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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
4章 鬼狩り 
83/232

83 朔の夜

 帰宅後、冷蔵庫に買ったものを片付けていた疾は、端末が振動しているのに気付いて手を留めた。冷蔵庫のドアを閉じて、端末に手を伸ばす。受信したメールは、妹からだった。


 魔法士協会を相手取ると決めた疾だが、想定よりも高い頻度で家族と連絡を取り合っていた。母親からは情報を、父親からは魔術の知識を。そして、妹からは何故か、魔法陣を介して定期的に届く総菜と引き替えに、和食に必要な調味料の輸出を要求されていた。

 何で仲介業者のような真似を自分が……とは思うものの、栄養バランスも好みもきっちり押さえ、かつこだわりの突き抜けた妹の料理は、かなり魅力だった。自炊の回数が減るのも楽で良い。関わる事でのリスクはきっちりと父親がカバーしていて、疾が文句を言えるレベルではなかった。

 対価としても十分だったので、疾も余裕のある時間を使って、楓の注文には応じていた。


 そして、まさに今回のメールは、『白味噌と赤味噌の合わせ味噌に挑戦してみたいので、それぞれ送れ』というものだった。


「タイミングわる……」


 買い物から戻ってきた矢先の注文とは、何の嫌がらせか。「明日」と打ち返して、疾は買い物の片付けを再開した。そのまま夕飯の準備に入ったところで、再度端末が震える。


『今晩、父さんの誕生日パーティ。明日じゃ遅い』

「……ほんと、タイミングわる」


 カレンダーを見上げて、疾はげんなりと呟いた。そういえば、父親の誕生日は今日だったか。多忙に押し潰されて、すっかり忘れていた。


「あー……」


 面倒臭い。物凄く面倒臭いが、ここまで心配と苦労を掛けてきた父親への礼をおろそかにするわけにもいかない。プレゼントも合わせて送っておく必要があるだろう。


「スーパー……まだ開いてるな」


 プレゼントに関しては、最近手に入れた魔術書でいい。異世界で依頼を受けている途中に手に入れた代物で、疾が読んでもなかなか面白い理論だった。時折は魔術の研究をしているらしい父親なら、楽しめるだろう。

 よって、疾は今晩のパーティーメニュー担当であろう楓のオーダー通り、味噌だけを買いに行けば良い。……こういう行事に不参加というだけでしょげているだろう母親のフォロー込みの対価なのは明らかだったので、今回ばかりは素直に従うべきだ。

 そう判断して、疾は財布をポケットに突っ込み、一応武器と魔道具も携えて家を出た。






(……空気が、騒がしい?)


 スーパーに向けて歩き出していくらもしないうちに、疾はそれに気付いた。

 大気中の魔力が震えるような、不穏な騒々しさ。そう意識してみれば、疾の目は実際に魔力が小さく揺れているのを直接見て取った。本来、風のように流れていくはずの魔力の不自然な揺れに、疾は眉を寄せた。


(これは……妖か? にしては妙だが……)


 今まで相手にしてきたのとはどこか隔てた存在が、いる。そう感じて、疾は咄嗟に空を仰いだ。1つ息をつく。


「新月……朔の夜、か」


 月を司る神の保護が薄れ、陰陽の気が乱れ、闇を跋扈する存在の力が増す夜。どうやら今日がそうらしい。だからこそ、普段は出てこないような妖まで出て来た、といったところか。


(術師共はご苦労なこった……)


 これほど剣呑な気配が漂っているからには、間違いなく人の命を狩る異形が蠢いている。何も知らずに出歩く一般人を守る為に、どれ程の人員が割かれているのだろうか。


「ま、関係ねえけどな」


 疾個人としては、多少骨のある妖が出て来てくれるのは歓迎だ。異能を練習する相手が名乗り出てくれるのなら、感謝すら抱くかもしれない。

 とはいえ今は、買い出しに行くところだ。とりあえず味噌だけ買って帰って、改めて妖に喧嘩を売りに行っても良いか──などと思い、疾は止めていた足を動かした。剣呑な気配を避け、なるべく短い経路でスーパーへ向かう。


 さっさと買い出しを済ませ、無事に実家へと魔法陣を介して味噌を送り込み。一通りのミッションを終わらせた疾は、改めて街へとくりだした。






 剣呑な気配を追うように歩き出して、直ぐ。


『──!!』

「来たか」


 飛びかかってきた妖を、疾は笑みを浮かべて迎え撃った。






 数時間後。


「……こんなもんか?」


 両手で数え切れない数の妖を全て屠った疾は、傷を負った左腕を庇いつつ、顔を顰めた。

 流石に陰の気に惹かれて集まっただけあって、妖の強さは桁違いだった。疾の異能をもってしても、無傷ではいられないほどに。


「ったく……俺も、もう少しなんとかしないとな」


 舌打ちをして、腕に治癒魔術を施す。妖は獣以上の膂力と素早さを持つ。身体強化魔術を使っても知覚を超える攻撃が来るのは当然として、動きを先読みしても避けきれないのは、ひとえに疾の能力不足だ。もう少し、体術の方も磨かねば。


(……それはそうと……この妖達に惹かれてか、何かいるな)


 視線を地面に向ける。地脈が普段になくざわつき、剣呑な気配を遠くから伝えてくる。

 何か、酷く「道を外れた」モノが、いる。理由も根拠もなく、疾の直感がそう断じていた。


(これに関わるメリットは……ないな。とっとと逃げるか)


 強者と戦える可能性はあるが、得られるものは少ないと本能が訴えてくるので、疾は素直に従った。こういう物は無視して良い事はない。


 だが。疾は、忘れていた。



 ──先見の能力を持ってしても、避けられない「運命」ともいうべきものは、存在するのだと。



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