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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
93/232

93 取引

「さて。取引と行こう」

「ここから先を聞きたければ、利を示せというわけか」


 疾にとって価値のあるものを仄めかし、興味を引いたところで要求を突き付ける。ありがちな交渉だが、効果は十分だろう。しかし疾は、最大限の警戒を持って続く言葉を待つ。


 前回の戦闘前にも、疑問には感じていた。何故、冥官は疾に鬼狩りを強制しておきながらなお、何かを求めるように戦ったのか。


「俺が求めるのは単純だ。俺の仕事を手伝え」

「内容は?」

「鬼狩り」

「……」


 バカにしているのかと思いかけて、疾は考え直す。意味のないやり取りは嫌うと、先程本人が言ったばかりだ。となると、考えられるのは。


「人鬼と、妖の変容以外にも、鬼と呼ばれるモノは存在するのか」

「人鬼狩りも手伝ってもらうけどな。まあ、そんなところだ」

「他には?」

「俺の仕事を当てられたら教えてやろう」


 にこり、と笑う冥官に苛立つ。無理もないとはいえ、あからさまな子供扱いは鬱陶しい。


「……三途の川の番人だったか」

「んー、そっちは獄卒達がきっちりやってるからな。俺は主に、扉の番人だ」

「扉……?」


 冥府に関わる知識は、残念ながら浅い。この1週間、動けない間に日本の神話や歴史を片っ端から漁ってみたが、鬼狩りや冥官については殆ど記述がなかったのだ。生者が関わる仕事にしては、その秘匿性は特筆すべきレベルだった。

 よって、現在疾の知識で「扉」がなんたるかを推測するには、情報が圧倒的に欠如していた。眉を顰めるしかない疾に、冥官はにこりと笑う。


「その辺りは要勉強ってところか。俺の術に歯が立たないのを見ても、疾は日本の術には疎そうだな」

「専門は魔術だからな。つーか、あん……冥官のそれは術とも違うだろう」

「ただの勉強不足だよ」

「…………」


 否定せずに黙り込んだ疾に、冥官は笑みを深める。



「正直者の疾に、俺からの対価を示そうか。……戦う術を、与えてやる」



「──」

「疾が持て余していた、異能の扱い方。鬼狩りとして必要な分は、取引をせずとも遠からず身につくだろう。だが、引き受けるなら、俺が疾の戦いの師匠になってやるぞ」


 その言葉に、疾は思わず苦笑を浮かべた。


「よく出来た取引だな、全く」

「だろう?」


 疾が力を付ければ、冥官の仕事をより手伝える。後進を育てる為の手間は惜しまない、というわけだ。

 ──育ててやるから、俺の役に立て。

 そんな、一方的な要求にしか聞こえない。……だが。


「条件3つ」

「1つだな」

「条件2つ」

「うーん、仕方ないな。俺を納得させられたら良いぞ」


 その言葉に顰めそうになる顔を叱咤し、笑顔を保つ。口八丁上等、利益はもぎ取るものだ。


「1つ目。冥官の仕事を手伝うことにより、時間が取られたんじゃ困る。俺は俺でやる事がある、鬼狩りだけに専念は出来ない」

「知ってるよ、閻魔帳確認させてもらったからな。よりによってな相手だよなあ」

「……勝手に人の人生覗くとは、いい趣味してやがるな」

「権限があるんだから、使うに決まっているだろう」


 にこやかに言われたが、寿命すら記されるという彼の書物を勝手に読まれるのは流石に気分が悪い。笑みを深めるも、声が低くなるのは止められなかった。


「うん、まあそこは配慮しよう。少なくとも、異世界にいる間に強制召喚はしないと約束する」

「足りねえ。こちとら準備が大前提の戦いだぞ、こっちの世界での時間を奪われたら命がない」

「それくらいは考えてやるさ。まだ高校生だしな」

「具体的には?」

「おいおいな。そこまで交渉されてやるつもりはないぞ?」


 にこりと微笑まれ、疾は内心肩をすくめた。線を引かれては仕方が無い。裁量権はあちらにあるのだ。


「2つ目。──仕事を行う期限。高校卒業……最大限譲歩して、大学卒業までが俺に提供出来る限度だ」


 疾の戦いは、然程長くはならない……しない。魔術師としての寿命が尽きる前に決着を付けなければならないのだ。その後のことを決めていないとはいえ、その後も自ら進んで戦いの場に身を置くかは分からない。

