64 そして、戦いへ
別れも告げずに消えた疾に、彼らが何を思ったかは、永遠に分からない。
──次に疾が彼らに出会った時、彼らは、見るも無残な死体と化していたから。
「逃げたな」
森を出て、街道に沿って少し歩き、魔力の流れを読んで転移魔術に適した場所を探していた疾は。唐突に現れ、荷物のような乱雑さで彼らの亡骸を放り捨てた男の言葉に、息を詰めた。
「お前の魔力が残っていたから、ちょっとばかり尋問させてもらったよ。なあ? お前……先見なんだって?」
「……っ」
その情報は、疾自身も彼らに教わらなければ知らなかった事で。愉しげに嗤う赤髪の男は、淀んだ緑の瞳にギラつく光を宿した。
「可哀想にな」
「っ、てめえ」
「お前と関わらなきゃ、彼らは生きていただろう。俺相手になかなかの動きをしたぞ? 尋問も結構抵抗してたし」
まあ、だからこの有様だが。そう言って、男は亡骸に唾する。
──ジェスの腕は切りおとされ、リードは足を折られ。リエラは喉を潰され、酷い火傷を顔に負っていた。
戦う者の誇りを踏みにじって嘲笑うその様に、疾はふつふつと腹の底に煮えたぎるものを覚えながら、悦に入って語る男の言葉に耳を傾けていた。
「協会の管轄であるこの世界にお前がやってきたという情報が入って、複数人で捜索してたんだけどな。あぶり出しに王都を襲ってた奴は骨折り損だっつってたな。今頃王都は落ちたかな?」
「……」
「ま、俺はラッキーだったんだろうが。──分かったか?」
逃げられないよ、お前。男は、そう言って嗤った。
「総帥から逃げ切った奴はいない。お前みたいな雑魚が今まで見つからなかっただけ奇跡だな。ま、本気で探せばこの通りだが」
「……雑魚相手に虱潰しっつう方法しか思いつかねえとは、残念な頭だな」
胸につかえる嫌悪感を吐き出すように言葉を返せば、男が笑みを引っ込める。
「口を慎めよ。魔術師のなりそこないが、魔法士様に逆らえると思うなよ? お前の魔術如き、俺の魔法1つで消し飛ぶぞ」
「……」
ざわり、と。疾の身の内で、何かが騒いだ。
「ああそれとも、自分はこうならないとでも思ったか?」
男が、リードの亡骸を踏みつける。嫌な音がして、頭が潰れた。
「アホか。お前がどれだけ壊れても、治癒魔法があるんだよ。息さえしてりゃ問題ない。実験動物ってのはそういうもんだ」
知っている。そんなもの、あの地獄の中で思い知っている。
そして、……知っていた、はずだ。疾に関わった人間がどういう目に遭うのか。アリスを通して知っていたはずの知識を、可能性を、見落としたのは……疾自身、だ。
──だから。
「……なあ」
「あん?」
僅かに俯いて呼びかけた疾に、男はさしたる危機感も覚えずに応える。疾は俯き気味のまま、務めて感情を抑え込み尋ねる。
「つらつら能書きを垂れてるが……要は、あんたら魔法士協会とやらは、俺を未だ狙ってて、捕まえる為ならどんな被害を出しても構わねえってことで良いんだな?」
「はあ? 何を今更……魔法士協会に、それも総帥に楯突いて、そのままでいられると思ったかよ」
呆れ声に、疾は肩を揺らした。どうやらこの魔法士は、真実を全て知らされているわけではないらしい。公には、疾が協会に弓引いた指名手配とでもされているのか。──そこまでして、疾を自分の手中に入れたいのか。
これまで、逃げられたのを放置していたくせに。気まぐれのような手出しで、疾の周囲にいた人間を殺すのか。今も、そして、これからも。
──だから、疾は。
「くくっ。そうか」
「? 一体──」
ゆらり、と顔を上げた疾に、男は言葉を途切れさせる。疾の笑みに、無意識に1歩下がった。
壮絶な、としか表現の出来ない笑顔。薄ら寒く、妖しく、美しい笑みを浮かべて、疾は自身に掛けていた制限を、……外した。
「なら──てめえこそ、無事でいられると思ったのかよ?」
ばきん、と。
破壊音が響き、男が身体をくの字に折る。
「がっ……は!?」
発動手前で保持していた魔法が、砕け散る反動。何ら身構えていなかった男は、混乱した目で疾を見上げた。
「な……っ、貴様っ」
「言葉の割にはちゃちな魔法を編んでるよな、お前」
鼻で笑った疾は、構えていた銃の引き金を引く。魔力弾が男の四肢を穿ち、男は崩れ落ちた。
「があっ!?」
「おらどうした、俺を捕まえるんだろ? やってみろよ」
