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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
98/232

98 手の鳴る方に

(ありえねえ……!)


 内心であらん限りの罵詈雑言を吐き出す余裕すら、今の疾にはなかった。


 全力でその場からの離脱を計ったが、そもそも地獄から出る方法があるはずもなく。次から次へと襲いかかってくる屍鬼達から、蹴散らしつつ逃げ回るのがやっとだった。


「こんっ、の……!!」


 振りかぶられた爪を紙一重で躱し、身体をひねった体勢のまま銃を撃つ。大きく仰け反った屍鬼にトドメを刺す暇も無く、地面を蹴る。風が唸り、疾の服の裾に切れ目が入った。


(っ、上!)


 全身が痺れるような危機感に、視線より先に腕が跳ね上がり、指が引き金を引く。頭上で悲鳴が響き、ドス黒い血が降り注いできた。


「ちっ!」


 舌打ちを1つ。疾は一瞬だけ異能を放出して血を弾き飛ばし、同時に後方から飛びかかってきた屍鬼を背負い投げの要領で前方の屍鬼目掛けてぶん投げた。その反動を制御して横っ飛びに飛ぶことで包囲を抜け出し、疾は再び走り出す。


 ──キリがない。

 次から次へと群がってくる屍鬼は、一体一体は恐ろしく強いわけではない。一般的な妖、それよりやや上程度の手応えしかない。

 だが、屍鬼は。


 疾は飛び上がって足首を掴もうとしてくる屍鬼を避け、横から襲いかかってきた屍鬼の首を掴んだ。そのまま一気に異能を注ぎ込み、頃合いを見て地面に叩き付ける。

 耳障りな悲鳴が響いた。巻き込まれて押し潰された屍鬼にも異能の影響は及んだらしく、躯が大きく欠損している。だが疾は大きく飛んでその場から遠ざかり、銃を構えた。


 グチャリ。


 肉が擦れ合う嫌な音が響いたと思うと、屍鬼がゆらりと立ち上がる。みるみるうちに傷が塞がっていく屍鬼が飛びかかってくるより先に、疾は頭部に銃弾をぶち込んだ。


 弾け飛んだ頭部が戻るより先、首から下だけが疾へと襲いかかってくる。


「く……っそ!」


 その身が朽ち果てようとも止まらない。地獄に落とされた屍が、長き刻の中で鬼に成ったもの、それが屍鬼。

 だからこそ、屍鬼に「死」は存在しない。魂に課された苦役が怨念の化身を生みだしているのだ、いくら躯を攻撃しても意味は無い。

 屍鬼を倒すには、消滅させるしかないが──


(頭や心臓どころか全身穴だらけにしても滅びない……急所はどこだ)


 今までの交戦で一体も倒せていない現状に、疾は密かに歯噛みした。


 逃げども追われ続けるならば撃破すれば良い。これまではそういう戦いが多かったが……この場でその戦闘スタイルに意味は無い。そもそも、地獄に落ちた魂など無限に存在するのだから。


『おーい』


 と、四苦八苦しながら追いすがってきた屍鬼を迎え撃つ疾の耳に、暢気な声が響いた。


「あぁ!?」

『うわ、機嫌悪いな。折角こちらが助言を与えようとしているのに』

「要件はっ、とっとと……っ、済ませろ!!」


 寝言を抜かす諸悪の根源に言い返す間にも、次から次へと屍鬼が襲いかかってくる。それらを躱し、蹴飛ばし、銃弾を撃ち込みながら喚く疾に、相変わらず暢気に冥官は宣った。


『今の所は怪我をしていないようだから良いが。地獄は生気という生気を根こそぎ奪うんだ。結界を張っているとはいえ、地面踏みしめているから、普通の場よりも体力の消耗は大きいぞ』

「……っ!?」


 言葉の意味を理解した疾が、早く言えと怒鳴るより先に。


『更に怪我でもしようものなら、血を介して物凄い勢いで消耗するからな。その辺、上手くやれよ』

「ざ……っけんな!!」


 冗談抜きで血の気が引いた。今までだって髪の毛一筋のところで攻撃を躱していた場面が少なからずあった。それが命に関わる重大事態だったなどと、今更聞かされた方はたまったものじゃない。


