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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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78 正体不明の異能者として

 異世界で様々な経験を積んだ疾は、自身の住む世界で依頼を受け始めた。


「──俺指名で、ねえ。随分と数奇な趣味をした奴がいるもんだな」

「それには大いに同感だね」


 渋い顔をして疾を睨んでくるのは、「魔女」。疾と会話するのが心底気が進まないと表情にありありと浮かべている。正直なのは結構だが、もう少し交渉力を身に付けなければ「吉祥寺」の次期当主として失格なのではなかろうか。


「ま、大方狙いは俺の手口を知りてえだの、行動範囲を計るだの、その辺りだろうがな。こっちも金は欲しいし情報も欲しい、対等といえば対等だが。さて、どっちがより多くの利益を得られる事やら」

「……そこで楽しそうな顔を出来る神経が、私には理解出来ないけど」


 今度はうんざりしたような顔でそう呟いて、「魔女」は溜息をついた。


「取り敢えず、引き受けるって事で良いんだね?」

「良い。ああそれから、間違っても人様の名前を漏らすんじゃねえぞ?」

「分かってるよそれくらい……けど、魔術師のルールに逆らうなんて無謀者だね」


 「魔女」の指摘は尤もで、通常の魔術師は姓名どちらかを通り名として用いる。そのルールに従うことで、名前から得られるありとあらゆる情報へのアクセス制限がかかる、つまり保護されるようになっているのだ。だからこそ大抵の魔術師はどちらかを名乗る。この「魔女」の場合は「眞琴」だろう。

 ある一定の力を持つ異能者や魔術師は、本当の意味で「通り名」を手にする。「知識屋の魔女」然り、場合によってはフルネームが通り名となっている場合もある。この場合、名を知られても情報の漏洩はなく、通り名に付随する情報のみしか得られない。

 どちらにせよ、個人情報を秘匿するための魔術師の工夫だ。魔術においての情報の価値は、ネット社会と同じとそれ以上に重い。


 だが、それを理解した上で、疾は己の名を徹底的に隠している。


「じゃあ聞くが、あんたは俺の情報、少しでも得られてるのかよ?」

「……」

「そういうこった」


 押し黙った「魔女」をせせら笑うと、「魔女」は深々と溜息をついた。


「本当に、性格悪いよね……」

「褒め言葉だな」


 本来のルールに逆らってもなお情報を隠し通す術は、両親から受けとった。あの総帥から隠れおおせているだけのことはあって、母親の電子回路からの情報削除スキルと、父親の魔力痕跡削除スキルは突き抜けて優れている。公立高校に通っていても、この街の有力者が一切の個人情報を得られない程度には徹底して秘匿しおおせている。


「ま、この依頼主と「魔女」の関係については深く聞かないでおいてやるよ。あんたも客商売上、切っても切れない縁ってのはあるだろうからな」

「……それはどうも。一応紹介してあげたんだから、顔を潰さないでよね」

「相手次第だな」


 涼しい顔で言ってのけて、疾は「魔女」から依頼書を受けとった。





 そうして疾は、自分の世界でも依頼代行者として名を広めていった。

 最初は「魔女」を経由して、次第に直接の連絡手段を用意して。魔術師や異能者から、組織としては動けないような依頼を引き受け、報酬を受けとる。そんな仕事を異世界に渡らずとも行える環境を構築していった。

 魔法士に目を付けられる可能性については、今更だ。敵対した以上、下手にこそこそするよりは、堂々と動いてあちこちで貸しを作った方が、回り回って身の安全に繋がる。

 ただし、異世界での依頼と違い、あからさまにきな臭い依頼は避けて通った。権力構造の複雑さはこの世界の方が格段に上だし、厄介事に巻き込まれたときのリスクヘッジが手間だ。面倒になったから、と生まれ世界を捨てるほどにはまだ達観していない。

 自身の能力を正しく見極め、危険度を見計らって依頼を選んで。そうして着実に金稼ぎと名売りを進めた。


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