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企画「ELEMENT」 参加作品

蓋って投げるもんじゃないの?

作者: 三箱

 ここはとある学校の食堂である。

 ちょっと気だるそうな男子生徒とやんちゃそうな女子生徒と、一見普通そうだが変な空気を持っている男子生徒という面白い三人組が、仲良くご飯を食べているときのこと。


「蓋って投げるもんじゃないの?」


 隣に座ってコロッケ一個を丸々食べようとしている夜弦(よづる)が、何の脈絡もなく突然言い出した。

 俺は思わずスプーンを止めて短髪の当人を凝視した。


「でたよ。とんでも発言」

「だってあれ。フリスビーみたいに投げたら飛びそうじゃん。それに三個あればジャグリングできるし」


 モグモグと口を動かしながらアニメの童顔男性キャラ並みのクリっとした丸い目をキラキラさせている。

 いや、フリスビーはまだ分かるけど、三つ集めてジャグリングって、何を目指しているんだ。


「ふ。ぷっ。ヨッ君笑わせないでよ。危うく喉つまらせるところだった」


 近くで口を押さえて肩をプルプル震わせている女子がいた。青い髪止めリボンが目立つ幼なじみの美喜(みき)である。

 ツボが浅いことで。


「でも蓋って塞ぐ以外の用途ってそれくらいしかなくない?」

「いやそもそも上から塞ぐ以外の用途必要か?」

「それが必要なんだよ」


 「はあー」と深いため息をつきながら、食べ終えたトレイを少し横にずらして頬杖をつく夜弦。

 これはあれか。「何があった」と訊いてほしいという合図なのだろうか。そのまま尋ねるのも何か癪ではあるな。どうしようか。


「何があったの?」


 と考えている間に美喜が早くも訊いていた。

 もうほとんど美喜に任せようか。


「この前。親に頼まれて買い物に行って、そしたら蓋のサイズがわからなくて、スマホも忘れたし帰るのもだるくて、サイズ近そうな蓋を三つ買ったら全部違うくて、めちゃくちゃ親に怒られたんだ。それでどうにかできないかと考えているんだ」

「あー。それでぇ。ぷっ」


 美喜はお腹を押さえてまで笑いを堪えるのに必死になっていた。まともに会話できんなこいつ。ツボが浅いというより、わりと酷いな。

 夜弦もわからないからって蓋を三つも買うのか。フツーに金かかるから嫌なはずなんだけど。

 色々ツッコミたいところだが、面倒だからやめておく。


「ということで、二人とも蓋いらない!?」

「いらん」

「私もっ。ちょっとね」

「だよねー」


 夜弦はげんなりとした表情で崩れ落ち、テーブルに顎をのせる。

 分かりきっていたことだろう。偶然にもピンポイントでそのサイズの蓋が欲しい人なんているとは思えない。それにそれを尋ねる人がいるのだろうか。


「じゃあ。ジャグリングでもしてお金でも稼ぐか」

「ちょっとコンビニ寄るノリで言うことか?」


 発想が斜め上どころか虚数空間から現れたんじゃないかのレベルだよ。もう反射的にツッコミをいれてしまった。


「私っ、もうっ、腹筋が限界っ」


 美喜が抱腹絶倒寸前である。さっきから美喜のカツ丼が全く減っていない。


「つうか金稼ぐってビジョンがデカすぎる。それにお前ジャグリングできるのか?」

「全くできない!」


 ムクッと起き上がってグッとガッツポーズをする。何だよそのダメな方の自信は。


「だって投資した分返ってくるようなことしないと、割に合わないって」

「投資って。フツーにどこかのフリーマーケットで売るか、店に買い取ってもらうとか」

「それじゃあ。なんか負けた気がする」

「何にだよ!」


 こいつは何に対して張り合っているのだろうか、いやもう相手にするだけ無駄な気がする。もう自己完結してるし。


「ということでジャグリングに詳しそうな人を探しに行く! それじゃあ!」


 そういうとトレイを持ち上げて、この場を去っていった。

 残された二人に降りてくる沈黙。そして……。


「ふっふっ。ははははははっ!」


 我慢していた分があふれでるように、笑いが止まらなくなった美喜である。必死にお腹を両腕で抱えている。笑いすぎて死にはしないだろうかと不安が過るほどだった。

 あまりにもの光景に周りの生徒から変な視線が注がれる。それを俺も美喜も気にしない。たまにあることだから視線には慣れていた。

 俺は美喜の姿を遠目で眺めながら残りのカレー食べ始めた。


 ちょうど食べ終えた頃、美喜は震える手でコップをつかみ、笑いで止まらない口に無理やりコップを押し込み、入っている緑茶をイッキ飲みした。そして大きく深呼吸をして、笑いを落ち着かせた。


「あー。笑いすぎて死ぬかと思った」

「本当に毎回思うわそれ。ツボが浅いわ」

「いいじゃん笑うのは、いいことだよ!」

「もっと品を持って笑う方がいいんじゃないのか」

「えー。そんな着飾った笑い。猫被っているようで嫌だ」

「あっそ」


 美喜はトレイにのった食べかけのカツ丼に漸く手をつける。ご飯の上にあるカツの一切れを箸で挟んで持ち上げ、パクっと口の中に入れてモグモグと食べる。美味しそうに少し頬に手を添えて満足そうに味わう。

