第2話
「ふ、不法侵入ってやつなのかこれ! 警察に通報? いやそれより逃げるのが先か、どうしよどうしよ」
「勇者様?」
正座したまま首を傾げるメイドさんの顔に見覚えはない。
知り合いではないし、なぜこの家で正座をして、じっとしているのか見当もつかない。
というか目的云々の前に、立派な犯罪だ。
めちゃくちゃかわいいけど犯罪には変わりない。
ドアのカギは閉まっていたし、窓も空いていない。
このメイドさんがどうやって入って来たかわからないが、とりあえず恐怖でしかない。
めちゃくちゃかわいいけど。
そもそもこのメイドさんは、俺のことを勇者と呼んでいないか?
お店ではそういう不思議ちゃん設定なのだろうか。
それとも、俺のことがカッコよくて勇者という呼び方をしているのだろうか。
後者は確実にないな。うん、絶対にない。
「あの、勇者様?」
「うわああっ。な、なんでしょう」
電話で警察に通報するか、とりあえず外に出た方がいいか、そもそもこのメイドさん何者なんだとか色々考えながら、廊下をウロウロしていたら、いつの間にかメイドさんが立ち上がって俺の目の前に立っていた。
予想外の急接近に、思わず聞き返してしまった。
勇者設定で話に応じちゃった自分が今更恥ずかしくなる。
大体なんだ、勇者って。
こんな陰キャ、勇者って柄じゃないだろ。
どっちかっていうと、魔王側の初期の雑魚キャラって感じだ。
「私のこと覚えていませんか?」
「申し訳ないけど、全く……。秋葉原にはいくけど、メイド喫茶はボッチにはキツイし……」
「やはり、転生の影響で記憶が上書きされているのですね……」
高校入学までの春休みで成長し、170ちょうどになった俺を見上げる形で話していたメイドさんが、悲しそうな顔をして俯いてしまった。
フリフリのカチューシャが横向きになり、茶髪のショートカットの後頭部が俺の視線の先に来る。
こういう時、陽キャのイケメン達はそっと髪を撫でて慰めてあげたりするのだろうか――
おかしい。おかしいぞ。何かがおかしい。
いくらこのメイドさんが可愛いからって、さっきまでは不法侵入者という認識を持って警戒していたのに、いつの間にか普通に会話して、普通に接している。
クラスの女子と話すときなんて、目を当てられない感じになるのに、初対面のこのメイドさんとは何も問題がない。
俺がそんな風に普通に話せるのは、長い間一緒にいる人だけだ。
両親はもちろん、親戚や、幼馴染の香織ちゃんくらいだ。
俺はもしかして、このメイドさんと本当はどこかで仲良くなっていたりするのだろうか……。
というか、このメイドさん。今度は転生とか言ってなかったか?
勇者だとか転生だとか異世界系の設定だったりするのかな。
「あの――……もしかして、俺たちどこかで会ってたりします?」
恐る恐る小声で問いかけてみると、メイドさんがピクッと反応して、俯いたまま床に正座してしまった。
なんかよくわからないけど、思わず後ずさりして距離を取ってしまう。
ゆっくりと顔を上げたメイドさんは、俺の目を真っ直ぐと見つめて口を開いた。
「貴方は勇者シュヴァルツ・ロイス。魔王を倒して、世界を救った英雄です」