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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
1章 はじまり
7/232

7 信頼

 勉強の後は、甘い物が食べたい。

 そんなアリスの要望に応じて、3人はケーキバイキングのあるカフェに入った。


「ユベールも来るの?」

「駄目?」

「アヤトと2人がいい。邪魔」


 びしっと固まって、そのまま真っ白になりそうな勢いのユベールを見て、疾は慌ててフォローを入れる。


「勉強教えてもらったんだし、それくらいはいいじゃないか。歩くお財布だと思えばいいだろ」

「むう……アヤトがそう言うなら」


 拗ねたような顔で了承するアリスに、ユベールは安堵混じりの微妙な顔をした。


「アヤトって……たまに黒いよね」

「黒い?」

「いや……いいけどさ」


 怪訝そうな顔でユベールを見返すも、ユベールは曖昧に苦笑するばかりだったので追求を諦めた。疾の腕をアリスが引いたのも理由の1つだが。


「アヤト、早く取りに行きましょ!」

「落ち着けって、ケーキは逃げないぞ。俺とユベールは席を確保してくるから、アリスはゆっくり選んでこい」

「分かった!」


 言うなりケーキコーナーに突撃していくアリスを笑って見送り、疾はユベールと2人奥の目立ちにくいテーブルを選んだ。


「アヤトがいる限り、目立たないとか無理だと思うんだけどね」

「ユベール、気休めって大事だぞ」


 辟易した表情の疾に、ユベールが苦笑して肩をすくめる。


「君が人目を集めるのを楽しいと思える性格なら、これほど幸せなギフトもないのに」

「生憎、その裏にある変態、ストーカー、性犯罪者予備軍の群を見てしまったからな。そんな幸せ思考を出来るほど暢気じゃない」

「ああ……それは確かに、大変そうだな。最近、アリスと2人で帰らないのはその為かい?」


 さらりと投げ掛けられた問いかけに、疾は少し目を細めた。


「気付いていたか。流石だな」

「席取りもその為だろう? アリスに気取られまいとしてくれるのには感謝するよ。避けられてるだなんて思ったら、傷付く」

「まあ……だよな」


 はあ、と溜息をついて、疾は視線を一度素早く周囲に投げ掛ける。声を低めて、ユベールの問いかけに答えた。


「元々、変な連中に目を付けられやすいのは確かなんだが。最近なんか……妙、なんだよな」

「妙?」

「言葉にするのは難しいんだが……何かが違う、というか」


 口籠もる疾は、逡巡を浮かべている。それを見て、ユベールは怪訝そうな顔になった。


「随分曖昧だな?」

「ああ、いや……」

「いや、いいよ。そういうのは、経験ある人間の意見を聞くべきだ」


 弁解しようとする疾を押しとどめ、ユベールは少し笑う。意外そうな疾の顔を見て、付け加えた。


「アリスが惚れる男だし、こんな下手な言い訳しか出来ないアヤトじゃないのは、僕も知っている。信じるよ」

「……さらっとシスコン発言が混ざってて微妙だけど、ありがとな」


 ほっとしたように笑った疾に、ユベールが笑顔のままさらりと呟く。


「ただ、アリスが2人きりの時間が少ないって、寂しそうなんだよね」

「……」

「兄としてはちょっといただけないな。それに、彼氏として甲斐性を見せてほしいなあって」

「……あー」


 視線を少し泳がせた疾に、ユベールはにこりと笑い、すっと2枚のチケットを差し出してきた。


「というわけで、今度の休みにどうぞ」

「は……いや、おい」


 フランスでも有名なネズミの国のチケットに、流石に疾は顔を引き攣らせる。


「い、妹の為にこれ買うか……高いのに」

「天使の笑顔の為なら、安いものだね」

「マジでそのシスコンは何とかした方がいい……というか、俺、こういうの並ぶの苦手なんだけど」


 数時間待ちという情報を耳に挟んだ事がある疾がそう言うも、ユベールは動じない。


「いやアヤト、30分やそこらの待ち時間なんて、うちの天使と楽しく会話していれば、あっという間だろ」

「だからその発言……って、30分?」

「? 30分待つ方が珍しいけど、それがどうかした?」


 きょとんとして答えるユベールに、疾は唖然として呟いた。


「……日本だと、2時間待ちはデフォらしいぞ」

「…………それは、よく行くね…………」


 日本のネズミの国は、どうやら非常識なレベルで混んでいるらしい。疾は驚き半分、安心半分に頷いた。


「ま、そういう事なら了解だ。帰りは悪いけど──」

「うん、分かってる。父さんが現地まで迎えに行けると思うよ。アヤトも乗っていくと良い」

「待った、それキツい。俺は自分で何とかするって」


 頬を強張らせて反論するも、ユベールはにっこり笑った。


「やだなあ、アヤト。パリから電車だと小一時間かかるんだぞ。12歳が1人で行くのは危ない」

「……だったら親に聞いてみる。そっちのお父さんに世話になるのはちょっと」


 疾の反論は聞かぬ振りで、ユベールは締めくくった。


「というわけで、ちゃんとアヤトが誘えよ」

「そりゃまあ……それくらいはな」


 疾が頷いたところで、アリスが2人を見つけて近寄ってくる。疾はすっとチケットを引き寄せ、ポケットに押し込んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネズミの国……普通かなり待ちますもんね。護衛もかねての一緒のデート……デートではないか。 どうなるのか楽しみですねぇ。 続きが楽しみです。
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