96 天与の才
「それじゃ、後は肝心の戦い方だが──」
身を起こした冥官の姿が、ぶれる。
「!?」
咄嗟に身を捩った疾の残像を切り裂く鋼の刃に、疾は地面を蹴り銃を構えた。距離を詰めてくる冥官へと牽制の銃弾を撃ち込むが、容易く切り捨てられる。
迫る刃に銃身を当てて軌道を逸らし、狙い澄まされた蹴りを避け──ようとして、疾の脇を掠める。
「っ」
痛みを無視して、疾は地面を蹴った。身を捩りつつ追撃を銃弾で躱そうとして──
「──それだ」
「……?」
ぴたりと動きを止めた冥官が放った言葉に、疾は眉を顰めて引き金を引いた。
「って、こら」
軽く手を掲げるだけで銃弾をいなし、冥官は少し呆れた様子で疾を見やる。
「こっちが攻撃を止めたんだから、対応しろ」
「ぬかせ、そもそもいきなり攻撃を仕掛けてきた張本人が」
思い切り眉を寄せ、疾は冥官を睨んだ。唐突に攻撃を仕掛けてきておいてこちらの攻撃には文句を言うなど、一体どういう精神だ。
「──いきなり?」
「あ?」
「いきなり、か?」
「……何が聞きたいのか具体的にいえ」
疾が単刀直入に返すと、冥官は何故か苦笑を滲ませた。
「そこはもう少し、気の利いた返しが欲しいところだな」
「で?」
戯言は切り捨てて聞いてやれば、冥官は1つ息をついて尋ねてくる。
「俺があのタイミングで、攻撃を仕掛ける可能性は一切頭になかったのか?」
「……少なくともあんな呼び出し方をされた時点で、いつどのタイミングで仕掛けられるかと警戒くらいはしていたが」
疾としては真っ当な訴えを兼ねて言い返すと、冥官は頷いた。
「じゃあ、どんな攻撃を仕掛けるのかは?」
「そりゃあ……」
ある程度は絞っていた、と答えかけて、疾は冥官の言わんとすることを理解する。
「……前回あれだけやられたからな。攻撃パターンはある程度は把握した」
「それが異常だという自覚をしろ」
「……?」
眉を寄せた疾に、冥官は薄く笑みを浮かべた。
「疾。自分に魔術の才能はないと、理解しているよな」
「……ああ」
「異能も、使いこなすことに関していえば、やはり才能はない」
「……そうだな」
いちいち言葉にされるのは癪だが、疾は全て肯定する。目を逸らしていた事を除いても、否、それを含めて、異能を使いこなす技能は低い。
「疾が戦うために選んだ術は、ことごとく才能が無かったかもしれない……まあ、体術はかなりのものだけどな」
けれど、と。冥官は目を細めて断言する。
「──武術も、魔術も、異能もかなわない俺に、一矢報いることが出来たのは、才能のお陰だろう」
直ぐに言葉の意味を理解した疾は、1度、2度と瞬いた。
「……才能といって良いのかは迷うけどな」
「あのな? ……才人の基準を疾の御母堂に置くのはやめたほうがいいぞ?」
なんだか物凄く微妙な顔をした冥官を見て、疾は眉を寄せた。
「会った事でもあるのか?」
「あの人な、俺らの世界でも要注意人物扱いだから」
「…………」
なるほど。疾の母親は、その才能1つで人外共にまで目を付けられているのか。……父親が神経質になるわけだ。
そして疾の方も、母親に圧倒的な差を見せつけられているうちに、少々感覚が狂ってしまっているらしい。
「疾と俺の実力差からいって、1度や2度ぶつかった程度で手の内を知られるわけないんだぞ、普通」
「大体のパターンくらいは掴めないか?」
「それが出来ると、一般に才能があると言うんだよ」
「……へえ」
そうとしか返せなかった疾に、冥官が苦笑した。
「本当に感覚が狂っているな」
「上には上がいると知ってるからな」
疾の最大の武器は、どうやらこの世界に入る前から自覚していた才能だったらしい。
相手の攻撃を目で見て取れずとも、初見であろうとも、数手先まで推測し、攻撃をいなし反撃する、あるいはダメージを軽減する為の身のこなしに繋げられるほどの──演算力。
「理解出来る」「予測出来る」という能力は、10年の経験すらをもひっくり返す可能性を持っているらしい。
どうにもしっくり来ないが、今後の参考に頭に入れておく。曖昧に頷いた疾に、冥官はもう1つ助言を投げ掛けてきた。
「隠すのはともかく、自分に対して嘘をつくのはやめたほうがいいぞ」
「肝に銘じておく」
その気はなかったが、そう見えるというのならばと疾は頷いた。