 その状況で、鬼狩りをいつまでも続けるのは避けたい。……本能が、命が幾つあっても足りない職業だと訴えている。『扉』という単語の意味は分からないのに、とんでもない寒気は覚えたのだから間違いない。


「それは甘いな」


 冥官の笑みが深まる。疾の思いを見透かしたような眼差しで、涼やかな声が答えた。


「最低限、死ぬまで、だ」

「……っ」

「出来れば未来永劫、俺の部下として働いてもらいたいものだが……まあ、流石に対価として割に合わない。とりあえず、疾の寿命が尽きるまで仕事は続けてもらう」


 ふざけるなと怒鳴りかけて、冥官と視線が絡んだ疾は言葉を呑み込んだ。

 寿命というしがらみを越え、千年の時を刻んだ黒曜の瞳は、魔性の赤を孕み、疾を取り込まんとする。



「──死神は、魂を導くもの。彷徨う魂を「川」へと誘い、輪廻の輪に戻す」



 冥官が腰の刀に触れた。鍔を鳴らして、言葉を空間に響かせる。



「──鬼狩りは、魂を終わらせるもの。行き着いた魂を刈り、「扉」が開くのを防ぐ」



 ぞくり、と。

 疾の背に、氷塊が滑るような寒気が落ちた。



「鬼狩りはだからこそ、忌み嫌われる。生者は死の気配を、死者は消滅の恐怖を感じ取るからだ。……1度鬼を狩れば、生涯。鬼狩りは魂を消した痕跡が残る」

「……だから、やめられないと?」

「続けざるをえないのも事実だな。神力を返上しても、魂を消した痕跡は消えない。結果、鬼には付け狙われ続ける。その紋様は、それを防ぐための防具でもあるんだ」

「ふざけたシステムだな」


 吐き捨てるようにして、疾は身に纏わり付く悪寒を振り払う。ふっと冥官が笑った。


「かもな。だが、誰かがしなければならない。死者の行進を防ぐ為にな」

「それを俺にやれと」

「疾の異能は、この上なく適性があるからな。……神力そのものではないが、十分だ」


 刀の柄から手を離し、冥官はにこりと笑みを浮かべて疾を見下ろした。


「というか、手遅れだったよな」

「さあな」


 何も知らず、瑠依を追う人鬼を倒してしまった件を暗に示され、疾は笑顔で軽く受け流してやった。……つくづく、知識不足で未知のものに相対しては間違いを選んでしまう自分の愚かさと運のなさには頭が痛い。


「ちなみに、1つだけ方法がある」

「方法?」

「鬼狩りの役割から離れる方法だ。何、簡単だぞ。後継者を探し出す、それだけだ」

「ほおお」


 疾は笑顔のまま冥官を睨み付けた。実にシンプルな方法ではあるが、明らかな欠陥が横たわっている。


「一応聞いてやる。神力を生まれつき持つ人間は、ここ百年生まれていないと聞いた。そして冥官は、ざっと千年仕事を続けているわけだ。……で。後継者を探し始めたのはいつだ」

「そりゃあ俺だって、未来永劫働き続けられるとも限らないからなあ。後継者は久しく探していたとも」


 つまり、鬼狩りの後継者を探すのは、世紀単位の時間が必要というわけだ。


「まあ、妥協点として、疾並みに鬼狩りの仕事を果たせる後継者を育てるのでもいいぞ。鬼狩り局にいる人材で、それを満たせる人間が居ればな」

「……その余裕面がうぜえ」

「ははは」


 無駄に明るい笑い声を振り撒き、冥官は笑顔で疾を見下ろした。


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