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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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66 背を叩く手

 3日後。

 約束通り時間を作ってくれた父親は、疾も知らないアパルトマンの一室を指定した。魔法陣を敷いてもらい直接転移した疾に、父親はすっと目を細める。


「……痩せたな」

「そうか?」


 軽く首を傾げておく。この3日間、ほぼ睡眠も食事もそっちのけで、知識屋で手に入れた魔術書魔導書に没頭していたから、多少痩せたとしても驚かないが。


「そっちは元気か?」

「ああ。……この後、家に顔を出す時間はあるか」

「ない」


 きっぱり言い切った疾に、父親は目を細め、溜息をつく。その反応に、疾はふと察した。


(ああ……そうか)


 きっとそれは、ずっと前から、可能性としては存在していて。父親もまた、選択肢に入れたことが、あるのだろう。

 身内の為なら苛烈な一面も見せる父親が、それを選ばなかった理由も、今ならば分かる。……そもそも何故、父親がリスクを承知の上で逆らったのかは未だに聞いていないが。相手が相手だ、差し引きならない事情があったのだろう。


 そして。だからこそ、疾の表情から、察したのだ。


「それで、何があった?」

「聞かなくても、分かってるんだろ?」


 にっと笑って見せると、父親は溜息をついて頷いた。


「日本に行く時点で……可能性は、頭にあった」


 その返答に、疾は察して、肩をすくめる。


「だな、俺が甘かった。……自分が遭った目を思えば、十分考えられた」

「……」


 沈黙した父親に構わず、続ける。


「今までは過剰防衛しかして来なかったし、これからも魔術師相手にはそのままでいる気だけどな。──魔法士協会は、総帥は、俺が潰す。総帥を引きずり下ろして、協会ごと瓦解させてやる」

「簡単じゃないぞ」

「知ってる。だから、親父は逃げたんだろ」

「……ああ」


 妻子を守りながら、相手に出来る敵ではない。守り抜くために、父親は逃げる事を選んだのだろう。疾だって、未だに魔力は通常の魔術師程度で、魔法士数人を相手にするだけで怪我を負ってしまう今の状況のままで、勝てるとは思っていない。


 が。


「やると決めたらやるさ。……あのクズに、これ以上、好きにさせてたまるか」

「接触してきたのか」

「部下の方だが、俺がたまたま関わった連中を惨殺してな」

「……疾」


 ぐっと、父親が眉を寄せて名前を呼んできた。構わず、疾はさらりと言う。


「というわけで、しばらく帰らないぞ」

「っ、だが」

「親父、無理なもんは無理。今まで折角逃げ延びてきたんだ、親父は楓とお袋匿って、しっかり逃げててくれ」


 突き放すようにそう言って、疾は苦笑を見せた。


「その方が、俺も動きやすいからな。……まあ家族に限った話じゃないけど」


 ──魔法士と対等に戦える存在でなければ、疾に関われば殺される。


 その事実が分かった今、魔法士相手に生き延びるだけの実力がない輩とつるむのは、死んでも良いと判断しているのと同義だ。だから、魔法士協会と敵対するに当たって、疾はここから先、力の無い人間と関わらない事を選ぶ。……例え、家族であっても。

 おまえのせいで、という戯言に耳を傾ける気はない。狂っているのはあっちだ。だが、だからといって疾の方が、周囲が死ぬのを知らぬ顔でいる気もなければ、あの狂った連中にこれ以上命を差し出す気もない。


 勿論、それは疾自身にも突き付けられる課題で。


「とはいえ、俺もまだまだ力不足だ。しばらくは訓練の相手をして欲しい。親父は、魔法士協会に籍を置いていたんだろ? つまり最低限、魔法士レベルの強さはある」

「それは、構わないが」


 戸惑い気味の父親を見上げる。もう殆ど身長の差は埋まっているが、まだまだ高い壁だ。……そして、ずっと疾の味方だ。


 だから、頼む。


「……3人、逃げ延びてくれよ」

「疾?」

「お袋と楓と、親父自身。……命、守ってくれ」


 今回の件で、思い知らされたのだ。目の前の、この無残な亡骸が……そのまま、家族になりかねないと。

 それは、疾にとって、背筋が凍り付くほどの恐怖だ。


「失いたく、ないんだよ」


 苦笑してそう告げると、父親はふと目を細めて、優しく笑う。


「……ああ。そうだな」


 大事な大事な、家族。疾が壊れかけた時、優しく守って、掬い上げてくれた居場所。失いたくないからこそ、遠ざける。自身を戦場において引き付けることで、守る。

 言葉にするには恥ずかしい、疾の決意は、けれどしっかりと伝わったのだろう。柔らかな笑顔のまま、父親は頷いた。


「分かった。思う存分、戦え。疾は協会との戦いに専念しろ。──足場固めは、こっちがやる」

「親父?」

「疾が考えるほど、俺達は弱くない」

「……ああ、うん。そうだな」


 忘れかけていたのかもしれない、と疾は改めて気付く。思えば疾は、つい数ヶ月前まで母親に問答無用でフルボッコにされ、父親との技術や知識の差にうんざりしていた。彼らの心配を今の疾がするのは、少々奢りが過ぎるというものか。

 苦笑した疾の反応に少し首を傾げたが、父親は、続けて強い言葉を突き付けて来た。


「勝てよ」

「……ああ」

「その為の協力は、惜しまない。──だから、全部終わったらまた、帰って来い」

「……ああ。そうだな」


 眩しげに目を細めて、疾は父親を見上げた。最大限の応援に応えるべく、笑って見せる。


「あっという間に帰って、驚くなよ?」

「部屋が埃だらけになる前に帰ってこられると良いな」


 軽口で返して、父親は疾の頭を軽く叩いた。


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