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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
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90 鬼狩りの少年

 やがて中に入ってきたのは、見覚えのある少年だった。冥官の登場ですっかり存在を忘れ去っていたが、この意味の分からない少年は少し気になっていた。

 少年は疾と視線が合うとちょっと驚いた様な顔をして、恐る恐る話しかけてくる。


「えーと……大丈夫か?」

「……治療出来る範囲の傷は全部消えた」


 試す意味も兼ねて曖昧に返すと、やはり少年は首を傾げた。疾はつい、眉を寄せてしまう。


「お前、術者なんだろう。治癒魔術の限界も知らねえのか?」

「えーと、ごめん。俺ついさっき研修を終えたばかりの、ぴっかぴかの新米だし」

「はあ?」


 頬を掻いて説明する少年に、疾は呆れ声を出した。未熟な力の波動はそれで一応説明が付くが、治癒の基本すら知らない言い訳にはならない。

 だが少年は恥じる様子を見せるどころか、堂々と胸を張った。


「でも波瀬よりは先輩だな!」

「……で、治癒魔術の限界は?」

「うっ」


 言葉に詰まり視線を彷徨わせる少年に、疾は呆れきって溜息をつく。鬼狩り局とやらの質を疑う惨状だ。


「ていうかさ、なんで波瀬がそんなん詳しいの?」

「……疾」

「へ」

「名前で呼べ」


 この同学と思われる少年に名前を隠す意味はない。相手も迷わず名字を呼んでくる以上、呼ばれることを妥協しなければならないだろう。だが、それなら魔術師としてのルールを守った方がいいだろうと、疾は咄嗟に名前の方を選んだ。家族との繋がりを悟られたくないからだ。


「……何故に」


 だが何を思ったのか微妙な顔をする少年に、疾は心底呆れた。そんな常識も知らないで研修を終えられるのか、鬼狩りというのは。


「勉強不足」

「はい?」

「術者の世界では、名前または名字のどちらかだけを名乗るのが基本なんだよ。名を隠そうにもこの情報社会、限界がある。偽名や仮名は直ぐにばれるからな。どちらかだけを名乗る、というルールに従うことで、共通意識がフルネーム、そしてそれに通ずる個人情報の流出を防げるっつう仕組みだ」

「ごめん、さっぱり分からん」


 真顔で言い切られて、疾は頭痛を覚えた。理解をする気もないのがありありと伝わってくる。


「…………お前のような術者がいるとか、鬼狩り大丈夫か」


 堪えきれずに愚痴を漏らしながら、疾は説得の為の言葉を探した。理由の説明は他の誰かがやるだろう。


「お前は確か、ここじゃ瑠依と呼ばれていただろ」

「え、うん」


 殆ど覚えていないが、確かそんな響きだった気がすると確認すれば、案の定少年は頷いた。


「それと同じ。鬼狩りとして接する限りは疾と呼べ。……つうか、一応確認しとくけど、同学だよな」

「はあっ!?」


 ぎょっとした顔をする少年に、違うのに名前を知っているのかと一瞬警戒する。が、相手の驚きは違う所にあったらしい。


「今そこ!? 俺クラスメイトですけど!?」

「……あー」


 まじまじと見上げると、そういえばこのアホ面、受験当日に受験票忘れでダッシュしていた馬鹿と面差しが一致する。言われてみれば教室内でも見た、かもしれない。

 疾が如何に学校という場所をぞんざいに扱っているかよく分かった瞬間だが、別に恥じることでもないので率直に返しておく。


「悪い。必要の無い情報に関しちゃ覚える気が無いんでな」

「クラスメイトの顔と名前だぞ!?」


 必要ないだろう、という言葉は省略し、疾は話を進める。


「つーわけで、学内では波瀬、鬼狩りの仕事中は疾、と使い分けろ。こっちもそうする。話するかは別としてだが」

「えー……てか、何で学校じゃ無口なんだよ」

「面倒だから」

「そんな理由!?」

「お前いちいちうるせえな」


 声の大きさに辟易しながら、疾はゆっくりと上体を起こした。状況が分かったからには情報が欲しい。意識を切り替え、瑠依と呼ばれていた少年を見据えた。


「で。このタイミングでお前がここにいるっつうことは、大体の事情説明の為だろ」

「……なんか釈然としないぃ」


 唇を尖らせながらも、瑠依はざっくりとした説明を始めた。



 鬼とは本来、今回疾が倒したようなものを言うらしい。人が憎悪や哀しみ、怒りなどの負の感情に囚われ、魂ごと堕ちて人をやめた存在。理性を失い、憎しみの対象すら忘れ、ただただ負の感情をばらまく異形だという。

 だが、現代において絶望した人間が暴力を求めることは少ない。よって鬼の発生数そのものは激減しているが、反対に瘴気の淀む場所で妖や動物が変異した異形が数を増やした。そいつらは通常の妖とは異なり、術師では倒せない。

