表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
91/232

91 鬼狩り局

 その後瑠依は、用は終わったとばかりにそそくさと消えていった。それを見送ってひとつ息をつくと、疾は視線をカーテンの影へ向ける。


「──それで?」

「……よく分かったわね。盗聴は得意な方なんだけど」

「盗聴を得意とする医療者っつうのも胡散臭いことこの上ねえな」


 姿を見せたのは、治療を行った女性だった。何故か苦い顔をして、疾を見下ろす。


「それにしても、随分酷い傷だったわね。無茶し過ぎよ」

「俺に言われてもな」


 怪我をさせたのは疾ではなく、あの男である。文句を言うならあちらではないのか。

 疾にとっては至って真っ当な主張だが、女性には気に入らなかったらしい。ますます表情が苦みを増す。


「いいえ。冥官様が仰っていたわ。貴方はとっくに戦闘不可能な状態なのに、冥官様に敵意を向けるのをやめなかったと。……何故、勝てる訳もないのに、意味のない無茶をしたの?」


 意味がないと断ずる女性に、疾は口を曲げて笑って見せた。


「あんたがそう思うなら、そう思っておけばいいんじゃねえの。想像力の足りない輩にいちいち説明してやる義理はねえしな」

「……なんですって」


 声を低めた女性を鼻で笑って、疾は立ち上がる。ふらつくのを堪えて歩き出した疾に、女性が慌てたように肩を掴んで引き留めてきた。


「ちょっと、何のつもり」

「治療は終わったんだろ。後は打ち身が治る時間稼ぎだ、ここに居座る理由もねえ」


 肩に置かれた手を引き剥がし、疾は素っ気なく言って歩き出す。慌てたように立ち塞がる女性に、溜息をついて言い放った。


「あの男からの話なんざ、どうせまた後でとか言われたんだろうが。別にそれまでここにいろとは言われていない、違うか」

「……」


 押し黙る女性。疾の推測は当たっていたらしい。肩をすくめ、女性を押しのける。


「……貴方。命に関わる怪我をしていたという自覚はないの?」

「あるからここを出たがっているんだがな」


 得体の知れない力に満ちた空間。それが必ずしも好ましいものではないと、疾の直感が訴えかけてきている。だからこそ、自身にとっての安全地帯でゆっくり休もうという思考が働いた。


「……それは……っ貴方、まさか」


 驚愕の眼差しを向けてきた所を見ると、疾の直感はやはり当たっていたらしい。口元を歪め、疾は女性を睥睨する。


「心当たりがあるのかよ、救いようがねえな」

「っ。はったり……?」

「さあ?」


 どこまで把握出来ているのか分からないのなら、手札を見せる気はない。今度こそ女性の制止を振り解き、疾はその場を後にした。




***




(……で。出たは良いが、どうやって帰れば良いんだこれ)


 広々とした空間に出た疾は、内心独りごちる。共有スペースと思われる、テーブルと椅子が整然と並べられた場所を中央に、左手には扉が多く連なる廊下が、右手には書物や掲示板が並ぶ区域があり、正面奥には受付らしきカウンター。

 そもそもここがどこなのかもよく分からないことを、疾は今更に思い出す。意識も曖昧なまま引き摺られてきたのだ、出入り口以前の問題だった。


(まあ、多分鬼狩りが集まる場なんだろうが……)


 視線を彷徨わせる疾の顔が、見知らぬものだからだろうか。不意に1人が疾の前に立ちはだかる。


「もしかして、新人か?」

「……そんなところだ」


 咄嗟に話をあわせて、声をかけてきた相手を見やる。かなりガタイの良い青年だった。竜胆色の瞳に紺青の髪を持った、鋭さの目立つ顔立ちをしている。


「何か探してたろ」

「ああ、帰り道が分からない」

「は?」


 呆気に取られたような顔をしているが、疾もそれ以上言いようがないので肩をすくめる。すると青年は不思議そうな顔をしながら、カウンターを指差した。


「……あっち行って、外の道ずっと歩いてりゃいつか着くだろ」

(いつかって)


 何だその雑さ、といいたいが、あまり分からない様子で不審がられても面倒だ。薬が切れる前に帰りたい疾は、取り敢えずその厚意に乗っておくことにした。


「サンキュ」

「は? ……変な奴」


 ひらりと手を振って礼を言うと、何故か驚かれたが。それ以上の会話をせず、疾は青年と別れた。


「……」


 カウンターから去り際、1度だけ顧みて青年の背中を目に捉える。色々と気になる奴ではあった。


(……ま、そのうちな)


 今はあまりにも分からない事が多すぎる。下手に首を突っ込んでも良い事はない。疾はそう思い、今度こそその場を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