 その姿を俺はぼんやりと眺める。

 男子みたいな豪快さにサバサバしていて表裏がないところは良いんだけど、たまに壊れるからなこいつ。そんで色々雑なくせに、リボンだけはしっかりつけるんだよな。


「で、どうするんだろうねヨッ君」


 食べながらもじっと俺を見つめ返す美喜。


「知らん。何とかするんじゃないのか」


 当てがあるようには思えないけどな。俺は横を向いて頬杖をついてだるそうに話を聞く。


「でもジャグリングできる人いるのかなこの学校に」

「さあ。どうだろうな。いても一人ぐらいじゃないのか」

「囲碁やっている人いるらしいからいるんじゃない?」

「なんだその例え」


 美喜も夜弦ほどでもないにしろ、時々変な事を言ったりする。


「だってこの前の朝礼で囲碁部が県大会準優勝って聞いたときに、そんな部活が存在するんだと思ったからさあ」

「そりゃお前が知らなさすぎだ」

(けい)ちゃんは知っていたの?」

「そりゃあ部長が知っている奴だからな」

「それ初耳」


 驚きつつもガツガツと残ったご飯を食べつづける美喜である。

 部長と知り合いと言っても中学の時の話だ。高校になってから同じクラスになってないからもうあんまり話してないな。

 でもまあ……。準優勝祝いに顔でも見せて話でもするか。

 俺は少し上向きで考えつつ、コップに残っていた水を飲み干した。

 気がつくと美喜はもう全部食べ終えていた。バンと派手に音を立てて箸をトレイの上に置き、近くにある入れ物から爪楊枝を抜き取り、歯の掃除をし始める。

 よくもまあ気にせずに堂々とするなあ。


「それでまた尾行するつもりか」

「もちろん!」


 夜弦の人間観察が美喜のマイブームらしい。もはやストーカーだろ。


「本当に飽きないな」

「だってヨッ君の言動がわたしの想像を越えてくるから面白い。私も蓋の活用法を考えたけど、不良に絡まれたときのシールドぐらいしか思い付かなかったんだから」


 思考が男子だよ。俺も昔そんなこと考えたことあったけど。


「全くお前、本当にあいつのこと好きだな」

「あ。でも恋愛対象じゃないよ」


 すぐに真顔になり淡白に答えた。

 これは意外だった。てっきり好きなのかと思っていた。切り替わりが劇的すぎてちょっと怖いな。


「じゃあ。なんだ?」

「なんというか、珍獣?」

「ん?」

「そうそう珍獣観察みたいな感じ!」

「身も蓋もねえな!」


 夜弦のことを珍獣とか、もっとオブラートに包んで言えんのか。いやここまでくると清々しい。


「大丈夫大丈夫。例えだから」

「どこが大丈夫なんだか」


 夜弦も夜弦で美喜も美喜か、どっちも方向性の違う変人だ。まあ退屈はしないからいいけど。


「よし。じゃあ行こう!」 


 ガチャガチャと食器がぶつかる音を鳴らしながら、トレイを持って立ち上がる美喜。


「俺は行かんぞ。ストーカー趣味は無いぞ」

「ええー。わかった」

 

 きっぱり答えるとジトーとした目を俺に向けてくる。いつものことだから気にしないでおく。


「まあ。出口まではついていくわ」

「そ、そう。ありがとう」


 重い腰を上げて横に並ぶと、髪止めのリボンが機嫌良く揺れる美喜である。それに気づきながらも気づかないフリをして歩く俺だった。


 食堂を出た瞬間、見覚えのある男子が俺たちの前に走ってき、目の前で急停止した。

 息を切らしながらも目を輝かせながら話し始めた。


「蓋、売れたよ! 買った値段のそのままで!」

「……え?」


 唐突すぎる出来事に、俺は絶句し、美喜は顔を逸らしてプルプルと震える。

 たったの五分から十分で何が起きたのだ。

 状況を理解する前に、夜弦は話を続ける。


「『ジャグリング詳しい人』って廊下で手当たり次第訊いてみたら、一人声をかけてきて、それで蓋の話したら『君が買った蓋の値段で買う! いや少し高めに買う』って言い出したから、勢いに負けて売ったよ。高めに買ってもらうのは悪いから僕が買った値段と同じにしてもらったけどね」


 めっちゃくちゃスッキリした顔で語った夜弦であった。

 本当にとんでもない奴だな。廊下でゲリラ的に訊く行動力とか。しかもそんなもの買う物好きに偶然出会(でくわ)す運とか凄すぎる。結局売ってるし。

 美喜の珍獣表現もあながち間違っていないかもしれん。


「じゃあ。このあと用事あるからまたね」

「お、おう」


 手を振って走る夜弦に対し、俺は小さく手を挙げたのだった。

 しばらく思考が追い付いていなかった。とりあえず蓋を買ったやつの顔を見て礼を言っておかないとな。と思ったぐらいだった。


「ふっ。ふっ。あはははははははは」


 今日二回目の美喜の大爆笑。周りの生徒からの注目が集まっていく。

 やれやれと俺はため息をつきながら、美喜の肩と腕を掴んで人気の少ないところまでつれていくのであった。


「やっぱり面白い」

「あーそうだな」


 今日も退屈しない日を送れそうだ。

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