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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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74 反撃

 1週間後、疾は準備に十分な時間をかけたと判断して、転移魔術で国を出た。行き先は、手出ししてきた魔法士が詰めている建物。そこには複数の魔法士が魔術師を手足のように扱い、この世界の魔術文明の調査を行っているらしい。


(迷惑な連中)


 わざわざしゃしゃり出てきて利益だけを吸い上げようという姿勢にはいっそ感心するが、わざわざ異世界へ移動しなくて良く、何より戦力が分散されている点で都合が良い。こちらも初陣で情報も満足に持っているとは言いがたいのだ。


 世間一般的には宗教団体所有の施設と思われているらしいビルに、疾は昼日中に堂々と侵入した。宗教団体だろうが何だろうが、堂々と入る人間に怪訝な目を向けるものは案外いない。人間、いちいち他人の動向を詮索するほどヒマじゃない。

 気配を溶け込ませて、ビルを進む。呼吸を周囲と合わせることで、周囲は個人を意識しなくなるのだという。実践するのは初めてだったが、驚くほど上手くいった。

 階段を上り、目的の階に辿り着く。ビルの中階層ほどであるそのフロアでは、魔術師が魔法士の指示に沿って実験を行っている。指示通りにしか研究を行えない現状に不満を抱く魔術師もいないわけではないが、明らかな実力差に口を噤んでいるという所か。


(くっだらねえ)


 組織を内部から腐らせて行く方法なんてごまんとある。少しずつ歯車を狂わせていけば、このフロアは形骸化させられただろう。唯々諾々と言いなりになる、という選択は、いつかどこかで破綻するものだ。

 まあ破綻させる自分が文句を言うのも変な話か、と思い直す疾は、ごく自然な顔をして、そんな魔術師達の作業に加わっていた。


「おーい、次はこれをあっちに運んでくれ」

「了解」


 声をかけてきた男に短く返事をして、受けとったものを指差された方向へと運ぶ。そして進んだ先でものを渡して、新たな雑用を探して動き回る。ごく当然の顔をして手伝う疾を疑うものは、いない。認識阻害の魔道具を用いているとはいえ、疑う素振りすらなかった。


(ま、そんなもんか)


 人間、己のワークスペース、慣れた場所では気が緩むものだ。どんな仕事内容であろうと、身内と慣れた場所にいるだけで、ルーチンワークとなってしまう。そして、そうなった人間ほど、無防備な状態はない。


 とはいえ、いつまでも気付かないほどには、彼らも無能者ばかりではない。


「おい、お前……見た事ないぞ」


 声を上げたのは、指示を出す側の魔法士。赤い髪を払いのけ、疾の顔をまじまじと覗き込んできた。認識阻害の魔道具も、そこまで意識して覗き込まれては、効果がない。


「さあ、どうかな」


 にい、と笑って見せると、魔法士は素早く距離を取り、魔法を編み上げた。


「どこから入った。所属は?」


 魔法を見せつけながら問うてくる魔法士に、疾は笑うだけで答えない。苛立ちを見せ、言わないのならばと魔法を放とうとする素振りを見て、疾は魔道具のスイッチを切った。

 認識阻害から解き放たれた疾の顔を見て、魔法士が一瞬動きを止める。その時間で、疾は右手に持っていたものをぽいと放り投げた。


 部屋中に火花が飛び散り、小さな爆発が連鎖する。


 あちこちから悲鳴と怒声が上がった。今まさに実験中だった薬剤が弾け、噴水のように撒き散らされているのだ。もろに被った人々の肌は焼けただれ、煙を上げている。喚く人々は爆発にそのまま呑み込まれ、吹き飛ばされた。


「何をした!」

「見て分からないとは、お粗末な観察眼だな。魔法士が聞いて呆れる」


 せせら笑う疾に、魔法士は苛立ちを滲ませる。構わず、疾はもう1つ魔石を明後日の方向に放り投げた。今度は魔法士も大人しくそれを眺めず、待機させていた魔法で魔石を破壊した。