 よって現在、元々の鬼を「人鬼」、妖などのなれの果てを「鬼」と呼び、どちらも鬼狩りが狩る事になっているらしい。

 鬼を狩るには「神力」と呼ばれる特殊な力が必要で、それが瘴気を散らす。「神力」は生まれ持つ人が現代においてはほぼおらず、選ばれた複数人が冥王より直接に「神力」を与えられ、知識や戦闘能力といった基本的な研修を受けて、「鬼狩り」になるという。



「……でな? えっと、その、これ見えるか?」


 やけに躊躇いを見せながら、瑠依は疾に手の甲を見せた。そこに刻まれた術式を確認し、疾は頷いた。


「あの男が俺にかけたのと同じ術だろ。術者は別みてえだが」

「え、そこまでわかんの」

「目も悪いのか」

「言われ方!」


 ぎゃあと瑠依が叫ぶが、ここまで非常に要領の悪い説明に、大層イライラさせられていた疾に撤回する気はない。そもそも術者の識別くらいは疾ほどの目がなくとも、魔力を感じられるものなら普通に出来る。

 疾が質問を挟まないと何を説明しているのかすら迷子になる頭と、研修を受けても最低限の力を視て取れない目。どっちも十分悪かろう。


「で、それが何だ」

「えーっと、これな? 鬼狩りの証明書兼、サボり防止らしいんだよ。帰りたいのに俺が帰れない元凶です」


 予想通りと言えば予想通りの返答だが、詳しい説明は一切ない。やはり、瑠依から有用な情報を手に入れることは期待しない方が良さそうだ。分かりきった事項だけを確認する。


「つまり、これがある限りは鬼狩りを辞められないと」

「そう。帰りたいよな」

「それ口癖か?」


 ここまでの説明でも何度か割り込んでいた単語につい疾が尋ねると、きょとんとした顔で瑠依が見返す。


「え、人類の三大欲求だぞ、口から出るの当たり前じゃね」

「…………馬鹿がいる」

「なんで!?」


 人類の三大欲求すら正しく認識出来ていない馬鹿を、馬鹿以外に何と形容すれば良いのか。そもそも三大欲求だから口を突くという理由付けが意味不明だ、内容によっては犯罪である。


「で? 他に何かあるのか」

「えー……っと、本来の研修が2ヶ月掛けて神力の扱い修行するのとお勉強とをするんだぞとか、言わない方が良かったですねごめんなさい」


 余計なことを思い出させてくれた瑠依に、疾の目が自然と据わる。こちらの心情を慮ったのか単に表情に反応したのか、即座に謝り倒してくる瑠依に、疾は溜息をついた。


「……はあ。まあいいか」

「え、マジで」


 瑠依は驚いているが、疾にとって今回の遭遇は、悪い事ばかりではない。叩きのめす必要があったのかは大いに疑問だが、あの男が今後も疾と関わる気があるのなら、疾の求める技能や知識を手に入れる機会もあるはずだ。鬼狩りの仕事も対価だと思えば然程高くはない様に感じる。


 ……もっとも、現在得られた情報だけで判断すれば、だが。


 とはいえ、その辺の探りを瑠依に入れても収穫は無さそうだ。話の深入りを避け、疾はふと気になっていたことを口にした。


「で? なんで瑠依があの場にいた? ……つうか鬼狩りなのに逃げてなかったか」

「うっ」


 途端、瑠依が盛大に視線を泳がせ始める。あからさまに気まずそうな表情に、疾はとある仮説が浮かび、すうっと目を細めた。


(こいつ……)


 よく見ると、瑠依の纏う力は未制御なだけでなく、不穏な流れを帯びている。無防備に触れれば魔力を掻き乱す、あるいは奇妙な共鳴を起こして周囲にばらまきそうな、そんな不安定さだ。

 引っ越してきてほぼ1年、隠し通していた疾の異能が、今になってあの男に見つかった理由が分からなかったが、もしやこれが原因か。


 ……だとすると、だ。


「なあ、瑠依。まさかと思うが、冥官と鬼狩りの仕事中に逃げ出して、結果的にその尻ぬぐいをした俺が冥官に見つかったとか、んな事言わねえよな?」

「え、その通りだけど…………はっ!?」

「そーかそーか」


 笑顔で引っかけてやれば見事に白状したので、疾は笑顔のまま瑠依に威圧的な言葉を投げ掛けた。

 少なからず個人情報を得ており、決して血の巡りがよく無さそうなこの少年、どう操作するかは課題だったが。こうなったらこの致命的なミスにつけ込んで優位に立っておこう。


「つまりこの状況、てめえのせいって事だな。責任取れよ」

「待ってそこまで来るとちょっと理不尽じゃね!? 俺ボコせないよ疾の事!?」

「知るか、元凶」

「理不尽!!」


 そして、疾は今後、伊巻瑠依という少年との望みもしない縁に、散々振り回されることになる。


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