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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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72 入学

 魔法具制作は思いの外難渋し、完成を待たずして新学期が始まってしまった。

 入学式に興味は無いが、出席日数稼ぎにもなるから仕方が無い。欠伸混じりに疾は登校した。


(つーかこれ、何の為にあるんだ?)


 式典というものと久しく縁のなかった疾は、途中からそればかりを考えていたが、周囲も欠伸混じり、酷ければ雑談をしたり居眠りをしたりで全く聞いていない生徒ばかりだったため、深く気にしないことにした。

 所属クラスは1ー2。鞄片手に移動しつつ、疾は顔を顰めて首元の襟を軽く引っ張った。詰め襟と呼ばれるこの制服、酷く息苦しい。ホック1つ外すべからずなどと校則に書かれていたが、その利点は何だろうか。


(空調も基本的に教室だけか……夏は辛そうだな)


 夏に日本へやってきた疾は、フランスにはない湿度に少なからずうんざりさせられた。なるべく日中は部屋でエアコンを付けて魔術の練習に勤しんでいたが、学校が始まればそうもいかないらしい。

 はあ、と息をついて、教室のドアを開ける。音の響く引き戸を雑に開くと、視線が大量に突き刺さった。


(うぜえ……)


 硬直しきっている生徒達を見つつ、疾は内心で愚痴る。慣れ親しんだ態度とは言え、毎度毎度鬱陶しい。敵対しているはずの魔術師でさえ、暫く動きを止めるのだ。お陰で初手で非常に有利なのだが、容姿1つで何を大げさなとどうしても思ってしまう。


 ……何より、疾はその羨望の眼差しに混ざる、欲の色が嫌いだ。


 黒板に座席表が出席番号順で示されているのをちらっと確認して、自分の席に腰を下ろす。木と鉄パイプで出来た机と椅子はなんだかガタガタして使いづらそうだ。木板の下の空洞は、引きだし扱いだったか。

 小学校以来のそれらを物珍しい気分で眺めながら、疾は鞄を机の横にあるフックに引っかけた。鞄に入れておいた学術書を取りだし、開いて読み始める。


 周囲は今になってようやく喧噪を取り戻していたが、ちらちらとこちらを伺う視線も感じる。話しかけるタイミングを計っているのだろうが、疾は一切応える気は無い。

 異世界と違い情報が秒単位で飛び交うこの世界、公立高校に昼日中から魔法士が襲撃してくる可能性は低い。けれど、疾は線引きに例外を置く気は無い。異能者もいるこの学校でも、魔法士と戦えるだけの実力者などいやしない以上、関わりを持つ気は無い。


 そして、フランスでの経験も鑑みて、疾は最も労力が少なく他人の干渉を無くす手段を選んだ。


 ガラッと勢いよく扉が開けられ、30代後半と思しき男性が入ってきた。


「はい、席に着けー。全員いるか、確認、す、る……」


 疾にとっては不思議な事を言いながらぐるりと教室を見回した男性が、疾の姿を認めて硬直する。鬱陶しさに顔を背けると、我に返った男性が取り繕うように声を張った。


「えー、全員いるな。今年このクラスの担任をする、岩田だ。教科は化学。1年目は全員化学だから、苦手な奴はいつでも聞きに来いよー」


 担任、という響きすら懐かしい。そういえば、日本の授業は、教科ごとの教室移動が必要なく、教師が教室まで足を運ぶのだったか。


(時間の効率化やエネルギー効率を思えば悪くねえけど、生徒がえらい優遇されてるな)


 そんなどうでも良い感想を抱きながら、疾は担任の続く言葉に顔を顰めた。


「というわけで、今年1年一緒になるクラスメイト達だ。1人ずつ自己紹介してもらおうか。まず阿内から──」

(めんどくさ)


 率直な感想を抱いた疾は、綺麗さっぱりそこからの自己紹介を聞き流し、魔術の考察に思考を割いた。誰がどこの中学出身だろうがどんな趣味を持っていようが、心底どうでも良い。興味が無いし、そもそも疾は彼らの顔と名前を一致させる気すら無い。


 更に。


「えー、次。波瀬ー」


 名前を呼ばれたので、その場で立ち上がる。周囲の視線が鬱陶しいほど集まっているのを感じながら、一言。


「波瀬疾」


 それだけで席に座る疾に、暫く周囲は状況を把握出来なかったらしい。ぽかん、という音が聞こえそうな空気が流れ、誰もが口を半開きにしている。

 全部ガン無視で窓の外に目を向けていると、ようやく事態を把握した生徒達がざわつき始めた。担任も困惑したように、疾を呼ぶ。


「えー、波瀬、もうちょっと何か無いのか?」

「……」

「前の学校とか……ほら、波瀬は帰国子女だろ」

「……」

「……趣味、とか……何か、ないかって」

「……」

「……」


 何を言われても黙りこくったまま反応もしない疾に、担任がついに困り果てたように黙りこくる。その頃にはクラスメイトも当惑した視線を疾に向け始めていた。狙い通りの反応にも、疾は無反応で窓の外に目をやり続ける。


「……えー、次。長谷部ー」

「……は、い」


 ぎこちないながらも、一幕を無かった事にして自己紹介を再開したクラスの様子に、疾はひっそり口端を持ち上げた。


 敵意をもたれても面倒、かといって無難な応対をしたところで切欠1つで敵対される。なら、どう相手にして良いのか分からない、と遠巻きにさせてしまえばいい。距離感を間違えると孤立とみなされいじめの対象になりえるが、何を考えているのか分からない相手をいじめるのは思う以上に胆力がいる。

 勿論、名乗り出る相手がいるならば見せしめも兼ねて盛大に打って出る気でいるが、まあそんな事は起こらないだろうな、と周囲のぎこちない空気に疾はそう判断した。狙い通りで大変ありがたい。


 その後もどこかぎこちない空気は修復されないまま、その日のホームルームは終了した。今日明日は学校の施設や授業の概要説明に時間が費やされ、本格的に授業が始まるのは明後日からだという。


(……サボるか?)


 そろそろ異世界に跳ぶかと一瞬考え、直ぐに打ち消す。魔法具を完成させる方が優先事項だし、他にもこの世界で出来ることは沢山ある。


(となれば……夜だな)


 術者連中は鬱陶しいが、先日『知識屋』に足を運んだ際、手出しした奴から心を折ると忠告してやったばかりだ。彼女は一応守護家の次期当主だ、早まらないように手を回すくらいの権力はあるだろう。

 異能を磨くなら、相手は人間じゃない方がやりやすい。やたらめったら雑魚魔術師の魔力回路を破壊するよりは、動きも反応も格段に早い妖を滅する方が練習になるし、変に目を付けられずにすむ。

 そう結論づけて、疾は家に戻り、ひとまず夜に向けて仮眠をとった。



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