社食だべりんぐ
社員食堂で満腹ランチのメインディッシュであるハンバーグを口に運びつつ、小太りの男が先を促した。
テーブルの向かい側に座っている目つきのキツイ女は、ヘルシーランチの豆腐サラダを飲み込むと、ひとつ頷いて話を続ける。
「……でね、先方が、うちの事業所が入ってるビルに移転してこないかって、誘ってきてるらしいわ。それで、前から話のあった海外進出と、国内の事業所の移転と、どっちを先にするかトップで話し合ってる最中なんですって」
「えー? 移転になるかもしれないのー?」
女の隣に座っていた丸っこい顔立ちの娘が、少し困っている風情で言った。弁当箱からブロッコリーを取り出していた箸の動きが止まる。
「? 何かイヤなの?」
「イヤっていうか……だって、WEBサイトの発注、もう済んじゃったもの。直通の番号と一緒に所在地も書いちゃったのに」
書かない方が良かったかな? とか、(仮)にしておけば……とか、あれこれ言って首を傾げる娘に、良いから食べなさいよ、と女がつっこんだ。
「どうしようかしら。実は、意見求められてるのよ。どっちを優先するべきか? って」
「えー、海外進出、良いじゃない。外国に旅行に行った友達がね、『空の色まで違う』って言ってたわよ」
「おいおい、移転が先だろ。うちの社訓、忘れたのかよ。『地に足をつけて歩めば花を咲かせられる』だろ」
『空』だの『花』だの、微妙に綺麗げな口論を展開している二人を横目に、女はランチを平らげて箸を置いた。とりあえず、どっちを優先するべきかの論争はもっと見識のある年季の入ったメンバーにも聞いてみようと、ぼんやり考えて食後の茶をすする。女もどちらかと言えば海外進出のほうが乗り気なのだが、もし移転に充分な必要性があるなら確かにそちらが先のような。
迷う女の耳に、休憩時間が残り十五分になったことを告げるメロディーが届き始めた。