プロローグ
今、俺は学校の校庭にいる。
周りには、下校中の生徒や、部活カースト上位のサッカー部、走り込みをしている陸上部など、沢山の人間が様々な表情をしている。
その中、明らかに場違いな存在が一体と一人と一振り。
一体は靴箱の前で仁王立ちしているゴブリン。
人間とは程遠い、緑色の肌に、ボディービルダーでもあり得ない、横に広い筋骨隆々な身体。
何より、右手で軽々担いでいる、人間大の棍棒が異様さを放っている。
女子が見たら、悲鳴を挙げて失神するレベルのビジュアルだ。
男子の俺でも十分に泡吹いて倒れる自信がある。
それなのに、生徒たちの誰も、ゴブリンに目を向けないし、声を上げない。
一人は俺の隣で真っ直ぐに、そのゴブリンを見据えている美少女エミル。
十割制服の空間で、メイド服を着ているというのに、誰からも存在を認識されていない。
健全な男子高校生なら、ちらりと視線を投げかけてしまう状況だというのに。
一振りは、俺が両手で構えている聖剣エクスカリバー。
友達ゼロ、帰宅部で非モテ陰キャの俺は、太陽に照らされ、煌々と輝く聖剣エクスカリバーを構えていても、誰からも興味を示されないらしい。
いや、さっきから視線はちょくちょくと感じる。
しかし、それはエクスカリバーに対してではなく、何もない空間で一人、両手を前に突き出している、イタい俺に対してだが。
「なあ、エミル。確認のために、もう一度言ってくれないか?」
「構いませんよ。異世界から転移してきた存在は、地球の人間には見えないし、干渉しません。私はもちろん、目の前にいるゴブリンも、ここにいる人間には見えていません」
ゴブリンから目を離さず、淡々と隣のメイドは説明をする。
この異常な空間を共有しているのは、俺とエミルとゴブリンだけということだ。
「ヴガアアアアアアアアア!」
「うわっ!? こいつこっちに来たぞ!」
ゴブリンから大分距離を取っていたはずなのだが、どうやら俺たちに気づいたらしい。
棍棒を片手で振り回しながら、短いながら太い足でドスドス、とこちらに近づいてくる。
「おいおいおい、これどうすればいいの! 身体全体が生まれたての小鹿みたいに震えてるんだけど!」
「さっき教えたとおりに、全力で叫んでください! 勇者様の力があれば、あれくらいの敵、一撃で葬れます!」
「一応聞くけど、目の前の怪物も隣のメイドさんも俺の持っている聖剣もみんなには見えてないんだよね!」
「その通りです」
相変わらずの無表情でエミルがコクりと頷く。
「でも、みんなから見て、俺は存在してるんだよね。つまり、声も聞こえるってことでオッケー?」
「その確認に何の意味があるのかわかりませんが、オッケーです。さあ、早く! もうゴブリンの攻撃範囲に入ってます!」
確認の意味は大いにある。
今から俺がすることは、今まで積み重ねてきた黒歴史の比にならないくらい恥ずかしい。
視界が一気に暗くなる。
俺の二倍はある、ゴブリンの巨体が目の前に迫り、陰に飲み込まれたのだ。
限界まで首を曲げて見上げると、両手で棍棒を持ち直し、思いっきり後ろに振り被っている姿が確認できる。
やるしかない。
このままだと、何も成し遂げないまま、死を迎えてしまう。
覚悟を決め、聖剣を握る両手の力を強める。
大きく息を吸い込み、空気を貯め――
「悪を穿ち、善を守る聖なる剣よ。我は魔を統べる王を滅ぼす者也。勇者シュヴァルツ・ロイスに、その力を与えたまえ!」
――たまえ、たまえ、たまえ……
時が止まる。
クラウチングスタートの体勢でスタートの合図を待っていた陸上部も。
味方からのスルーパスに抜け出したストライカ―も。
人目を憚らずキスをしようとしていたカップルも。
学校全体に俺の声が響き渡り、その場にいた生徒の視線がすべて集まる。
終わった。
完全に終わった。
これで俺は明日から、高校生まで中二病を引きずっているイタすぎる人という目で見られるに違いない。
どうしてこうなったんだ。
絶対におかしいじゃないか。
非モテ陰キャの俺が世界を救うことになるなんて……。