「きさま……ぐっあ!?」
怒りに任せて魔法を扱おうとした男が、発動途中で魔法陣を破壊されて、苦悶の表情を浮かべる。その様を鼻で笑い、疾はわざとらしく肩をすくめた。
「どうした?」
「一体、何を……!?」
「さあ? 理解出来ねえてめえに、説明する義理はねえな」
忌避していた異能を、何度も発動させる。発動しようとする側から全て破壊され、着実に体内の魔力を乱されていく男は、次第に焦燥を浮かべていく。
その様を鼻で笑い。疾は、ゆったりと男に歩み寄った。
「っ、来るな……っ。馬鹿が、俺達に逆らって無事でいられると思うなよ!?」
「追い詰められた雑魚って、チンピラと同じ事を言うんだな」
狼狽する男を魔術で拘束する。慌てて拘束を解かんと魔法を使おうとするのを、ことごとく破壊して。疾は悠然とした足取りで、男に歩み寄る。
「そもそも、てめえが言ったんだぜ。逃げられるわけない、ってな。だったら──てめえらに消えてもらう他、ねえよなあ」
父親が逃げていたから、逃げるつもりでいた。母親が心配するから、怒りは理性で押さえ込んだ。妹がいるから、無意味な喧嘩をふっかけるまいと戒めた。
──だが。彼等の方から、疾に喧嘩を売ってくるのなら。彼らが、疾の周囲を無差別に襲う事を躊躇わないのなら。そんな制限に、何の価値がある。
逃げて逃げて、沢山の亡骸を踏みつけて逃げ惑う。そんな無様を自分に認められるほど、疾は弱くも、強くも、ない。
だから、疾は決めた。疾自身の為に、疾が失いたくない人達の為に。
──戦え、と。
その意思に応じて、身の内から力が溢れ出す。
「く、来るなぁ……っ!」
「ああ、安心しろ。お前のお仲間とやらもしっかり片付けてやるよ。俺に喧嘩を売ったらどうなるのか──俺の敵に回るっつうのがどういう事か、きっちり思い知ってもらわないとな」
笑いながら、拘束魔術のせいでもがくしかない男をがっと踏みつけて。ずっと目を逸らし続けていたその可能性を、──選び取る。
「──精々、無様に地面を這いずり回れよ」
ばきん、と。
男の体内で、全てが壊れる音がした。
「ご……っは!?」
盛大に血を吐き出した男から、ゆっくりと足をどける。拘束魔術を解いても、男は立ち上がらない。
「ぐ、う……貴様、一体何、を……?」
ふつり、と言葉が途切れる。じわじわと目を見開いた男は、息を止め、そして。
「……うそ、だ」
絶望の呟きを、零した。
「……くくっ」
笑いを漏らす疾の目の前で、男は絶叫する。
「うそだ、うそだうそだうそだ……! あぁあああああああ!?」
「く……っ、はははは!」
堪えきれず、疾は笑い出した。おかしくて滑稽で、身体を折り曲げて笑う。
「はは……はははっ、く、ははははは!」
──ああ、本当に。
この力は、気味が悪い。
「あぁあああ! うそだ、いやだ、なんで……っ!?」
「ははっ、嘘じゃねえよ」
笑いながら、未だに現実を受け止められない男に告げる。真っ青な顔で見上げて来る男に、疾はにっこりと笑みを振り撒いた。
「てめえはもう、魔法士じゃねえ。魔力回路も持たない、ただの一般人だ。……くくっ。さてさて、この決して安全じゃねえ世界で、無力なてめえはどれだけ生き残れるだろうな?」
魔力回路がはっきりと視える目と、それに反応する力。それらを制御して押し隠していた疾は、本能に導かれ、悟っていた。
──生体内魔力回路の、破壊。
魔術だけでなく、妖だけでなく。魔術を操る「人」すらも壊せるこの力は、本当に一体、何なのか。
未だにその実態は分からないが──魔法士を相手にするなら、出し惜しみは無しだ。
精々、正体不明の異能者に恐怖するが良い。
「ま、俺もてめえみたいな奴の血で手を汚すのはごめんだしな。これくらいで済ませてやるよ」
そう言って、未だに地面を転がる男の足を踏み抜く。骨が砕ける音がして、男が悲鳴を上げた。耳障りな声がいやに響く。
「じゃあな。頑張れよ、この辺まだ魔物出るぜ。……ま、万が一生き延びたとして、てめえんとこの総帥が、無能になった人間を助けるとも思えねえけど」
そう捨て台詞を落として、疾は踵を返す。王都へ向かい、1人、歩いて行った。
──その日。
その世界に潜入していた全ての魔法士は徒人へと成り下がり、絶望に自ら喉を掻き切った。
そうして、疾は、魔法士協会と正面から敵対した。




