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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
89/232

89 治療者

 うっすらと目を開ける。暗闇に淡い光の筋が流れているばかりの視界が飛び込んできて、疾は顔を顰めた。


(コンタクトをとられた……何があった?)


 記憶が混乱している。明らかに、不測の事態によって意識を失った後だ。記憶を探ろうとひとつ呼吸をした疾は、くっと息を止めた。


「……っ!?」


 全身を襲う尋常でない激痛に、声も出せずに悶絶する。身動ぎひとつで、痺れるような痛みが全身に響いた。


(なんっ……だ)


 痛みは次第に悪化し、疾は喘ぐように呼吸を繋いだ。息を吸うだけで胸郭が悲鳴を上げる。


(何が──)

「──?」


 誰かの声が、疾の耳に辛うじて届いた。背中に手を回され、体を起こされる。たったそれだけで、全身が軋んだ。


「……っ」


 思わず悲鳴を上げかけて開いた口に、苦みのある液体が流し込まれる。痛みで意識が混濁しながらも、疾は咄嗟に液体を吐きだした。


「──っ、──!」


 何かを言っている、またも唇にコップの縁と思われるものを当てられた。疾は痛みを堪え、顔を背ける。


(……っ)


 痛みが更に増した。歯を食いしばって耐えるが、意識がますます遠のく。頭がぐらついた。

 喉の奥に流し込まれるようにして、先程の液体が口内を満たす。殆ど意識のない疾には吐き出すことが出来ず、反射で飲み下した。


「……、……?」


 痛みが、急速に引いていく。呼吸が楽になったのを疑問に思い、疾はゆっくりと目を開けた。


「──?」


 魔力回路だけが浮かび上がった人影が、疾を覗き込んで何事かを言っているようだ。音は辛うじて聞こえるものの、何を言っているかはさっぱり分からない。


(ピアスも外されてるのか……何が目的だ)


 魔道具無しでは、疾の視覚聴覚はほぼ機能しない。音に限って言えば、入院当初よりは改善しているが、会話出来る領域ではない。

 こちらの抵抗を奪うつもりならば効果的だが、先程飲まされた痛み止めらしき薬の説明が付かない。苦痛を軽減する必要は無いだろう。

 目的が分からない以上、こちらも対応が難しい。敵意を持っていないようなので、試しに疾は声をかけてきた。


「……ピアスと、コンタクトを、くれ」


 自分の声もろくに聞こえないから、ゆっくりと発音を意識して喋る。何とか通じたのか、疾の身体がベッドに下ろされた。

 少しして耳に指が触れる。咄嗟に疾は指を掴み、奪うようにピアスをとって手探りで装着した。一気に音が戻ってくる。


「コンタクトも自分で付けられる」

「分かったわ」


 女性の声が応じて、疾の手にコンタクトケースを触らせた。同じく手探りで装着し、目を慣らしてから疾は視線を巡らせる。


 見覚えのない場所だ。ベッドが複数並び、周囲にカーテンを張り巡らせる仕様は医務室然としているが、流れる力の気配や漂う薬草の臭いが、ただの病院ではないと伝えてくる。おまけに、疾が世話になった病院とも何かが違う。

 場所の情報を得つつも、疾は視線を先程の声の主に視線を向けた。プラチナブロンドに淡い緑の瞳を持つ、20代後半くらいの外見の女性が、疾の様子を伺っている。


「痛みはどう?」

「動かなければ問題ない。さっきのは鎮痛剤か?」

「そのようなものよ。動いて痛みが残るのなら、もう少し飲んでおいた方が良いわ」


 そう言って杯を勧めてくるのを、疾は首を振って断った。我慢出来ない程でないなら、得体の知れないものを口にしたくない。


「良いから、飲んでおきなさい。中途半端に効いていると、効果が長続きしないの」

「得体の知れねえものを大量に飲む気はない」

「得体の知れないって……治療者本人を目の前にして言ってくれるじゃない」


 不満げな声を出す女性に、疾は鼻で笑って見せた。


「人の許可なく魔道具を取り上げるような輩を無条件に信頼するほど、馬鹿じゃないんでね」

「……それは、悪かったけれど。長時間の着用は感染の元よ」

「そんなもん、魔術で対処済だ。あんた本当に魔術関係者か?」


 着用前提の魔道具には、感染汚染防止はさして珍しい付加機能ではない。そんな事も知らない魔術関係者が医療に携わるとは、世も末だ。疾はそう思ったのだが、女性は首を横に振った。


「いいえ、鬼狩り局の関係者よ。私が扱っているのも治癒魔術ではないの」

「……」


 鬼狩り。その単語で、疾の記憶が一気に蘇る。思わず顔を顰めた。


(それでこの惨状か……)


 体中の鈍痛はまだ残っている。薬で抑えてこれとは、どれだけ容赦なく叩きのめされたのか。最後の方は殆ど記憶が残っていないから、完全に気を失うまで、ほぼ無防備で攻撃されていたのだろう。

 とはいえ、治療をしたのは本当だろう。治癒魔術特有の感覚の鈍さがあちこちにあるし、派手に骨折していた腕も綺麗に治っている。内臓へのダメージも残っていない。打撲傷だけは治癒魔術では治らないので、痛み止めを飲まされていたという訳か。


(暫く寝込むな、こりゃ)


 見るまでもなく、全身痣だらけだろう。全治1週間、魔法薬を飲めばもう少しマシか。


「苦いは苦いけれど、効果があるのよ。もう何度か飲ませたんだから、今更でしょう。ほら」


 手に押しつけられるようにして、女性が疾に杯を渡した。主張は筋が通っているので、疾は渋々、一息で煽る。苦みが口の中に広がり、数呼吸置いて痛みが消えた。


「落ち着いた? 状況は分かる?」

「大体思い出した」


 素っ気なく返すと、頷いて女性が立ち上がる。


「外で冥官様がお待ちだから、治療が終わったと伝えてくるわ。少し待っていて」


 返事を待たずに歩き去って行くのを見送り、疾は一旦ベッドに背を預けた。痛みはなくとも満身創痍なのは変わりない、休めておいた方がいい。


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