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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
80/232

80 交戦

「…………」


 疾の返しに、ノワールはくっと眉を寄せる。そうやって表情を変えると、ますます自分と同世代という予測を裏打ちした。


(冗談だろ……)


 こちとらようやく、1人で戦えるだけの武器が揃いつつある段階だというのに。この少年は、魑魅魍魎蠢く組織の幹部などという立場を手に入れているというのか。一体どんな才能があるのかは……疑問を持つまでもなく分かる。

 彼が身に纏う魔力。莫大な量で相手を圧倒するそれは、しかし完全に少年の制御下におかれている。


(あんな馬鹿げた魔力を完璧に操れる、ときたか。幹部の名は伊達じゃねえな)


 自身の魔術の才能が残念な分だけ、その凄さは理解出来る。少ない魔力でも制御が難しい、これほどの量を魔術として操るにはどれだけの鍛錬が必要なのか。


 おまけに。


「にしても、スブラン・ノワール、ねえ。数々の革新的な魔術書魔導書の著者が、よもや10代のガキだとは夢にも思わなかったぜ」


 「魔女」に売られた書の中で、疾は彼の名を知っている。基礎から積み上げられた理論は筋が通っているものの、導き出される結果は常軌を逸していた。

 父親と違い、徹底的に魔法理論を突き詰めて奇跡を引き起こす発想に、世の中いろんな変人がいるのだな、と呆れながらも精度の高い魔法陣に感嘆していたのだが、よもや同年代とは。


「……お前も精々15やそこらのガキだろうが」


 疾の言い草が気に入らなかったのか、ノワールは顔を顰めながら反論してきた。疾は笑みを口元に浮かべて言い返す。


「安心しろ。今のは、どこに出しても童顔扱いされる日本人の癖して、一見20代で通りそうな面してる、外見詐欺なてめえに基準を合わせただけだ」

「なるほどな、お前も日本人か」


 生真面目に情報を得たとばかりの応じに、思わず笑みを少しだけ崩してしまった。


「……おい、今かよ。まさかと思うが髪と目の色だけで日本人かどうか認識してんのか? 大抵が髪染めてるぞ日本人、つーかそれなら中国人の方が遥かに確率高いだろうが」

「…………」


 ノワールが押し黙る。苛ついたと言うよりは、やり取りが面倒になったというふうな空気を滲ませている。この程度の問答で音を上げるような相手には見えなかったので、少し拍子抜けする。つまらない。


(じゃ、こーするか)


「ま、いいや。……それにしても、スブラン・ノワールだったか?」

「なんだ」

「いや、別に? 「スブラン・ノワール」、なあ?」

「…………」


 今度こそ、くっきりと眉根を寄せて不愉快そうに疾を睨み付けてきた。低い低い声が、疾を恫喝する。


「何が言いたい」

「大した事じゃないさ。所詮、他人の趣味だしなあ?」


 くつくつと笑う。実際、嫌そうに名乗っていた時から疾は、この緊迫した場にもかかわらず危うく笑い出すのを懸命に堪えていたのだ。


 魔法士協会の本部は、世界は違えどフランスと非常に似通った国にある。言語もほぼ同じで、今も疾はこのノワールとフランス語で会話しており、一切の意思疎通の齟齬は生じていない。

 と、なれば。この、登録時に協会が付けるという名の意味を、はき違えてはいまい。そしてそれは、真っ当に16の歳月を育った現代の青少年には、少々刺激的すぎる名前であろう。



「──Souverain Noir」



 正確に、アクセントを付けて、再度発音してやると、ノワールはすうと目を細めて片手を掲げた。馬鹿げた魔力が掌に集まる。

 構わず、疾は笑顔で伝えてやった。



「なかなか素敵な中二病だな、「漆黒の支配者」だなんてよ」

「口は災いの元だぞ」



 一切迷わず構築された攻撃魔術が、ノワールの手から解き放たれる。その威力たるや、疾の構築しうる防御魔術では紙切れにしかならないほど。

 だから、疾は迷わず異能を発動した。


「生憎、てめえの発言に責任を持てねえほど馬鹿じゃねえよ」


 音も無く粉々に砕け散った魔法陣と、霧散した魔術に、ノワールの目が見開かれる。

 その瞬間、疾は魔道具を投げつけた。目も眩むような雷光が走り、対象を感電させんと牙を剥く。


「っち」


 舌打ちが一つ、ノワールが腕を振るった。放たれた魔法が魔道具ごと破壊するのを見るより早く、疾は力強く地面を蹴る。


 身体強化魔術、発動。


「!」


 ノワールが身を捩る。身体すれすれを疾の腕が通り抜けるのを見て、表情を変えた。腕を引き戻し蹴りを出した疾に合わせるように、右手が動く。


(その程度の構えで防げると──!?)


 防御の形でもなんでもない腕から、突如現れたのは漆黒の刀。まさに刃が足に触れる直前、疾は軸足の重心をずらし、全力で足を引き戻した。


「大した反射神経だな」


 どうやら本気で思っているらしいノワールが、そう言いつつ刀を振るってくる。腕に集めた魔力で受け流すように、袈裟懸けに振り下ろされた刀をいなした。


「そっちこそ、な!」


 間を置かずに蹴りを繰り出すもあっさりと避け、ノワールは刀をノコギリのように引き戻した。あわよくば引っかけて傷を作ろうという動きを、足運びで躱す。


 何もない空間から武器を召喚してみせたのは、おそらく空間魔術の応用だろう。物質を保管する空間の構築と維持は馬鹿げた魔力が必要なはずだが、ノワールには何ら意味を持たない制約だ。完全に油断していた、と疾は密かにほぞを噛む。

 これまでの魔法士も魔術師も、魔法に優れている者ほど近距離の戦いは弱かった。だからこそ、間合いを詰めて一気に畳み掛ける戦法を疾はよく使っているのだが、どうやら今回はそうもいかないらしい。


 身体強化魔法を全身に発動させ、刀にまで魔力を流して強度を上げたノワールの剣術は、荒削りで美しさは全くないが、実戦で磨き抜いた鋭さがあった。身体強化魔術を併用した拳術には相当の自信があった疾と、息も乱さず互角でやりあえるだけの実力。


(マジで、幹部って、桁違いか……!)


