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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
99/232

99 力量

 順調に進むかと思われた疾の逃亡劇は、しかしある意味予定調和にテンポが乱れた。


「──っ」


 がくん、と走り続けていた足から力が抜け、膝が折れる。慌てて足に力を込め直し、疾は軽く跳躍した。屍鬼の囲いを抜けつつ残した魔道具が閃光を撒き散らす間に逃げだした疾は、顔を歪めた。


(……まずい。魔力切れだけじゃないな……くそっ)


 魔術も、異能も併用しての戦闘は、どうやら単体で使用するよりも魔力消費が激しいらしい。おまけに冥官の言う通り、体力の消耗が尋常ではない。呼吸が乱れるのを精一杯おさえていたが、ここに来て限界を迎えつつあった。

 足を止めたらそのまま動けなくなりそうな虚脱感。やけに重く、力の入りにくい身体。気を抜くと思考が散漫になって、屍鬼に追いつかれてしまう。


「は……っ!?」


 堪えきれずに吐きだした呼気の音が響くか響かないかで、疾の身体がつんのめるようにバランスを崩した。


「!」


 骨に響く痛みに、疾は歯を食いしばる。爪が肉に食い込むほど強く足首を掴んだ屍鬼が、にいと嗤った。


「くそ──」


 即座に銃口を向けて弾き飛ばそうとしたが、寸前で頭上から飛びかかってきた屍鬼へと照準の変更を余儀なくされる。舌打ちをして、左手で引き金を引いた。魔術で暴風を生みだし、四方八方から飛びかかってくる屍鬼を吹き飛ばす。

 くらり、と目眩がした。魔力切れの症状に一瞬意識を取られた疾は、足首にかかる力が増したのに逆らえずにバランスを崩す。


 ジュウ、と。

 肉の焦げる音が、した。


「ぁ、ぐ……!」


 溢れそうな悲鳴を、奥歯を食いしばって噛み殺した。灼け付くような痛みに意識をもっていかれそうになるのを、気力だけで立て直す。


 池の中から伸びた屍鬼の腕に掴まれた左足は、これまで避け続けてきた血の池に引き込まれていた。


 身を捩り、疾は銃を続けざまに発砲した。姿の見えない屍鬼を打ち抜き、覚悟を決めて足を引き寄せる。途端増す痛みに、束の間息を止めた。

 左足は、見るも無残に焼けただれ、黒い煙を上げている。空気に触れて更に痛みを実感した疾は、恐ろしい勢いで流れ込む瘴気に対し、全力で異能を集中させた。


(やべえ……!)


 左足は痛みで感覚が鈍り、まともに走れそうもない。ただでさえ力が抜けつつあった足が負傷を庇いきれず、迂闊に走れば足をもつれさせそうだ。

 ぐっと歯を食いしばり、疾は両手の銃を振り回した。最小限の足捌きで身を翻し、周囲の屍鬼を撃ち抜いていく。牽制にしかならない攻撃をしばらく繰り返すうちに流れ込んだ瘴気を浄化した疾は、深く息を吸い込んで駆けだした。


「──!」


 激痛が駆け巡る。もはや呼吸を整える余裕もない疾は、それでも意識を思考を手放さずに逃げ惑う。追いすがる屍鬼を吹き飛ばし、振るわれる爪を躱しながら逃げ続けた疾だったが、限界は直ぐに訪れる。

 唐突に、膝が折れた。


「っ!」


 咄嗟に踏みとどまったが、大きく崩れた体勢までは立て直せない。無理矢理に力を込めて身を起こしたときには、屍鬼の群が至近距離に迫っていた。


(ま、ず……!?)


 咄嗟に異能を放出するも、屍鬼の勢いは止まらない。身を捩ってなんとか避けようとしたが、質量に押し潰される。避けきれなかった爪に負わされたかすり傷から、更に瘴気が流れ込んだ。


「ぐっ……」


 疾は悪足掻きと銃を乱発したが、屍鬼は仲間を壁に襲いかかる。懸命に異能を操り攻撃をいなそうとして──身体が、ふっと力を失った。


(なん──)


 脱力はほんの一瞬だったが、乱戦の中では致命傷。


「ぐ……がぁっ!?」


 地面に引き摺り落とされた疾は息を詰まらせながらも起き上がろうとして、背中に抉るような痛みを覚えて喘いだ。


「……!!」


 背中を押さえつける屍鬼の爪が、肉に食い込んでいる。決して浅くない傷を負ったまま無茶をしていた疾の意識が、揺らぐ。


「っう……」


 それでも逃れようと身動いだ疾の身体に、ますます爪が食い込む。傷から流れ込む瘴気に体温を根こそぎ奪われ、瞳が揺らぐ。


(……だ、めだ)


 本能が危機を告げるも、疾の身体は無数の屍鬼に取り押さえられて動かない。鋭い爪で全身を抉られ、流れ込んだ瘴気が疾の命を脅かしかけた──その時。



「──ここまでだな」


 声と共に、清冽な一陣の風が吹き抜けた。



『──!!!』


 耳障りな声と共に、屍鬼が消し飛んでいく。疾ごと吹き飛ばすような清浄な風は、疾の体内に巣くった瘴気すらも押し流して消滅させた。


「うん、期待した以上だ。最初にしては上出来だな」

「……ぁ……」


 傷までが癒えたわけではない。負傷だけでも命に関わる状態の疾を前にして、暢気に宣う冥官の言葉を最後に、疾の意識は落ちた。


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