第1話
「それでは帰りのホームルームを終わります。寄り道をしないで、まっすぐ帰るように」
退屈な学校が今日も終わった。
先生が教室から出ると、遊びの誘いや部活の話でクラスは一気に騒がしくなる。
「ねえねえ、今からカラオケ行こうよ」
「今日の練習、ロードじゃん……。休みたくなってきたわ」
「ダーリン、今日は家に誰も居ないから来ない?」
表情は様々だが、忙しく口を動かす彼らからは等しくリア充オーラが溢れている。
オーラといっても、俺が能力者で、そういう目に見えない何かが見えるとかいうわけじゃない。
そんな中二病的な発想は去年、中学を卒業した時に置いてきた。
オーラというのは、俺のような帰宅部、友達ゼロのスクールカースト最下位の陰キャだからこそ眩しく見える、キラキラとした彼らのリア充っぷりのことだ。
同じ教室にいるのに、住む世界が違うと思うことが度々ある。
その度に、俺は自分がみじめになり、何とも言えない暗い気持ちになる。
「他にカラオケ、誰か誘う?」
「そこで暇してそうな出水君とかは?」
「あ――……まあ、うん」
「ちょっと、ねえ」
「なんというかなあ……」
偶然聞こえた、近くのグループの会話が俺の豆腐メンタルをズバズバ切り裂く。
なんだその歯切れの悪い返事は。
まだ、あまり仲良くないから、って感じでバッサリ断ってくれた方がいい。
別にいじめられている訳じゃないし、皆から無視されている訳でもない。
ただただ、友達がいないだけ。
いわゆるボッチというやつだ。
いいもんね。俺はみんなでワイワイ遊ぶとか興味ないし。
そもそも、先生が寄り道するなって言ってるのに、放課後遊びに行くとか論外だ。
俺がチクれば、お前ら全員謹慎なんだぞ……。
心の中で言ってて悲しくなる。
「ネガティブモードに入る前に教室出よう……」
人がいないルートを即座に割り出して、リア充空間から抜け出す。
早足で下駄箱まで移動し、靴に履き替え、校門まで小走り。
ここまでくれば、ボッチの俺の空間だ。
小走りをジョギングくらいの速さに変更し、風を感じながら軽快にアスファルトを蹴る。
目的地は楽園。
誰にも、何にも邪魔されない俺だけの空間。
そこでは好きな時に食べて、好きな時に飲んで、好きな時に寝ることが出来る。
さらには漫画、ゲーム、アニメ、俺が好きなものが沢山集まっている夢の場所。
つまりはマイハウス。
俺の家だ。
正確にはマンションの一室。
海外赴任で両親がアメリカに行っているため、1人っ子の俺は中学生の時から1人暮らしを強いられている。
最初は家事全般がとてつもなく大変で、アメリカ移住も考えたが、今では仕送りさえあれば、人間らしい生活を出来るようになるまで成長した。
校門から10分ほど軽く走ったところで、ようやくマンションのエントランスに着く。
エレベーターで他の乗客と乗り合わせた時の無言の時間がダメな人なので、ジョギングの勢いのまま階段を駆け上がる。
目的地の3階に着き、廊下の角に位置する301号室のカギを回して、勢いよくドアを開ける。
ここが楽園。
学校では陰キャだろうが、ここでは関係ない。
「高校1年生、出水秀平 ただいま帰りました!」
玄関に着くや否や、外では一度も出したことのない、大きく元気な声を出す。
家ではずっとこんな感じだ。
外で抑圧されたエネルギーをここで発散させてるような感じ。
お風呂やトイレや物置を無視して廊下を進み、突き当りの広い空間――リビングに直行。
今日はテレビで大乱闘の気分だ。
「リビングにもただいま!」
「おかえりなさいませ、勇者様」
「はいはい、ただいま――――って誰ええええええええええ!?」
本来、絶対に帰ってこないはずの「おかえり」。
リビングのフローリングの床に、その声の主はいた。
俺の俺による俺のための楽園に、場違いな可愛いメイドさんがちょこんと正座していた。