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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
88/232

88 矜恃

(ったく……ふざけてやがる)


 何をやっても通用しない。全て裏目に出るなど、母親を相手にしたとき以来だ。そして、この男は間違いなく、母親より遥かに強い。ノワールとも異なる種の強さだ。……対応策が、少しも見出せない。


 それでも。


「その怪我で、まだ戦おうとするか。……自滅覚悟で戦う意味は何だ」

「てめえに話してやる理由はねえよ」


 肩で息をしつつ吐き捨てた疾に、男はふと冷めた目を向けてきた。


「……自己犠牲に何の意味がある」

「価値観の相違だな、つーか違ぇよ」


 そう言って、疾は笑ってみせた。眉を上げた男に、心底楽しげに、笑って見せる。


(──笑え)


 意味がない虚勢も、続けていれば実になる。雲を掴むような話でも、唱え続ければ実現する。


 人外じみた連中を相手にして、疾の中で湧き上がった矜恃。それが、この男の前で膝を付くことを拒絶していた。



「てめえなんかに、無様に引き下がって堪るかよ。俺は俺のやりたいようにやるだけだ」


 逃げるも、戦うも。例えそこに選択肢がひとつしかなかろうと、それが破滅への道のりであろうと、自分で選び抜いて突き通す。


 だから、疾は負けを認めない。選んだ先で、ゼロにも等しい勝ちを手にするために。



「ご立派な口上述べちゃあいるがな、てめえはこれだけ時間掛けて満身創痍の俺1人、とどめを刺せないノロマだろうが。手間取ってるのを俺のせいにしてんじゃねえ」


 特攻兵の厄介さを知るが故の慎重さを、怯懦だと嘲笑ってやると、男はふっと笑う。


「……成る程、それは尤もだ」

「へえ、そこでまともに認められるのか」

「当たり前だ……ああそうか、人間は頭が悪いから、耳に痛い事実が嫌いだったな」

「違いない」


 くくっと笑う疾に、男も肩を揺らす。


「さて、面白いものを見せてもらった礼は、今の時間稼ぎで十分か?」

「まだまだくれてもいいんだぜ」

「これ以上欲しければ、それだけの価値を俺に示せよ」


 刀を掲げ、男が傲然と笑う。疾は銃を改めて握りなおした。


 指摘通り、疾はこの会話の間に治癒魔術をこめた魔道具を発動させていた。自身が使うものより質が劣っており、傷を癒すまでに時間がかかる。だからこそ口に頼ったわけだが、分かっていて見逃した男も男だ。


(……ま、いいさ)


 こちらの価値はそれなりに示せたらしい。ただの特攻野郎と同格に見られたのではかなわない、こちとら死ぬ気で積み上げてきたのだから。

 そして、あちらは疾が示す価値に従い、それなりの恩恵を渡す気はあるらしい。現に今疾は、全身の傷の止血と、深手の回復が出来た。後回しにした浅い傷は残っているが、これくらいならば動ける。体力は殆ど残っていないが、それでも、まだ、戦える。


 この男から、恩恵を受け取れる──それだけでも、今回の一件、釣りがくる。そう思い、疾は笑って言い放つ。


「じゃ、遠慮──なく!」


 銃の引き金を引いて、疾は地面を蹴った。無造作に切りおとそうとした冥官が、咄嗟に手を止め回避行動に入ったのを目にするより早く、避ける先に腕を突き込む。


「ほう」


 意外そうな声と共にとられた腕に構わず、疾は足元目掛けて銃を発砲した。魔法陣に魔力が充填され、魔術が起動する──寸前に、疾は魔法陣を踏み砕く。


「っ!」


 魔術に気を取られかけていた男に、体勢が崩れるのも厭わず、全身全霊の身体強化を込めた膝を突き出す。後先考えない攻撃が、ついに冥官の腹を捕らえた。


「ぐっ」

「……っ」


 腕から嫌な音が響く。先にとられていた腕が折れたらしい。歯を食いしばり、疾は腕を返しながら、膝蹴りした方の足にバネを利かせて弾いた。横腹を捉え、相手を吹き飛ばす。


「い……ってえ……っ」


 いつの間にか、暴走の反動でかなり鈍っていた痛覚が戻っていた。折れた腕で無理矢理振り解いたせいで、骨片が肉に食い込んでいるのだろう。嫌な汗がこめかみを伝った。


 だが、その成果はあったといえよう。


「……驚いた」

「それは光栄だ」


 軽口を叩き、疾はにっと笑って見せる。見栄も虚勢もお見通しだろうが、賞賛に嘘はない。


(1本とるだけなら、死ぬ程試行錯誤したからな)


 母親の無茶苦茶な課題も、役に立つらしい。今まで相当苦労させられてきた疾だが、素直に感謝しておく。


 だが、ここまでだ。


 魔力も体力もほぼ底を尽き、立っているのも厳しい。魔道具も底を尽きた。加えて左腕が破壊されたとなれば、抵抗することすら厳しいだろう。


「甘く見すぎたか。無礼も兼ねて、返礼はきっちりさせてもらうさ」


 不敵な笑みで言い放つ男の瞳が、赤い光を帯びる。人外じみたその色彩に、しかし疾は怯まず笑い飛ばした。


「はっ、やってみろ」


 今更引き下がるくらいなら、最初からでかい口は叩いていない。蹴り飛ばしたときの感触からいって肋骨の1,2本は頂いた、ならば報復は不可避。それに抗う力がないのは、ひとえに疾の自己責任だ。


「さて、どれくらい見せてくれるかな」


 男が楽しそうに言って、剣を掲げた。疾は内心苦笑しながら、身構える。


 そこから先は、一方的な蹂躙でしかなかった。


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