貨三枚プラス。プロ相手に良くやった方だし、成果は上々。

 何なら、商会との繋がりを作れたわけなので、十分と言っていい。


「それではアラシ様。こちらにご署名をお願い致します」


「はいはいっと……あ」


「どうされました?」


 買取金額が訂正された書面を見て、俺はあることに気がついた。

 この国の……もとい、この世界の文字に関してだ。

 アルファベットですら無い、完全初見の文字が、契約書の上で整然と並んでいる。

 多分勇者の力なんだろう、それを読むことについては何の問題も無い。契約書の内容もきちんと読める。

 だが、書くとなれば話は別だった。

 読みと違って、文字を書くのはすぐに出来ることじゃない。

 漢字、ひらがな、カタカナだって、覚えたての頃は何度かの練習を重ねて書けるようになるのだから。


「あー、いや、実は俺、良いとこの出じゃないモンでだな……」


「……ああ、つまり、文字が書けないと」


「……そういうことだ。書き取りすらしたこと無くてな」


「お気になさらず。この国自体、識字率は高くないので、文字は読めるけど書けない……という人は少なくありませんから」


 なるほど、大人なら文字が書けたり読めたりは当たり前じゃないのか。

 識字率が低いということが全てに繋がるわけじゃないが、ダンペルク王国は頭が良くないということか。

 俺を召喚するタイミングも遅かったし、対応もダメ。識字率を考えなくても、頭が悪いのは納得だ。

 そういや、フロウフォンはどうなんだろうな。


『その質疑にお答えします。フロウフォンの識字率は、過去のデータ上、60%前後であると予測されます』


 意外と高くねーな?


『そもそも、エイルヴァーナ全体の識字率は高くありません。フロウフォン以上の識字率を持つ国家は、70%以上を誇る同盟国のサブルベイツ王国のみです』


 へー、ちなみにダンペルク王国は?


『10%程かと』


 低っ。読み書き出来る人間がこうも少ないんじゃ、軍事行動もままならんだろうな。

 そりゃあ侵略受けても勝てんよ。


「すまないな。えーと、とりあえずどうすればいい?」


「そうですね、ご署名は私で代筆しますので、アラシ様には拇印をお願いします」


 そう言ってラベイルは、契約書に『アラシ・カザミ』と記入すると、その契約書と一緒にナイフを差し出してきた。

 え、何? もういっぺん死んで見せろと?


『拇印用と思われます。エイルヴァーナにおいて、契約を結ぶ際には親指を切って血を出し、それを用いて拇印を押すのです』


 ああ、そういうこと。

 用途がわかったので、早速ナイフを親指に押し当てて指を切る。

 少々の痛みと共に血が流れるが、それ以上の痛みと出血を経験してるから今さら気にならないな。

 血が出た親指を署名の横に当てて押印完了だ。朱肉や印鑑が普及していない頃の地球も、こんな感じだったのかな。


「はい、ありがとうございます。ではアラシ様、これからも当商会をご贔屓にお願いしますね」


「ああ、よろしく頼む。あ、そうだ。俺は今、旅の最中でな。しばらくはフロウフォンに滞在するつもりだが、可能なら定住もしようと考えている。その辺決まったら教えるよ」


「かしこまりました。では、依頼の件はそれが落ち着いてからで構いませんので」


「助かる。それじゃあ、また次の機会に」


 さて、用も済んだので、俺はこの辺でお暇するとしよう。

 明日には国境を越えて、フロウフォンの町を目指す予定だ。

 ラベイル商会のギルドハウスを出て、国境線の付近で野宿するとしよう。

 本当なら、そのままラベイルに交渉して一晩泊めてもらっても良かったが、契約を交わしたとはいえ、頻繁に借りを作りたくないので、野宿を選択した。

 ああいう商会相手に借りを作ったら、変なとこで回収されかねないとは、ラノベの受け売りだ。

 何だかんだ読んでたラノベに助けられてんな俺。


「まぁ、野宿を経験すんのも悪くはねーよな。どうせ死んでも復活するんだし」


 例え獣に食われようと、盗賊に襲われようと、リスポーン地点で復活する身だ。何も恐れることはない。


「……いや、普通は恐れることだよな、死ってのは。召喚二日目にして、もう感覚バグってきたか?」


 そりゃあ、初日に腹かっ捌かれて、叩き潰されて串刺しにされてぐちゃぐちゃにされて殴り殺されて、その翌日に五回も自殺すりゃ、死に対する恐怖も薄らぐってモンよ。

 ……これ、仮に元の世界に戻ったとしたら危なくねーか? 死んでも生き返る、と勘違いしてサクッと命落としかねないぞ。


「まぁ、戻りゃしねーんだろうけど」


 ガイドも戻る方法はわからないらしいし、しばらくは帰還出来ないものと考えていいだろう。

 もはや描き慣れた円を叩いてリスポーン地点を更新。

 パンと干し肉を腹に収めたら、明日に備えて寝るとしますか。

 星と月明かりが照らす宵闇の中、俺は草原に横たわって眠りにつく。

 途中で起こされないことを祈って、おやすみ。

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