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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
9/232

9 雑談

「ただいま」

「おかえりー」


 疾が自宅に戻ると、楓が部屋から廊下へ出てくるところだった。疾の顔を見て、楓が少し首を傾げる。


「なんか……疲れてる?」

「いや……どうだろう」


 時にこうして鋭い一面を見せる楓に、一度は否定しながらも疾は首を捻った。指摘されて、少し怠さを感じているような気がする。


「お茶する?」

「ああ」


 提案に頷き、2人揃ってリビングに入る。テーブルにノートパソコンを広げていた母親が、2人に気付いて顔を上げた。


「あら、疾、お帰りなさい。少し遅かったわね?」

「ただいま、母さん。アリス達と勉強して、その後カフェに……ちょっとお茶淹れてくる」

「どうぞ」


 母親の言葉に見送られ、疾はキッチンに入る。電気ポッドに入ったお湯をカップに入れ、インスタントの緑茶を放り込んでリビングに戻った。


「何でこれ、定期的に飲みたくなるんだろうな」 

「私はその味、あんま好きじゃない」

「日本に来た時の年齢差が出ているわね」


 私は味噌汁を飲みたくなるわ、と楽しそうに言う母親に、疾は苦笑して頷く。別にフランスの料理が嫌なわけでも日本が恋しいわけでもないのに、ふとした瞬間に和食の味が恋しくなるのは、楓だけが分からないらしい。少し拗ねたような顔をしていた。


「どーせ日本の事なんて覚えてないよ。日本語も怪しいし」

「そりゃそうだろ。俺もそこまで記憶がはっきりしてるわけじゃないって」

「あら、そう? 5歳と9歳だったんだし、結構覚えているのじゃない?」


 小首を傾げる母親に、疾と楓の生温い視線が突き刺さる。


「母さんの記憶力を基準にしない」

「そうだよー。といっても、兄さんも十分頭良いけどさ」

「そう?」


 心底不思議そうな様子の母親に溜息をついて、疾は緑茶を一口啜った。楓もいつの間にか淹れていたらしい紅茶を飲む。


「ていうか、兄さん、アリスさんとデートだったの?」

「いや? ユベールがいたから、デートじゃないな」


 疾の言葉に、楓の目が半眼になった。


「……うわぁ、カップルにお兄さんが付いてくるって、きつくない」

「もう慣れたけど……普通そう思うよな?」

「少なくとも私なら、暫く口きかない」

「安心しろ、そんな趣味ないから」


 真顔で頷き合う2人に、母親は苦笑しつつ疾に尋ねた。


「アリスちゃんとユベール君は、そんなに仲が良いの?」

「仲が良いというか……ユベールや両親が、アリスをべったべたに甘やかして育てたんだろうな、って感じだ。ユベールは確実にシスコンだし、両親は過保護みたいだし、アリスはアリスでそれを疑問に思ってない」

「うわお」


 彼女とその兄についてとは思えないほど客観的で端的な、ともすれば批判とも受け取れる分析のせいか、楓が若干引いた声を上げた。カップを持ち上げて、疾はついでにと付け加える。


