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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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65 選んだ道

「っ、はあ……っ」


 徹底的に魔法士を叩き潰し、元の世界に帰還した疾は、だんっと自室の壁を殴りつけた。込み上げる感情を呑み込みきれずに、顔を歪める。


「……クソが」


 痛みは、あちこちにある。流石は魔術師の上位職を謳うだけあって、魔法士の実力は相当なもので。異能を駆使しても、無傷での勝利はなく、疾は決して軽くない怪我を負っていた。

 けれど。それ以上に、心を引っ掻くような不快感が勝る。


「……畜生……っ」


 脳裏を過ぎるのは、無残な最期を遂げた彼らの姿。どれだけ弄ばれたのか、表情も分からない程ぼろぼろになっていた。……あらゆる尊厳を踏みにじられたのが、見て取れた。


 そして疾は、そんな彼らの亡骸を、弔えていない。


 魔法士と戦って、傷付いて。魔力が不足していた疾に、彼らの身内を見つけ出して訃報を伝え、現地まで案内する余裕はなかった。戦いの前にギルドには立ち寄れたから言伝は残したけれど、そのまま魔法士を全て叩き潰し、直ぐに帰ってきた。……帰ってくる、必要があった。


 お前のせいで、と。

 何度も何度も、耳にその言葉が反響する。鬱陶しさに、疾は乱雑に頭を横に振った。


「うぜえ……っ」


 違う。疾は、悪くない。悪いのは奴らだ。

 ただ、疾と偶然出会い、一時的に行動を共にしただけ。たったそれだけの、連中と何の縁もない彼らを、何故殺す必要があった。


 ──おまえと関わったからだよ。


「黙れっ」


 がんっと音が響く。力任せに殴りつけた壁は、大きく凹んだ。修復に魔力を使っている余地はない、と頭の片隅で思いながらも、止まらない。


「なん、なんだよ……っ」


 苛つく。苛つく。苛立ちが沸き立って、治まらない。ぎりと奥歯を鳴らして、疾は深呼吸を繰り返す。


「……落ち着け」


 ぐっと、自分の腕に爪を立てて、込み上げる衝動を抑え込む。


「落ち着け……落ち着けってんだろうが」


 何度も、自分に言い聞かせて。感情を、理性でねじ伏せた。


「……冷静になれ」


 悔しさも、怒りも、虚しさも、今は必要ない。そんなものに囚われている暇など、ない。

 だって、選んだのだ。


「魔法士協会を……あの、総帥を……潰す」


 隠れて、逃げて、生き延びるのではなく。全てを掛けて、正面から戦うと。


「もう、動き出したんだ。……止まる暇なんか、ねえ」


 ぐっと顔を上げて、疾は鋭い光を瞳に浮かべ、虚空を睨み付ける。

 人を人とも思わぬ所行を平然と行う、腐った連中を全て、叩き潰す。その為の力は……まだ、足りない。


「必要なものを、考えて……動かねえと」


 時間がない。既に協会は、疾が敵対行動を取ったと知っているだろう。ならば、どんな犠牲を出してでも、疾を叩き潰しにかかる。

 特にあの子どもは──総帥は、愉しそうに人の心を弄ぶ。疾を精神的にも肉体的にも追い詰めて、最終的に玩具へと落とす為なら、どんな非道な手段をも楽しみの1つとするのだろう。


「させるかよ」


 もう、これ以上、誰にも手を出させない。疾の周りに目が向ける余裕がなくなるほど、徹底的に叩く。……そして。


「……ま、仕方ねえか」


 ほんの少し苦い声を漏らして、疾は決意する。ポケットから取り出した端末を操作し、とある番号を探り当てて、電話を掛けた。


『……もしもし?』

「対価の用意はできたか?」

『っ! ……良く、この番号を見つけ出したものだね』

「普通だろ」


 くつり、と笑う。冷静さを保とうとする姿勢は評価するが、今の疾が関わろうとする理由は、唯1つ。


「妖を術以外で滅する方法を教えてやる気はねえ。が、相手にした過程で生態や特徴に関してある程度の考察はある。それを提供してやるから──俺を、客にしろ」

『……成る程ね』


 ふっと、電話の向こうの気配が変わる。ようやく、意識を切り替えたのか。


(遅え)


 中途半端な心構えでは相手にならない事くらい、初回で弁えて欲しかった。そう頭の片隅で思いながら、疾は流れるように言葉を紡ぐ。


「明日顔を出す。せめて、これ以上こっちを落胆させてくれるなよ」

『言うじゃないか、そっちこそ私がとっくに知っているような事実を示さないでよ? ──うちの書には、それだけの価値があるんだから』


 疾が、魔法士という魔術以外の異能にも精通した集団を相手にするためには、武器が必要だ。それは銃ではなく、魔術でも、異能ですらない。

 ──あらゆるイニシアチブを得る為の、最大の武器。それを、この女性は持っている。


「大口叩いて、後で吠え面こくなよ」

『勿論』


 くすり、と笑い声を漏らして。電話の向こうで、『魔女』は言う。



『知識は、その資格に相応しいものを、相応しい対価を持って得るものだ。君の資格がどれ程のものか、──ご来店、楽しみにお待ちしております』



 そう言って、魔女は通話を切った。くつくつと笑い、疾も端末を耳元から下ろす。


「さて、後は……」


 続けて端末を操作し、電話を掛ける。ワンコールで繋がった先、疾は相手が応答の声を上げるより先に告げた。


「直接会って話がしたい。時間、取れるか?」

『……』


 押し黙る電話相手に、疾は重ねて言う。


「楓には言わないでくれ。お袋は……親父の判断に任せる」

『……何があった?』

「それも含めて、直接」


 詳細を語らないのは、どこでどう繋がって居場所を知られるか分からないから。今の拠点は、安全地帯にしておきたかった。


『……分かった。3日後、時間を作る。場所と時間はまた連絡する』

「ああ、頼む」


 返事を待たずに電話を切り、疾は1つ息を吸い込んで顔を上げる。唇を歪め、吐き捨てた。


「好きにはさせねえよ?」


 ここにはいない相手に宣戦布告を投げつけ、疾はようやく、自分の傷の手当てに入った。


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