 途端、近くにあった実験器具という器具が弾け、炎となって燃えあがる。


「なっ!?」

「拠点を火事にするとはな、破壊趣味でもあんのか?」


 驚愕を顕わにする魔法士に声をかけて、疾は銃の引き金を引いた。魔法士の肩を貫いた魔力弾は、その先で着弾し、敷かれていた魔法陣を暴走させた。炎に反応して発動しかけていた鎮火用の魔法陣が、暴走した魔法陣と相殺されて沈黙する。


「ぐ……っ、貴様、何を相手にしているのか分かっているのか!」

「はあ?」


 鼻で笑って、疾は軽く地面を蹴った。机に飛び上がって相手の視線を上げ、周囲の惨状をよく見えるようにする。

 辺りは酷い有様だ。あちこちで小爆発が起こり、薬品が吹き上がり、人々が負傷して床へ倒れる。中には怪我もしていないのに、頭を振ったかと思うと事切れたように倒れ込むものもいる。何人かがこの状況に対応しようと声を張り上げるが、パニックになった魔術師達は耳を傾けないまま、自滅していく。


「そっくり返すぜ」


 それらを横目に、疾は嘲笑う。惨状を背景に、治癒魔法で傷を癒した敵へと、大上段から言い放つ。


「てめえら如き雑魚が、誰に喧嘩売ったか分かってんのかよ」

「貴様っ!」


 激高した相手が、魔法陣を幾つも浮かべた。周囲の人物を巻き込んでも疾を消しとばさんとするそれらの魔術を一瞥して、疾は失笑する。


「はっ。こんなちゃっちい魔術、見せびらかすなよ」


 バキン。


「ぐはっ!?」

「見てるだけで恥ずかしくなるじゃねえか」


 吐血した魔法士に、疾はお返しにと魔道具を投げつける。空中で弧を描いて飛ぶその魔道具に魔法士が視線を向けた瞬間、疾は天井へと発砲した。


 轟音。


 天井が崩落し、その場にいる殆どの人々が生き埋めになった。


「……ふう」


 天井が落ちてくる一瞬前に、予め用意しておいた転移魔道具を発動させた疾は、上層階から聞こえる爆発音と地震のような揺れに大騒ぎする一般人を眺めて、肩をすくめた。

 一応、あの階とその上が魔法士協会が所有するフロアだと確認し、該当フロアだけが破壊されるように威力は調整しているのだが、そんな事は彼らには知りようがない。このままビルが崩れ落ちるのではと、半狂乱になっていた。


(えーと、この辺は一般人で、この辺が管理職だとすると……、こいつでいいか)


 視線を動かし人の流れを把握した疾は、うち1人を選び出し、意識の刷り込みを行う魔術を一瞬で発動した。途端その人物は慌てふためくのをやめ、良く通る声を張り上げた。


「落ち着け! 何が起こっているのかは不明だが、我々の神はこんな事で敬虔な羊たる我々を見捨てたりはしない!」


 瞬時に喧噪が止む。集まる視線を受けて、再びその男が声を上げる。


「祈りを捧げ、神を信じるのだ。我々は今、試練を受けているのだ。ただ右往左往するようでは、神は我々に失望するであろう!」


 はっと息を呑むような音があちこちで聞こえた。男は鷹揚に頷き、人々を見回す。


「されば、私に従え! 誰1人として犠牲を出さず、我々は神の試練に応えるのだ!」


 その言葉が響くやいなや、さっと人々が統率の取れた動きで移動し始める。非常階段を下りる足取りも落ち着いたもので、素早い対応は災害訓練もこれほど上手くはいくまいという確かさだ。


(宗教って、団体行動を取らせるにはこの上なく効率的だよな。思考停止してるから操りやすい)


 不敬極まりないことを考察しつつ、何食わぬ顔で移動する人々に紛れた疾は、そのまま誰にも疑われることなく、ビルから脱出したのだった。



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