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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
92/232

92 呼び出し

「かっ、あ……」


 顎を捉えた強烈な一撃で吹き飛ばされ、為す術もなく床を転がる。次の攻撃から逃れようと身体に力を込めるも、動かない。揺らされた脳は、まともな命令を下せない。


「ぐ……っ」


 動けと、念じる。このまま死ぬわけにはいかないと、本能が急き立てる。だが、腕は不自然に震えるだけ。


「──終わりか」


 胸元を踏まれた。ただそれだけで肺の中の空気が吐き出され、まともに呼吸が出来ない。揺らいでいた意識が、酸素を奪われ更に遠のく。


(だめ、か……)


 視界に帳が落ちるのを、どこか遠くに感じて眺めていた、その時。

 ──外と中とを隔てていた「何か」が、叩き砕かれた。


「……瑠依……?」 


 ぽつりと呟かれた声。僅かに、胸元を押す力が緩む。声に釣られたように瞼を持ち上げ、辛うじて動く眼球を動かす。


「──!」


 遠くから、誰かが何かを喚いている。上手く聞き取れないのは、鼓膜でもやられたのか。


(……違う……魔道具が……?)


 壊れたのか。男の声は聞こえたのにと、違和感を感じたのは束の間。


「そうだな。これで、終わりにしよう」


 軽い声とは裏腹に、男は凄まじい力を拳に集約させる。


「……っ」


 焦燥とともに身動ぐも、やはり体は動かず。

 拳は過たず鳩尾に落とされ、疾の意識はそこで途切れた。





「……」


 目を覚ました疾は、あまりの夢見に思わず顔を顰める。


「……治って早々、これかよ」


 予想通り、全身の痛みに散々悩まされた疾がまともに動けるようになるまで、1週間掛かった。そしてようやく思うように訓練を終えたまさにその日に、何も一方的にやられたあの時の夢を視なくても良いだろうに。


「はあ……」


 溜息をついて、ゆっくりと体を起こす。夢をふと振り返り、疾はピアスに触れた。


(あれはやっぱり……瑠依、なんだろうな)


 父親の作った魔道具に干渉するほどの、否、冥官の結界を力尽くで破壊するほどの力。正直、会話をした時にはそれほどの力を持つようには見えなかった。隠している可能性も0ではないが……あの様子だと、限りなく0に近いだろう。

 鍛えられてもいない、知識も殆ど無い、荒削りなただの力。それだけで、男の結界を壊した。


(こちとら、異能を持ってもあの野郎の結界を破壊出来なかったんだがな)


 構造を読み取れなかったのもあるが、戦闘中に何度か結界の破壊を試みた疾としては、どうにもすっきり来ないものがある。異能に抵抗しながらも、術の破壊は自分の独壇場だという自負は一応あったらしい。


「ほんと……世界は広いってな」


 異世界に渡っていた時にも驚かされたが、この世界一つ取っても、本当に広い。疾如きの才能が霞むような能力が、次から次へと現れてはその威容を見せつける。感嘆と共に、なら、とも思う。

 なら、そんな才能に抗う為に、どう戦えば良いのか──


「──!?」


 刹那、疾は本能に促されるまま、ベッドから転がり落ちた。疾の影を射貫くように何かが通り過ぎ、甲高い音を立てて壁に突き刺さる。


「……っ」


 要塞にも等しいレベルまで防護システムを築き上げた自室で襲撃されたのは、これが初めてだ。次の攻撃を警戒して体勢を立て直した疾は、ふと壁に突き刺さったそれを見て、すっと息を吸い込む。


「……白羽の矢」


 弓矢を使うかどうかなど知りはしないが、この力の残滓を疾が見紛うはずもない。


「……あの野郎」


 地を這うような声で吐き捨て、疾は立ち上がる。追撃は案の定なく、疾は力任せに矢を引き抜く。白羽の根元に、文が結ばれていた。


『今宵子の刻、出会った場で待つ』

「普通に連絡寄越せよ……」


 当然の要求を誰も居ない空間に吐き出す虚しさに、疾はもう1度溜息をついた。






 約束の時間より少し早く到着した疾は、足音に振り返る。


「時間通りか、真面目だな」

「気のせいだろ」


 軽く一蹴するも、男は笑みを浮かべたまま。軽く首を傾げて、言った。


「じゃあ、行こうか」

「どこへ──」


 尋ねるより先に、視界が一変する。疾は言葉を呑み込み、周囲を見回した。白一色の世界は、2人の他に何もない。


「おや、冷静だな」

「俺程度でも転移魔術が使えるのに、あんたが出来ないとは思っていない」

「あんたと呼ばれるのもなんだか面映ゆいな。冥官とでも呼んでくれ」

「……会話する気ないのか」

「納得出来る答えが返ってきたんだから、話を次に進めて何かおかしいか?」

「……」


 真っ当な返しに見えてずれた感性に、疾は押し黙る。こういう会話をする人を、疾は1人知っている。


「俺も、他ではもう少し手間暇掛けて会話をするが。疾相手にそれが必要か?」


 うっすら笑みを浮かべて挑発をかけてきた冥官に、疾は顔を顰めた。


「……うぜえ」

「随分口が悪いな」

「その方が都合が良いだけだ」

「相手の感情を波立たせるのに、口調は確かに有用なリソースだな」

「動揺を誘う事を怯懦と言う気か?」

「なるほど。疾のアンバランスな強さは、そこから来るんだな」

「……何」


 言葉に含められたものを感じて、疾は眉を寄せた。冥官は笑みを浮かべたまま、少し首を傾げる。後ろに結われた長髪が、揺れた。

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