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疾き波は岩をも割き  作者: 吾桜紫苑
3章 戦いの始まり
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63 先見

「……ちょっと、良いか」

「ん? どうした?」


 迷った末、疾は、彼らに対して警告をする事にした。根拠はないが、その夜盗の一件は自分達に危険を及ぼす可能性が高いこと、無防備に戻れば命がないかもしれないこと。直感に過ぎなくても、その直感が良く当たることまで添えて説明した。


「……お前、先見さきみか」

「先見?」


 初めて聞く単語に眉を寄せると、意外そうな顔をしてジェスが説明してくれる。


「知らなかったのか。未来を予知する能力を持つ奴のことだよ。力が強いと、明確に未来の場面が視えたりするが、大抵はお前みたいに直感程度だ。夢の中で未来を視る、あるいは夢を渡って他人と関われる所まで行くと、夢見ゆめみというらしい」

「へえ」


 異能についての学習は、記載が少ない為に今ひとつ進んでいない。経験者ならではの説明に、リードやリエラも感心した表情を浮かべていた。


「だから、話は信じるよ。けどなあ……、そろそろ食糧も尽きるし、いつまでもここにいるわけにもな。報告もあまり遅くなると報酬に関わる」

「だよな」


 それは疾も分かっていたので、頷く。それでも、このまま戻るのは酷く抵抗があった。眉を寄せる疾に、ジェスが唸り声を漏らした。


「うーむ、だがそれだけ危機感があるとな……遠回りでもするか? リード」

「……王都を避けて拠点に戻るって事か?」

「そうだ。通信具があるんだ、経路の変更は事前に説明出来る。王都と逆方向に、商業都市があるだろう。あそこからなら、ギルドに申請すれば転移魔法道具が使える」

「転移ですって? 報酬が吹っ飛ぶわよ!」


 リエラが仰天したように声を上げる。主要都市にだけ設置されている転移魔法道具は、治安の問題もあり、利用に莫大な費用がかかるらしい。調査の報酬はそれなりの纏まった金を得られる筈だが、それでも経費を引くと各人の報酬が0になるほどの額を持って行かれる。


「分かっている。だがな、命を失う可能性と天秤にかければ、安いもんだ」


 ジェスがそう言うと、リエラがぐっと黙り込んだ。思いの外、自分の予感をしっかりと受け止めるジェスに疾も少なからず驚いたが、その表情に気付いたジェスが真剣な顔を疾に向ける。


「お前には、若さがない」

「おい」


 唐突な暴言に思わず声を上げたが、ジェスは構わず続けた。


「その分堅実だ。だから、そのお前が先見で、嫌な予感がすると言ってるのは相当なリスクがあるんだ。俺はそういうのを軽視して死んだ連中を何人も見てきた」

「……」

「だから、万難を排して逃げるぞ。なあに、若さのないお前なら、戦略的撤退くらいしれっとしてのけるだろう!」

「……何でさっきから若さがないのを押してくるんだ、おっさん」

「おっさん言うな!」


 声を荒げたジェスに溜息をついて、リードが意見を口にする。


「僕は……正直、王都の様子を見てみたい気もするんだけど。でもここは年長者の助言に従った方が良さそうだな」

「そうね。私も逃げるというのはなんだか気持ち悪いけど、先達の経験を侮ると碌な事にならないからね」

「お前ら……!」


 遠回しに年増扱いする若者勢にジェスが斧を振り上げて見せ、笑いながら逃げ回って。彼らは、遠回りで警戒して進む事に決めた。


(……けど……何だ?)


 彼らの判断にほっと胸を撫で下ろしながらも、疾は拭いきれない予感に密かに悩む。

 ……これまでとは、違う。自分も力を付けて、側にいるのも戦いに慣れた冒険者達だ。なのに、どうして自分は過去に囚われ、恐怖に怯えているのか。抱く恐れは本当に、過去のものなのか。


(何か、……見落としている?)


 一体、何を。ここは異世界で、この世界の魔術師には目を付けられていない。魔物は確かに強力だが、あからさまに森に危険を感じていない。ただひたすらに、「このまま森を出れば危ない」と、そう感じている。


(このまま、森を……今のまま……この、面子で……?)


 そこまで考えて、はっと息を呑み込む。もしそうであれば──騎士を圧倒している夜盗が、ただの夜盗ではなく──魔法士、であれば。


(ありえる……のか)


 わざわざそんな事をする理由が分からない。分からないけれど──父親は、かの組織を「世界を跨ぐ」と表現していた。ならば、この異世界に魔法士がいたとしても、おかしくはない。……そしてあの狂った子どもが理由もなく王都を蹂躙したとしても、疾は驚かない。


(もし、そうだったら……駄目だ)


 まだ早い。直感は、そう訴えていた。

 今の疾が魔法士を相手取って勝利するには、力が足りない。圧倒的な魔力量の差のせいで、細工を弄しても、疾を絶対の劣勢に追い込んでしまう。劣勢をひっくり返すだけの手札は、ない。

 そして、もし……夜盗の正体があの子どもなら。確かに、このまま疾が彼らと共にいれば、あの子どもは彼らごと疾を襲うだろう。


 ……面倒見が良く、バランスの取れたこのチームを、疾は気に入っていた。知識を、情報を、経験を惜しみなく共有し、助言をかけあい成長していく彼らの足取りは安定していて、疑うことなく未来を見据えて動いている。確かな実力に裏打ちされた彼らの働きを、疾は信頼していた。


 だが、──だからこそ疾は、切り捨てることを選ぶ。


(多分、今回は……その方が俺は、危険だ)


 彼らといれば、意識が分散される分、疾の生存率は上がる。だが、ただ逃亡時の生贄にするためだけに彼らを巻き込むのは、疾の矜恃が許さなかった。


 だから疾は、書き置きを残して、野営中に姿を消した。自分が離れれば彼らが狙われることはないだろうと、遠回りすればより確実に逃げ切れるだろうと、そう思って。


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