第4話
スライムを廊下に放り投げたメイドさんは、どこに隠していたのか、細いロングソードを片手に装備している。
江戸時代とかならまだしも、現代日本において、ガチもんの剣を持っているとしたら、銃刀法違反で即逮捕だ。
偽物なら何の問題もないが、太陽の光を反射して輝く刀身は、おもちゃにしてはリアルすぎる
「万が一、勇者様がこれで死んでたら、責任取れんのかお前! おい、聞いてんのか! おい、おい、おい!」
何かのスイッチを押してしまい、キャラ崩壊しちゃってるメイドさんが、剣を左右に軽く振って、スライムをこれでもかってくらいに滅多切りにしている。
ぶよぶよ、ぬるぬるのスライムの身体が、一振りごとに綺麗に切り裂かれる。
まだ信じ切れていないが、俺に襲い掛かってきたスライムは間違いなく実態があった。
ゲームの中での話のはずが、どういうわけか、現実世界に実在している。
スライムも本物、メイドさんが持つロングソードも本物。
メイドさんの設定とばかり思っていたが、ここにきて、現実味を帯びてきた。
もしかして、俺が勇者の転生した姿という話も本当なんじゃ――
「おらっ! 何か言えよ、この最底辺が! スライム風情が人間様を無視してんじゃねえぞ!」
「あのっ、その辺にしてあげてください。スライムさん、原型の100分の1スケールまで小さくなっちゃってますし……」
「うるせえ、邪魔すんな……って勇者様!? 私、また我を忘れて……」
一瞬、物凄く強烈な罵声を浴びせられたが、俺の声がようやく届いたらしく、振り回していた剣が力なく卸される。
メイドさんによる攻撃が止まった数秒後に、スライムの身体が突然、空中に四散した。
モンスターが倒された、ということなのだろうか。
とにかく、メイドさんのバーサーカーっぷりを人様に見せて、一緒に通報される、なんて最悪の事態は防いだ。
こんな物騒なものを持って、暴れているところを目撃されたら、言い訳のしようがない。
「本当に申し訳ございません。勇者様に何たる無礼を……こうなったら、死んで詫びます」
「まてまてまてまてまて! とりあえず、落ち着こう? なっ? まずは部屋に戻って…」
——ガチャリ
かなり近くで、鍵が開いた音がした。
どうやらロックが解除されたのはお隣さんのドアで、ゆっくりと開いた扉から、こちらを覗き込む若い女性の姿が見える。
「お隣の出水さん…ですよね? 少し騒がしかったので様子を見に来たのですが…」
遅かった。
これは 完全に見られた。
メイドさんに勇者呼ばわりさせ、冒険プレイを強要させていると思われてたに違いない。
なるべく近所とは不干渉で、普通の人として認識してもらう努力を務めていたのに…。
いや、まだ諦めるのは早い。
聞かれてはいたかもしれないが、謎のスライムとの戦闘は見られていない。
既に首元まで当てられているメイドさんのロングソードをオモチャと認識してもらえれば、挽回できるはずだ。
「いや、これには深い訳が…。突然メイドさんが、チャンバラごっこをしたいって言い出して、仕方なくノッてあげたというか、そうじゃないというか…」
「さっきから何を1人で言ってるんですか? とにかく、部屋の中まで声が響いてるんで、静かにしてください 」
「本当、申し訳ございません…。このメイドには俺からキツく言っておくので…」
ん?
今この人、1人って言わなかったか?
「1人で冒険ごっこって、相当ヤバイ人ね…」
扉の締まり際にボソッと呟かれた、お隣さんの言葉が、俺に大きな精神的ダメージと確信を与えた。
どうやら、この後ろで自殺しようとしているメイドの姿は、俺にしか見えていないようだ。