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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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79 出逢う

 疾が依頼を引き受ける中で、公に示したルールは、唯一つ。


 ──己の利益に反すると判明した場合は、その場で依頼を打ち切る。


 当然ながら、疾を調べる目的の依頼もあれば、疾の疲弊した隙をついて攫おうという輩もいる。それら全て、目的が判明した瞬間に、相手の利益丸ごと吸い上げる勢いで報復に打って出た。

 怒るものも逆上するものも、全てねじ伏せて。疾は敢えて、非常識な依頼代行者として名を売った。そうする事で、自身の、本当に隠したいこと、守りたいものを覆い隠したのだ。

 疾個人を極端に目立たせて、その背後や系譜から目を逸らす。あからさまに非常識な振る舞いをしてみせることで、真っ当な身内がいないかのような錯覚を持たせる。


 人間の意識というのが如何に印象や心象に流されやすいのか、その身を持って思い知った疾だからこそ、選んだ方法だった。


 そこに含まれる「孤立」など、どうでも良い。そもそも、魔法士を敵に回す実力と胆力を持つ人物との邂逅など、疾は殆ど期待していない。狂人のように振る舞って毛嫌いされるのは、寧ろ都合が良かった。


(つーか素に近い振る舞いだしな、狂人扱いは少々納得いかない)


 独りごちながら、疾は群がる魔術師を片端から沈めていた。乱戦に持ち込んで近接格闘で伸す、という力業がどこまで通用するかと試していたが、拍子抜けするほど疾の動きに翻弄される彼らは次々と急所を撃ち抜かれて気を失っていく。


 とある施設の研究成果奪取を依頼されて突入した矢先、セキュリティシステムが発動して第一陣が襲いかかってきたのだが、いかんせん相手の戦力が異様に低い。わざわざ疾に依頼せずとも、依頼人自らが赴いても何とかなっただろう。


 そして。疾の胸の内には、疑念が芽吹きつつあった。


(……いくら何でも判断力が低すぎないか?)


 これでは、幻獣と彼らが呼ぶ魔物も倒せない。集団でごり押しで倒し続けてきた故の慢心と考えるには、リーダー格の人間すら見当たらない。

 一応彼らは、魔術師としては中の下くらいの実力はある。魔術の精度も、練度も、その辺の雑兵レベルでは無い。それなのに、戦闘における判断力が恐ろしく低いのだ。避けた先の味方を魔術で吹き飛ばしてしまうなど、集団としての基本も理解出来ていない。


(もし、そうだとすれば)


 視線を流して、原因を探る。魔術、薬物、洗脳。あらゆる可能性を考慮しつつ、疾は周囲の敵を退けつつ、彼らをでくの坊にした原因を探っていく。


(魔法陣、なし。個々人への魔術の埋め込み、なし。薬物は……、端から見るだけじゃどうとも言えねえが、それなら魔術の質も下がるはず。となると後は洗脳──)


 疾の思考が一つの予測へと形を結びかけた、刹那。



「──!?」



 考えるより先に体が動いていた。思い切り地面を蹴り、側にあった魔導机の影に隠れて机に刻まれていた防御魔法陣を起動し、更にその内側に異能を球面状に展開する。


 疾の異能は普段、魔術を破壊するか、魔道具を破壊するか、銃を介して銃弾として射出するかのいずれかだ。今回のように、半物質化させて展開したことは1度も無かった。慣れない力の放出に身体が軋むが、次の瞬間、自身の判断が正解だったと思い知る。


 部屋が、消し飛んだ。


 凄まじい衝撃に、疾の身体が吹っ飛んだ。咄嗟に受け身を取ったものの、身体のあちこちが痛む。流石に、異能で障壁を展開したまま緩衝魔術は使えない。

 しかし、どのみち緩衝魔術は意味を成さなかったかもしれないと、疾は木っ端微塵になった魔導机を横目に思った。


 部屋だった空間は、圧倒的な魔力に蹂躙されて、下手な魔術の構築が許される場ではなくなっていた。


「……、」


 慎重に、疾は気配を探る。剣で斬りつけ合っている敵に対して爆撃を降り注ぐような横槍が入ったが、それが異形の力では無く、人間の魔術である事は力の残滓から既に察していた。


 だが。


(……それはそれで、人間やめてやがる)


 肌を焼く、魔力の圧。疾の感覚が異常をきたしていなければ、それは、たった1人が放つものであるはずだ。通常の感覚を破壊するほどの鋭敏な目と耳を持つ疾が、それを疑いたくなってしまうのは、……その魔力量が、簡単に見積もっても、過去に出会った魔法士の10人分を束にしてもなお足りないほどだから。

 疾とは対極の、尋常ならざる魔力量。それをいとも簡単に操る持ち主は、一体どのような人物か。


 こつ、こつ、こつ。


 靴音が響く。悠然と歩いているようでいて、油断の無い足運びである事は、音の響きと規則正しいリズムから察する。

 敢えてゆっくりと立ち上がった疾は、そこで見た。


「……全員片付けたつもりだったんだが」


 無関心そうな黒の瞳。ざんばらの髪もまた黒く、日本人らしい面差しには一切の感情が浮かんでいない。無感情なまま、対象を観察する眼差しを疾に向けている。

 衣服を黒一色で統一し、感情の色を一切浮かべない瞳の闇が年齢不詳に見せるが、同民族である疾には分かる。彼は自分と、殆ど年齢が変わらないだろう。

 顔と同じく感情を伺わせない、抑揚のない声が発せられる。


「お前は、ここの人間ではないな」

「さあ? どうだろうな」


 にいと笑って見せるも、相手は一切動じずに事実を淡々と述べた。


「ここの研究員の顔は全員記憶している。お前はそのどれでもない。……まあ、他の研究員は既に顔の確認をするのも厳しいが」


 一瞬だけ視線が床に落とされる。そこには、先程まで疾に襲いかかっていた人間達のなれの果てが幾つも積み上がっていたが、自身が生みだした惨状には眉一つ動かさない。

 視線を上げて、少年は相も変わらず、無感情に問いかけてくる。


「それで、お前は誰だ」

「素性を聞くならまず自分からって、常識だぜ?」


 口元に笑みを浮かべ、斜に構えて疾は聞いた。だが、答えは聞くまでもなく分かっている。

 尋常ならざる魔力量。この場を消し飛ばしてみせた魔術。何より、黒一色の服に留められた、見覚えのあるバッジの示すもの。


(やっべえ……)


 つくづく、自分の運のなさには笑えてくる。何も、資金繰りという準備段階の初期も初期で、こんな大物を引き当てなくても良いだろうに。


 魔法士協会。魔術師の上位職の、その中でも人外とみなされる、魔法士を管理する立場。



「──魔法士幹部。登録名は、スブラン・ノワール」



 どうでも良さそうに名乗り、少年は──スブラン・ノワールは、重ねて尋ねてきた。



「それで。お前は、何者だ?」

「生憎と、胡散臭い輩に名乗ってやるような名は持ち合わせてねえな」



 これが、疾とノワールの──奇妙な縁で結ばれることとなる2人の、初邂逅であった。



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