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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
67/232

67 再診

「それと、疾。家に帰らない理由は理解したが、この後病院には行けるか」

「病院?」


 唐突な問いかけに怪訝な声を上げると、父親は淡々と説明してきた。


「医師から連絡があった。身体の傷はともかく、体内の回路が心配だと」

「……別に、異常は感じないけど」


 何せつい最近、複数人纏めて魔力回路を破壊し尽くしてきた所だ。調子の善し悪しで言えばかなりよし、だろう。気分は最悪だったが。


「自覚はなくても、不調が隠れていることもある。今後を考えれば、1度調べるのも悪くないだろう」

「……はあ」


 一理あるので曖昧に頷きながらも、疾は一言、添えた。


「けど、悪い。今からは無理だ。予定が入ってる。俺1人で行くよ」


 すっと目を細めた父親は、見透かすような眼差しで言う。


「……1週間以内に行けよ」

「はいはい」

「行ってなければ、疾を見つけ出して引き摺っていくぞ」

「……了解」


 明らかに本気なので、疾は神妙に頷いておく。やると言ったらやるのだ、この両親は。


「じゃ、またな」

「ああ」


 ひらりと手を振って、疾は自室へと転移した。






 数日後。余りに多くの事が起こったせいで忘れかけたが、疾はぎりぎりで受験の合格発表を思い出した。自分の受験番号が無事掲示されているのを確認の上、教科書、制服を注文する。

 全教科満点の結果付きで届いた合格通知書には、入学式での挨拶を頼む旨が記されていたが、速攻電話で辞退した。事前に練習に来いとかそんな暇あるか。


 そして疾は、その足で約束した病院へ向かった。父親と話をした部屋の転移補助魔法陣は残しておいてもらったのでそれを使い、病院までは久々にバスで移動した。


「やっと来たかこの無謀馬鹿」

「久々の出会い頭に、随分とご挨拶ですね」


 通された個室に入るなり浴びせられた罵倒に、半ば条件反射で言い返す。以前より一回りくらい大きくなった医師は、Tシャツにジーンズという医師にあるまじき服装はそのままに、おやという顔で疾を見上げた。


「図体も態度もでかくなったもんだな。退院していった時の殊勝さが懐かしい」


 人の過去をあげつらう医師に、疾は「以前のように」笑って、告げてやった。


「お久しぶりです、先生。その節はお世話になりました」

「……やめろ怖い。なんだそれ、二重人格か?」


 どん引きする医師に肩をすくめ、疾は表情を戻して進められるまま椅子に座る。


「医師とは思えない発言ですね、二重人格の定義にはまるで当て嵌まりませんよ。俺にとってメリットのある方を選んでいるだけです」

「……これだから頭の良い人間って怖い」

「先生が言いますか」


 狭き門であるエリートコースをのし上がって今の立場にいるであろう医師には、疾の真っ当なツッコミは相手にされなかった。


「それより敬語が気持ち悪い、普通に喋れ」

「つい先程態度が大きいと仰ったばかりですが」

「だから気持ち悪いって。俺も畏まったの苦手なんだ、フツーに喋れ」


 一応世話になる身だからと口調を改めていたのに、当の本人が心底嫌そうにそんな事を言うので、疾は率直な感想を告げた。


「……変な医者だな」

「何を今更。そんなことより、問題はお前さんの体調だ」

「自覚症状はない」

「ったく、これだから素人は」

「おい」


 あまりの言い草に思わず声を上げたが、医師は至極真面目に言い聞かせてきた。


「いいか。3年前、お前さんの怪我ははっきり言って相当やばかった。怪我人なんてうんざりするほど見慣れてる医療スタッフが、どん引きしたレベルだぞ。ぐちゃぐちゃだ。しかも力の暴走で治せないときた、俺達がどれだけ神経使って治療したか」

「恩の押し売りか?」

「いや、ただの事実。お前さんの親父さんには払うもん払ってもらったからな」


 身も蓋もないことを言うと会話を一旦止め、医師は腕を組んだ。


「まあともかくだ。退院許可ってのは、完治って意味じゃない。入院して四六時中、医療スタッフの目を必要しないってだけだ。そこが分かってて親父さんの部屋に行ったと思えば……」


 はあ、とわざとらしく溜息をついて、医師は愚痴るように続ける。


「魔術や異能の練習までは良いとして、魔術師とのバトル、挙げ句に単身異世界旅行。問題無い方が不思議だぞ」

「……」

「あと、お前さん、自分がPTSDって自覚はあるか?」

「……一応は」


 PTSD(心的外傷後ストレス障害)。ショックを受けた後、不眠を始めとした精神・身体症状が1ヶ月以上続き、日常生活に支障をきたす状態を指す。疾も後で思い返して、入院期間の自分がまさに当て嵌まっていたのは一応認識しているし、退院後も何度かフラッシュバックを起こしていたのは分かっている。

 とはいえ、今現在は日常に支障をきたすような症状はない。わざわざ通院が必要な状態ではないと自己診断していたのだが、医師の意見は違ったようだ。


「分かっててんな無茶するんじゃない。精神的な問題ってのは繊細なんだぞ。出来ればもう少し、こまめにメンタルチェックをしておくべきだ。……お前さんが今「その状態」なのも、その一環だろ?」

「いや、これはこっちが素」

「オーケー、今度からお前さんを猫被りと呼んでやろう」


 ジョークを挟みながらも、医師の表情は真剣だ。疾は溜息をついて、髪を掻きむしる。


「メンタルチェックといってもな……問題を感じたら受診するで良いだろ。俺にとっては、ここに来る方がストレスなんだ」


 医師が眉を寄せた。疾の言葉を深刻に受けとったらしい。もう1度溜息をついて、疾は視線を向けた。


「認知行動療法も、ストレス除去も、刺激統制も、時間を使える状態にない。同じ場所に何度も出入りしてると、巻き込む可能性が高い」

「……魔法士協会、か」


 重々しく呟かれた言葉に、疾は目を細める。


「ここに構えている病院の勤務医だけあって、知識はあるか」

「知識どころか患者にもなる。だからこそ、ここは絶対の中立地帯として構えていられるんだよ。あっち側だって、治療出来る稀少なスタッフがいなくなっちゃ困るからな。だからお前さんの親父さんがここを頼ったんだ」

「あれは、そんな道理が通用する相手じゃない」

「……またなんかあったのか」


 不快感に顔を歪める疾に、医師はがしがしと頭をかいて、暫く考え込むような様子を見せた。と、いきなり膝を叩く。


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