 蹴り飛ばした屍鬼を足台に高々と飛び上がる。そのまま靴底にも障壁を展開し、生気の浪費を少しでも減らす。そのまま着地した疾は走りながら、ポケットに入れていた魔道具の1つを起動した。

 3度まで身代わりになる魔道具を防具代わりにしながら、疾は呼吸が乱れ始めているのに気付いて歯噛みした。……既に、予測した以上に体力が奪われている。


(ほんと、ふざけるなよ……!)


 逃げ回り、撃退しながらも決定打が見つけられないままだったが、疾は既に攻撃の来るタイミングを掴み始めていた。

 自分の走る速度、生者の気配を追う精度、屍鬼の移動速度。それらを計算に入れて、疾は少しでも交戦を減らすべく行動に移った。


 魔道具を取りだし高々と放り投げる。迫ってきた屍鬼を蹴り飛ばし、1歩踏み出して発砲。背後から振るわれた爪を躱し、横合いからの突進を銃弾で吹き飛ばす。

 疾は視線だけで周囲を確認し、低く伏せた。


 上空に、真空の刃が回転した。


 時間差で発動した魔道具にこめられた魔術に、疾にしか目が向いていなかった屍鬼どもは為す術も無く吹き飛ばされる。その行く先を見る事なく、疾は力強く地面を踏んだ。

 ぼこり、と盛り上がる地面を足場に飛び上がり、疾は再び魔道具を投げつける。今度は真っ先に破壊しようとする屍鬼目掛けて、立て続けに銃弾を撃ち込んだ。雷の属性を付加した魔力弾に感電した屍鬼の動きが鈍る。

 着地した疾はその場で魔術を発動し、その場にいる屍鬼どもを拘束魔術で縛り付けた。掛けだした疾は、残りの一体にあらん限りの力を込めた異能の銃弾をぶち込む。


「──!」

「っ、コレでも駄目かよ……!」


 一度は大きく弾け飛ぶも、みるみるうちに形を取り戻す屍鬼に疾は吐き捨てた。魔道具を発動して追いついた屍鬼ともども凍り付かせ、再び駆けだした。


 状況は余り良くない。屍鬼に対して使用した魔術の威力は、常より格段に落ちていた。現在の疾が許す技量と魔力量では、足止めにしかならない。

 だが、足止めになるのならばいくらでもやり用はあると、疾は思考を切り替えた。

 足止めを利用して逃げる方法ならば、手札は山ほどある。最小限の労力で逃亡経路を編み出すのは、魔力が少ない疾が魔術師を相手にする際、必須のスキルでもあるからだ。


(妖相手なら異能がある筈なのに、また逃げる羽目に……)


 やや複雑な思いを抱きつつ、疾は意識を広く巡らせた。あらゆる可能性の中から、これまでの屍鬼共の行動分析を基に想定する。次の襲撃はどのタイミングか、どのくらいの数が包囲してくるか。どの方向から攻めてくるか。敢えて選択肢を絞ることで、不意打ちのリスクを取りながらも対応の精度を上げることを優先し、突破口を見出す。


(──!)


 疾が左斜め上に銃を向け、発砲した。遠くで屍鬼の耳障りな悲鳴が響くと、ざわりと空気が動く。そして、──悲鳴の方向へと気配が動いていった。

 銃声を消しての遠隔攻撃。どうも屍鬼は生者の気配を察知するが、それ以上に音に反応しがちだ。だからこそ、敵に居場所を錯覚させる事が出来る。


(そもそも、ゾンビ紛いがどうやって聴覚視覚を維持してんのかって話だけどな)


 どうでも良い疑問が頭を掠めたが、直ぐに切り替えて次の手を打つ。魔術を、異能を駆使して着実に屍鬼の目を欺き、地獄を駆け抜けていった。


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