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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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76 裏の日常では

 ここまで息もつかずに動き続けていたが、学問を怠らないのは日本に来る最低条件だ。そもそも疾も、学校そのものをサボる必要性は感じていない。図書館に行って文献を読むのもよし、毎日授業があるなら休む理由もない……そのレベルの認識でいた。

 が。学校が始まり1月も経たないうちに、疾の意思はぐらついていた。


(…………ヒマ)


 授業のあまりの退屈さに、疾は何度も欠伸を噛み殺す。目の前で繰り広げられている授業は、数学。とうに大学課程まで手を付けた疾にとっては、退屈極まりない内容だった。

 その上、高校課程レベルと考えても明らかに扱う問題が簡単だ。教科書そのまま問題に出すというのは、何の目的があるのだろう。答えが書いてあるものを新たに解説するという行為の意味がさっぱり理解出来ない。

 教科書を読み上げるだけの教師が多いこの学校の授業に、疾は非常に辟易していた。正直、授業そっちのけで魔術書が読みたくて仕方が無い。

 体育くらいは楽しめるが、強化魔術を併用した戦いの中で動体視力が鍛えられすぎて、少々物足りないのが難点だ。技能関係無く、動きの先読みと反射神経だけで、選手クラスの生徒とも互角でやり合えてしまうのだから困る。


 更に、そんな色々と逸脱した疾につまらない嫉妬をする輩というのは、国を超えても変わらずいるらしい。この学校では大きなトラブルを起こしていないので、リセのように疾に恐怖する理由もない。

 結果、疾は「放課後に手紙で体育館裏に呼び出される」という、小説でしか読んだことのない展開をある日経験した。


「…………」


 机に突っ込まれたその手紙を一瞥した疾は、無言で握りつぶすとゴミ箱に捨てた。そして当然のように、その日は直行で帰った。こんな呼び出しに応じる奴っているんだろうか、と素で疑問に思ったが、応じないとどうなるかは翌日に判明する。


「お前が波瀬か!?」


 昼休み。弁当を広げていた疾は、周囲の視線と目と鼻の先にあるヤンキー面を当然のように無視した。適当に作ってきたサンドイッチにかぶりつくと、教室に微妙な空気が流れる。


「無視すんなや!」


 声を更に荒げたヤンキー面が、机をがんと蹴る。あちこちから小さな悲鳴が上がった。疾は衝撃でひっくり返る前に確保した弁当を、安全圏にまで避難させた。成長期を迎えた疾にとって、空腹は結構な難敵だ。


(さて)


 どうやら無視をすると、お出迎えがあるらしい。ここで暴れられても周囲が邪魔なので、疾は黙って立ち上がった。視線をヤンキー面に向けると、何故かますますいきり立つ。


「てめぇ……!」

(いや、お前ただの案内役だろ?)


 どうせ、1対1になるなどとは思っていない。彼が呼び出しのためのパシリであるのは見えきっていた。そんなパシリが先走って1人で喧嘩を売って、後で怒られないのだろうか。


(まあ、別にどーでもいいけど)


 ヤンキー共の秩序が保たれていようが崩壊していようが、疾にはどうだって良い。これが魔術師ならその秩序レベルに合わせて組織を総崩れにしてやるが、こんな雑魚相手にその手間は必要あるまい。

 そう思って、振りかぶられた拳をひょいと避けた疾は、そのまま早足で体育館裏まで足を運んだ。慌てて付いてきたヤンキー面が面白くて少しずつ歩く速度を上げていって息切れさせたのは、ちょっとした余興である。


「──てめえが、最近ちょーしのってるってやつ?」


 そんなありきたりな台詞で待ち構えていたヤンキー集団を、疾は騒ぎに気付いた教師が駆けつけるより速く物理的に沈静化させ、その場を離脱した。タイムは教室を出てから戻るまで3分、結構遠かったのでなかなかの記録だろう。


 そんなささやかないざこざを何度か繰り返したものの、疾の学校生活は表向きは平和だった。どうやらここは、あらゆる生徒を引き受ける代わりに、問題は全て事なかれ主義で蓋をする方針らしい。今後何度もサボる機会があるだろう疾には、大変頼もしい。


 ついでに、日本の高校生の噂というのは妙に夢見がちなようだ。裏でさくさくと不良を潰したり、体育で異様な動きを見せたりする疾を、学校七不思議のような、変わった人間扱いで済ませているようだ。


(普通、異物扱いでのけ者じゃねえのか?)


 これまでの経験からそうなるのも覚悟の上だったのだが、案外に好意的……とまではいかずとも、珍獣扱い程度らしい。人が好いというか平和思考というか、疾としては拍子抜けも良い所だ。まあ、別に怯えられたいわけではないので、構わないが。


 他にも何人か、少々変わった異能の持ち主や、愉快な性格の人物もいるようだから、それもあるのかもしれない。疾が入学試験の時に見かけた2人など実は親戚同士で、しかも何故か疾などより余程教師のヘイトを集めまくっている。……噂に聞く行動指針も含めて、ある意味凄い連中だとは思う。


 だが──魔法士との戦いに殆どの意識を向けている疾の興味を引くほどではなく、関わる切欠もないまま月日が過ぎていった。


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