 ここで倒せなければ、疾に勝機はない。得意としている近距離の戦いでアドバンテージが取れなければ、そう遠くないうちに疾は窮地に陥る。

 そしてその予測は、まさに実現しかけていた。


「ふっ」


 軽い呼気と共に蹴りが入る。腕を交差して防御した疾は、そこで追撃のように放出された魔力に思い切り吹っ飛ばされた。空中で体勢を整え、着地する。


「はっ、随分な力業だな」

「間が取れれば何でも良い。──手間取ったが、ここまでだ」


 こちらの挑発も意に介さず、ノワールはすいと手を振る。十重二十重に展開された魔法陣には、これでもかと魔力が篭められ、今か今かと発動の機を窺っていた。


「一つや二つだと破壊されるようだからな。どこまで1度に破壊出来るか、見せてもらう」

「戦いの内に手札を引きだそうだなんて、良い根性してるじゃねえかよ」


 想定通りの展開に怯みながらも、表向きだけで挑発してみせる。相手は乗らずに、すっと目を細めた。



「当然だろう。お前が誰だか知らないが、俺の任務は──「この建物に存在する生命を抹殺しろ」だ」



 無慈悲なほど正確に、魔法陣が一斉に火を吹く。それらに目を凝らした疾は、即座に破壊を諦めた。



(数も数だが、魔術の構成がややこしすぎるんだよ馬鹿野郎……! こういうのを魔術オタクっつーんだ!!)


 以前妹が疾を指して魔術オタクと評したが、練習に回数を要する自分など可愛いもんだと声を大にして言いたい。こういう、複雑怪奇極まる魔術構成を幾つも幾つも、近接戦をこなしながら同時構築してみせるような緻密な魔力操作と魔術技能を手にしてる奴がオタクでなくてなんだというのか。


 しかし、そんな事を言っている場合ではない。疾にはとても受け止めきれない破壊力の魔術が、今にも着弾しようとしている。破壊が間に合わないのならば、回避が必要だが──


(空間、掌握……こいつ、本当に闇属性か)


 ノワールの魔力が部屋中に、否、建物中に張り巡らされ、疾の魔術構築を阻害している。更に外界との境界として結界を張っているらしく、魔道具だろうが何だろうが、転移魔術で逃げ出すことはかなわない。


 日本人故の色彩に思われた「黒」が、魔法士のルールそのまま、「闇」に属する力を示していたとは、想定した中でも最悪の状況だ。闇の派生系である空間魔術をこれほど易々と操る以上は間違いあるまいが、つくづく持って生まれた才能が反則すぎる。


 何せ闇属性の特性は「吸収」。魔物も魔力も、何もかもを呑み込み力の糧とするのだ。つまり、魔術戦を行った場合、相手は吸収されてしまう魔力も上乗せして魔術を構築する必要があり、反対に闇属性は少ない魔力でより高い威力の魔術を扱える。

 その分他属性の魔法には適性が低いらしいが、攻撃特化とも言われるその威力があれば、戦闘中は他属性などほとんど必要とされない。

 当然ながら、疾の魔術では相手にならない。障壁なんて紙切れのように破られてしまうだろうし、そもそも掌握された空間は疾にとって魔術が非常に扱いにくい場と化している。


 完全にノワールによって掌握された空間は、防御も逃亡も許さない。


(……しゃあねえ)


 賭けだが、勝算がある以上は諦めない。疾は手元にあった魔石を投げ捨て、異能に全ての意識を注いだ。


 今の疾では、ノワールの魔術をこの場で分析して破壊するのは無理だ。技能を持って彼の魔術に対応出来ない、ならば──。

 普段は徹底して身の内に押し隠している異能を、手加減無しに放出する。そのまま、ノワールが放った魔術に思い切りぶつけた。


「ぐ……っ!?」


 ノワールが顔を歪めて呻く。魔力そのものを消し飛ばす力をもろに受けて、少なからずダメージを受けたらしい。そうでなくては困ると、疾は笑みを深める。


「はっ、幹部サマの魔術も大した事ねえな」

「何……っ」

「とはいえ大した精度で操りやがる。いや驚いたぜ? その辺の魔法士が操る魔術とは根本からレベルが違う。美しさすら感じる魔法陣、賞賛に値するってもんだ」


 食ったような物言いで相手の動揺を誘い、顔を歪めているノワールを笑みと言葉で騙し撃つ。



「──ただ、相手が悪かった。それだけさ」



 そう言って、疾は仕上げにと異能の放出を跳ね上げる。魔術が、全て消し飛んだ。


「っ……!」


 驚いた様に息を呑むノワールに笑みを深め、疾はようやく解析出来た、空間掌握魔術を破壊した。


「ぐっ」


 続けざまに反動を受けて怯んでいる隙に、疾はばらまいた魔石を用いて全力で転移魔術を編み上げた。チャンスは1度きり、絶対に失敗は許されない。


「っ、待てっ」

「じゃーな。次会う時を楽しみにしているぜ」


 笑って、捨て台詞を残し。疾はその場から姿を掻き消した。


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