「というか、デートに後ろから付いてきそうでちょっと怖い」

「それは怖い……って、デートは行くんだ」

「週末な。それで思いだした、母さん。ネズミの国までって個人行動可能?」


 楓と好き勝手言っていた疾が尋ねると、速攻で駄目出しが来た。


「あら、駄目よ? 結構遠いもの、1人で電車は危ないわ」

「もう13になるのに……」

「日本ならともかく、治安もそこまでいいわけじゃないもの。車で送るわ」

「……お願いします」


 諦め気味に頼む疾に、にこりと笑って母親が応じた。楓が頬杖を突く。


「良いなー。羨ましい、ジェットコースター私も乗りたい」

「いや、アリス確か絶叫系は駄目」

「はあ!? それで行くとかもったいな!」

「絶叫フリークを基準に置くなって」


 身長制限ギリギリ滑り込んだ絶叫系に何度も何度も乗りたがる妹に生温い視線を向け、疾はまた緑茶をすする。小さく息を吐きだして、楓と同じく頬杖を突いた。


「はあ……なんか、疲れたな」

「何で? 可愛い彼女といちゃついてきたんでしょ?」

「まあ、うん」

「それで疲れるって、外面作りすぎなんじゃない?」


 ずけずけ言う楓の言葉に、母親がまた顔を上げる。


「あら……疾は、外面作る方なの?」

「いや、外面って程じゃないと思うけど」

「えー、あれは外面でしょー。アリスさんの語る疾兄さん像が、酷い事になってたよ」

「いや、それは……」

「なんか、言動がいちいち良い人過ぎる?」


 以前にアリスとユベールに出会った事のある楓が、胡乱げな顔で疾を見る。眉根を寄せて、疾が反論した。


「だからそれ外面じゃないだろ。嘘ついてるわけじゃなく、ちゃんと本音だぞ。不愉快に受けとられないよう言葉を選んでるだけだって」

「それ十分外面じゃない?」

「馬鹿言え。例え正論だったとしても、世の中言って良い事と悪い事ってあるだろ。必要ないのに正論言って、口論になってどうするんだよ」

「えー……なんか、面倒くさ」

「いや、対人関係の基本だろ」


 疾の反論に、楓がテーブルに突っ伏した。


「そんな、遠慮ばっかで言いたい事も言えないよーなのがコレージュの対人関係だっていうなら、私大人になりたくなーい……」

「いや、言いたい事は言うぞ」

「言ってないじゃん」

「疾、少し言葉が一般論に偏りすぎていて、本質が表現出来ていないわよ?」


 堂々巡りになりかけた兄妹を止めたのは、母親のにこやかな一言だった。2人が同時にぴたりと口を閉じる。暫く黙り込んで、疾がゆっくりと切り出した。


「えーと、つまり? 楓は俺の説明を聞いて、良い人の振りしなきゃ人間関係が上手くいかないと思った……で、あってるのか?」

「うん。違うんだ?」


 疾達の母親は、常に直接の答えを言わず、考えさせる言葉をかけてくる。その意味を噛み砕いて考えるスキルは、楓も得意とは言えずとも慣れてはいた。それ故に素直に聞く体勢に入った相手に、疾は今度こそ、分かりやすい言葉を選び選び話す。


「別に、良い人である必要は無いと思う。言いたい事はちゃんと主張して、自分の意見は大事にする。ただ、それが相手に受け入れられるかどうかは別だろ。変な解釈されたら悪く受けとられるし、感情的になったら聞く耳なんか持たない」

「うん、それは経験ある」

「だから、相手の理解度とか、考え方とか。そういうのに合わせて、反発されにくい言葉を選ぶんだよ」

「……んー、分からない」


 眉を下げた楓に、疾は無難に例え話を持ち出した。


「あー……例えばさ。今日アリスが、とんでもない量のケーキを食べてて、毎日でも食べたいって言ってたわけだけども」

「フランスのお菓子食べ倒しとか、余裕で太るでしょ」

「だろうな。けど、それを言っても拗ねて終わりだろ? でも、「時々食べた方が美味しい」と言われれば、我慢する。当初こっちが伝えたかった「毎日はやめた方がいい」が正確に伝わるわけだ。喧嘩にならなくて話が早い、建設的だろ」

「……おっと、急に黒い話になってきた?」

「え? どこがだ?」


 くすくすと笑う声に、疾と楓が同時に振り返る。こっそり笑っていた母親が、楓ににこりと微笑みかける。


「楓? 疾が「相手の為に」言葉選びをする筈ないでしょう?」

「……でしたねー」

「ああ、そういう勘違い……ないない。別にこれで、アリスが構わずケーキ食べまくって太ったとしたら、自己管理不足の自業自得で片付けるぞ」


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