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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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70 見守るもの

「大体分かった……今相談したいのはこれくらいだ。感謝する」

「おう。……ところでお前さん、今日本だろ? どの辺だ」

「言うかよ」


 線引きはきっちりとする。この医師は少なからず信頼しているが、個人情報を漏らすつもりは一切無い。両親にさえ、現在の居住地以外は何一つ伝えていないのだ。


「そこで突き放すなよな、裏切らんと言ったろ」

「一般人のあんたに、拷問に耐える技能はない」


 軽く右目の瞼に触れつつきっぱりと言い切ると、医師は苦い顔で黙り込む。同じ目に遭って耐えられるのかという暗黙の問いかけに対し沈黙で答えた医師に、疾は特に感情を挟まず話を戻した。


「それで? 日本がどうかしたか。確かにあんたの元に定期受診するのは時間とリスクが惜しいが」

「……はっきり言うな、ったく。いや、もし住んでるところに近けりゃ、良い医師が紹介出来るんでな」

「こっちの世界の人間か?」


 魔法に精通している医師が、日本にいるとは余り考えがたい。この似て非なる魔法士の住まう世界の方かと思って確認するも、医師は首を横に振った。


「お前さんの世界の人だよ。徒人の世界で暮らしながら、俺達の世界とも無縁でなく、どちらの患者もそれぞれの知識にあわせて治療を行い、かつどちらの分野でも論文で名を馳せる、聖人通り越した変態がいてな」

「変態かよ」

「俺に言わせれば、日本の医者ってのは総じて変人だ。やっすい給料で人数問わず24時間365日稼働体勢、どんなに名を馳せた医師でも治療費は国が定めた額しか取れず、どんなに稼いでも給料に反映されるわけじゃないんだぞ。想像しただけでぞっとするぜ」

「あんた、金大好きだもんな」

「そして俺の紹介する医師は、一般人と魔術師の両方治療してるんだぞ? あの世界で魔術師の治療が可能な医師がどれだけいるよ。片方だけでも遊んで暮らせる額稼げるのに、いつ寝てるのか分からんほど駆けずり回って治療するとか、変態と言わずして何と言う」


 真顔で朗々と語った後、医師はだが、と続けた。


「だが腕は確かだし、俺の魔力回路を治療する知識や技能はあの人の論文がソースだ。……最近忙しいのかあまり論文を出してくれないが、きっと更に研究を進めているはずだ。あの人なら、お前さんのその状況も何とか出来るかも知れん。せめて、寿命を削るのを押さえてくれるくらいはするだろう」

「……」


 少し考える顔になった疾を見て、医師はとある機械を取り出して見せた。


「これが、その論文を元に再現した魔力の流れを整える機材だ。魔力が暴走した患者や、お前さんみたいな目に遭った患者の状態を安定させるのに大きく貢献してる。お前さんも、入院時は少なからず世話になってるが……もっぺん体感してみろ。不快感もなく良いと思えるなら、その変態を紹介してやる」

「……分かった」


 悪い提案じゃないと判断し、疾は再びベッドに横になる。医師が足元に機械を置いた途端、ふっと呼吸が楽になるのを感じた。


「……成る程な。これは、確かに効果がある」

「だろ」


 気付いていなかった四肢の強張りが溶けていく感触。血が全身をくまなく巡るような感覚に、疾は自然と呼吸が深くなるのを感じた。


「そのまま寝ていけ。起きる頃には随分違うと思うぞ」

「いや……ああ、そうだな」


 少し、疲れているのは自覚していた。時間がないからと駆り立ててきたが、この病院の安全性は父親も信頼を置くほどだ。休養は取れる時に取っておくべきだろう。


「任せて良い、んだな」

「おう。その間にここで紹介状まとめておいてやるよ」

「行けるかは……場所に、よる……」


 じわじわと眠気に襲われながら、疾は呟くように言い返す。……ねむい。


「いざとなれば個室に、転移魔法陣でも何でも置かせて貰えよ。あの変態なら対応してくれる」

「そりゃ……確かに……」


 ふっと笑う声も呼気になって溶けていく。自然と落ちた瞼に抵抗せず、疾はそのまま眠りに落ちていった。


「……」


 その様子を見守っていた医師は、ふうと息を吐きだして天井を仰いだ。


「……苦痛を取り除いてちょっと身体を休めただけで、完全に信じちゃいない俺の前で寝落ちしちまう、か。そこまで疲れ切ってても、走る気でいるのかよ……若いなあ」


 そして。若さは時に、驚くような結果を出してみせると、医師は知っているから。


「はあ……親父さんに、隠蔽させるなって言われたんだが……知られたくねえお前さんの気持ちも、わかっちまうからなあ……」


 右目も、命の刻限も。

 どちらか1つだけでも、あの父親は疾を戦いから引き剥がすだろう。例え、疾に恨まれることになっても、戦いを彼から取り上げる。

 そんな役割を担わせたくはない、と。疾の、言葉にしなかった情も分かってしまう。


「はあ……しょーがない。来たる時には潔く親父さんに殴られてやるよ」


 苦笑して、眠りにつく疾にそう告げて、医師は宣言通り紹介状の準備に取りかかった。


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