62 仲間
「それで、僕は──」
改めて彼らが自己紹介をする。剣士の青年がリード、斧の壮年がジェス、女性がリエラと言うらしい。神殿の依頼を受けて瘴気の発生源を調査している途中で、唐突に疾が現れたと言った。
瘴気の濃度が高まったせいで、世界の壁が揺らぎ、疾の住む紅晴市との隔たりが薄まり疾が迷い込んだのだろうか、と疾は推測した。当たらずとも遠からずだろう。
疾は偽名を使って適当に身分を誤魔化し、彼らの調査に同行させてもらう事にした。どうせ5日は滞在するのだ、彼らからこの世界について聞き出し、安全地帯まで案内して貰った方がいいと打算を働かせた。
珍しく真っ当な応対をしたのは、相手に隔意がなかったからか。冒険中ならば当然と言うべき警戒心はあっても、明らかな不審者である疾を「人」として尊重した姿勢に、少し肩の力が抜けたのもある。
ここ最近、妖だの研究者だの役目に酔った術師だの、鬱陶しい輩ばかりを相手にしていた疾にとって、彼らとの調査任務は適度な息抜きだった。
彼等の方は、銃と魔術で魔物の相手をする疾の戦闘スタイルに、少なからず驚いていたが。
「接近戦も遠距離戦もこなせるだなんて、器用ね」
「器用貧乏なだけだな」
肩をすくめて、リエラの賞賛を受け流す。事実、どちらも極め切れていない未熟さは自覚していた。
「そんな事ないと思うけど……でも、そうね。特化型と比べれば、精度は落ちるかしら」
「その分戦い方は、若者と思えないほど上手いけどなあ」
ジェスが割って入って、なんだか年寄り臭い言い方をした。視線を向けると、ジェスがにっと笑って肩を組んでくる。
「普通、お前くらいだと能力任せに無鉄砲な戦い方するもんだ。お前は寧ろ、自分の手札を上手く使い分けて、確実に魔物を倒しに行く。落ち着きぶりが何か歳不相応だよな」
「悪かったな」
にやにやしながら年寄り扱いしてくるジェスの腕をぺいっと払い落とした時、少し離れた所にいたリードが近寄ってきた。
「みんな、ちょっと聞いて欲しい」
「あら、どうしたの?」
リエラが気楽に聞いた口調とは裏腹に、リードは深刻な表情で語り出す。
「どうも、王都の方がきな臭い」
「……政情でも悪化したか?」
ジェスの低い声に首を横に振って、リードが答えた。
「夜盗の類がやけに活発になって、死者が続出しているそうだ。騎士団が動いているけど、捕まらないどころかその騎士団も重傷者が出ていると」
「冗談でしょう?」
リエラの声が少し高くなる。動揺を顕わにした声で、まくし立てるように反論した。
「彼らは国のエリートよ、1人1人が私達冒険者10人分の実力を持つと言われているわ。彼らに手傷を負わせる夜盗なんか、いるはずがない」
「でも、実際いるんだよリエラ。通信魔道具で確認した情報だ、間違いはない」
「だとすると……ただの夜盗じゃない、ってことか」
深刻な表情で話し合う3人を、疾はやや蚊帳の外に置かれながら聞いていた。流石にまだ、この国の政情や治安までは聞き出せていない。疾も完全な記憶喪失を装ってはいないから、下手な事を聞いて不審がられても困る。
だが。話を聞きながら、疾は知らず鳥肌の立った腕を擦っていた。
(気のせい……いや)
力を持たない時から疾を守ってきた直感が、無関係ではないと囁きかけている。このままでは危険だと、逃げろと、訴えかけてきた。
(どうする……?)
目の前の3人は、いつ戻るか、戻る際の安全確保をどうするかについて話し合っている。瘴気の発生源は確認し、人的被害を出していた魔物を無事に討伐した今、3人は森を出ていく事しか考えていない。
それも当然で、元々予定していた調査日数が近付いてきており、疾というイレギュラーの参入もあって、食糧の備蓄も心細くなってきているのだ。
だからこそ、疾は安易な判断が出来ない。この魔物が息づく森の中、いつまでも隠れているわけにもいかず、限界は近い。彼らに嫌な予感がするから留まれというのは、少々現実的ではない。
……だが。そうして直感を疎かにした結末を、疾は骨身に染みて体感している。何も言わずに彼らを森から出すのは、見殺しにするのと同義である気がした。




